第15話 祭りとは
肉じゃがを作るようになってから村の空気が少し変わった。
はっきり言葉にされるわけじゃない。
誰かが宣言したわけでもない。
ただ、朝に顔を合わせたときの目つきとか、歩き方とか、声の張りが微妙に違う。
(気のせいじゃないよな)
畑仕事に向かう人たちの足取りがほんの少しだけ軽い。
昼前になると小屋の周りを通る人が増えた。
用もないのに。
「……肉じゃが、今日はやらないのか?」
そんな声をかけられる回数も増えた。
料理名がもう固有名詞として通じている。
(広まるの早すぎない?)
「肉」と「じゃが」が入ってるから肉じゃが。
説明すると皆納得する。
そして納得した直後にだいたい同じことを言う。
「また食べたい」
その一言で俺の胃がきゅっとなる。
(釣れてるな……)
悪い気はしない。
むしろ手応えがある。
実際村人のやる気は上がっているように見える。
畑での動きが早い。
夕方に座り込む時間が減っている。
なにより笑う回数が増えた。
飯ってすごい。
そんなある日、小屋の前で見慣れない影がうろうろしていた。
「……あの」
声をかけるとびくっと肩が跳ねる。
振り向いたのは十代半ばくらいの少年だった。
日焼けした顔、短く刈った髪、年のわりに少し細い体。
「あ、あの!肉じゃがの人ですよね!」
(もう肩書きそれなんだ)
「そうだけど」
「俺、ジンって言います!」
やけに元気がいい。
視線が鍋のあたりをチラチラしている。
「それで?」
「今日、作らないんですか!」
(直球だな)
「今日はやらない」
そう言うと目に見えてしょんぼりする。
「そ、そうですか……」
分かりやすすぎる。
「でも明日はやるかも」
「本当ですか!」
一瞬で復活した。
(感情の振れ幅どうなってるんだ)
それ以来、ジンはちょくちょく顔を出すようになった。
村のことを聞けば色々教えてくれる。
「それ、普通やらないです」
「いや、それ危ないです」
「神様の存在を信じてるんですか?」
最後のは俺が神の独り言に反応したせいだ。
神へのツッコミの心の声が漏れていたらしい。
そんなある日の夕方、ハタケヤマさんの家で話をしていたときだ。
「そういや、もうすぐ祭りだな」
「祭り?」
「年に一回のやつです」
ジンが横から補足する。
「火を囲って、踊って、酒があれば飲むやつです」
(ずいぶんシンプルだな)
「それだけ?」
「それだけですね」
「飯は?」
二人が顔を見合わせる。
「いつもと同じだな」
「腹が鳴らなきゃ十分です」
(出た、その基準)
大人数が集まる。
火がある。
時間がある。
頭の中で嫌なほど条件が揃っていく。
(これ、チャンスだよな)
(そうだね)
神も囁いた。
(急に出てくるんじゃないよ)
だが同時に、別の声もあった。
(まあ間違いなくここが勝負どころだろうね)
村中が集まる機会。
肉じゃがを知っている人もまだ食べていない人も来る。
一度に渡せる価値の最大値。
(逃す理由、あるか?)
俺は息を吸って、吐いて、覚悟を決めた。
「……その祭りで」
二人がこちらを見る。
「肉じゃが、やります」
一瞬、静まり返った。
次の瞬間。
「無謀だろ」
ハタケヤマさん。
「鍋、何個必要だと思ってるんですか」
ジン。
「火、どうする」
「量、足りない」
「失敗したらどうする」
想定通りの反応だ。
「分かってます」
全部、正論だ。
「でも、やります」
理由は単純だ。
「人が集まるなら、飯を出す」
「それが俺にできる一番分かりやすい恩返しです」
ハタケヤマさんは腕を組み、少し考えてからため息をついた。
「……若いな」
「でも、嫌いじゃない」
ジンが目を輝かせる。
「俺、手伝います!」
「力仕事ならいけます!」
(さっきまで反対してたのに……まあ、人手増えたな)
釣れてる。
俺は心の中で小さく笑った。
祭りは1週間後だ。
失敗すれば信用を失う。
だが、成功すれば見返りは大きい気がする。
肉じゃがで釣る。
今度は村ごと。
さて――
本当に作れるのだろうか。




