第17話 魔法の火は料理向きじゃない
翌日の昼。
昨日の失敗が頭から離れないまま俺は再び小屋の前に鍋を並べていた。
(昨日は完全に混乱してたな……)
人数、器具、火、味付け。
問題が一気に押し寄せすぎて思考が止まっていた。
だが一晩寝て少し冷静になった。
(まず一つずつ潰そう)
一番最初に手をつけるべきなのは、やっぱり――火だ。
毎回違う。
強くなったり弱くなったり。
日によってもタイミングによっても違う。
(味以前に条件を揃えないとな)
「火加減、改善しよう」
そう言うと横で見ていたジンが首をかしげた。
「火って色々ありますよ?」
「色々?」
「ハタケヤマさんに頼む家もありますし、自分で薪使う家もあります」
(あ、そうなんだ)
「魔法だけってわけじゃないのか」
「はい。でも――」
ジンが少し言いにくそうに続ける。
「ハタケヤマさんの火のほうが便利なんです」
「理由は?」
「薪いらないし、すぐ出るし、疲れないんで」
(ああ……生活向けだ)
確かに便利だ。
手間がない。
燃料もいらない。
「じゃあさ」
俺は少し考えてから言った。
「料理としてはどうなんだ?」
「……当たり外れあります」
即答だった。
「今日はうまくいく日、今日はダメな日、って」
(やっぱり)
魔法の火は一定じゃない。
ハタケヤマさんの体調や気分に左右される。
つまり――再現できない。
「よし」
俺は鍋を指さした。
「今日は普通に薪でやってみよう」
「俺、やります!」
ジンが手を挙げる。
「まずは俺がやる」
一度自分でやらないと納得できない。
薪を組み火をつける。
最初は良かった。
「……あ、強い」
鍋の底が嫌な音を立てる。
「ちょっと弱めて……いや、消えかけてる!」
慌てて薪を足す。
結果。
鍋の底が真っ黒だった。
「……次、俺やっていいですか?」
ジンが言う。
「頼む」
二回目はジン。
さっきの俺を見ていた分慎重だ。
……が。
「煮えないですね」
「弱すぎるな」
薪を足す。
「うわっ!」
今度は一気に強くなった。
焦げ臭い。
「……ごめんなさい」
「いや、分かる」
(三回目も地獄だな、これ)
三回目もなんの手応えもなく真っ黒になった。
俺は鍋を見て深く息を吐いた。
(仕方ないか)
「……ハタケヤマさん」
「ん?」
「料理の火をお願いできますか」
外にいたハタケヤマさんに助けを求める。
ハタケヤマさんが鍋の前に出る。
反射的に手をかざした。
魔法の火が出かける。
「あ、ちょっと待ってください」
俺は慌てて止めた。
「今日は薪でお願いします」
「……珍しいな」
「調整の仕方、教えてほしくて」
少し意外そうな顔をしてからハタケヤマさんは肩をすくめた。
「まあ、いいが」
薪をずらし間を開ける。
鍋の位置を少し後ろへ。
火が落ち着いた。
強すぎず、弱すぎず。
「……安定してる」
「そりゃそうだ」
「え、魔法よりこっちのほうが上手くないですか?」
ジンが素直に言う。
「魔法は楽なだけだ」
ハタケヤマさんはあっさり言った。
「早いし、薪もいらん。でもな」
火を見つめながら続ける。
「同じにするのはこっちのほうが簡単だ」
(……魔法いらんやん)
4人前。
小さな鍋で、いつもの肉じゃがができた。
味見をする。
「……あ」
ちゃんとあの味だ。
「戻りましたね」
ジンが笑う。
「火が安定すれば少量なら問題ないな」
ハタケヤマさんも笑う。
(火の問題は解決した)
だがすぐに次の問題が見えた。
「……でも」
俺は鍋を見下ろす。
「人数増えると味が薄くなる問題は残ってる」
4人前は完璧。
それ以上で怪しい。
10人前だと迷子になる。
(何が悪いんだろう)
神が静かに言う。
(教科書の再現できても、料理人としてのスキルは別物だからね)
魔法の火は早くて、楽で、薪がいらない。
生活には向いている。
でも料理には向いていない。
同じ結果を繰り返せないから。
だからこの村の料理は、
成功と失敗を行き来する「腹を満たすもの」だった。
俺は小さく息を吐いた。
「次は――」
鍋を見る。
「味つけ問題の解決だな」
祭りまであと六日。
まだ間に合うかどうかは分からない。
でも――
少し前に進めた気がした。




