第12話 村の飯との違い
その日の夕方、俺はハタケヤマさんの家に呼ばれていた。
「お前の飯、評判いいぞ」
畑仕事を終えた帰り際、そう言われて半ば流れでついてきた形だ。
評判と言われるほどのことはしていない。
肉じゃがを分けただけだ。
だが村ではそれだけで話題になるらしい。
家の中に入るとすでに何人か集まっていた。
男も女も、年寄りも若いのもいる。
全員どこか疲れた顔をしている。
(まあ、力仕事だもんな)
そう納得しかけて違和感が引っかかった。
疲れている、のだが前世で見慣れた疲れ顔とは少し違う。
単に一日の仕事を終えたというより、慢性的に削られているような戻らない疲労の色だ。
机代わりの板の上に夕食が並べられる。
黒っぽいパンのようなもの。
豆を煮ただけの汁。
干した何かを刻んだ皿。
どれも見覚えのある食材だが量が少ない。
「……これがいつもの飯ですか?」
思わず聞いてしまった。
「そうだぞ?」
ハタケヤマさんは不思議そうに返す。
「腹に入れば十分だろ」
(十分……?)
俺は黙って座り皆が食べ始める様子を観察した。
誰も文句を言わない。
だが、誰も楽しそうでもない。
家族や仲間が集まって食事をしているはずなのに会話はほとんどない。
噛む。飲み込む。次を口に入れる。
ただそれだけを淡々と繰り返している。
(作業だな……)
そんな言葉が浮かんだ。
一口分けてもらう。
……薄い。
味がないわけじゃないが主張がほぼない。
豆の風味も、穀物の香りも、どこか途中で引っ込んでいる。
食事というより「何かを胃に入れた」という事実だけが残る味だ。
「これで朝から晩までですか?」
聞くと、若い男が頷いた。
「朝はこれの半分くらいだな」
「昼は畑で食うから干しパン一つ」
(それで?)
「畑仕事はどれくらい?」
「日が出てから沈むまで」
当たり前のように返ってくる。
昼の光景が頭に浮かぶ。
重たい鍬を振り、腰を曲げ、汗だくで畑を耕す人たち。
どう考えても摂取と消費が釣り合っていない。
「腹、減りませんか?」
今度は年配の女性が答えた。
「減るよ」
「でもまあ、鳴らなきゃいい」
その言葉に妙な重さを感じた。
(腹が鳴らない=満足、か)
生きるためだけの基準。
美味いかどうか、楽しいかどうか、そういう軸が最初から存在していない。
「昔からずっとこんな感じなんですか?」
「そうだなあ」
「親の代も、その前も」
「腹いっぱい食えるのは祭りのときくらいだ」
誰も不満そうには言わない。
ただ事実を並べているだけだ。
俺は昨日の鍋を思い出す。
味は微妙だった。
火加減も失敗した。
じゃがいもは固かった。
それでも、皆顔を上げて食べていた。
「腹にくる」
あの一言が今になって重く響く。
(満たされるって、そういう意味だったのか)
食後誰かが言った。
「昼にあんたの小屋の前に人が集まってたな」
「匂いでな」
皆が笑う。
笑いながら少しだけ羨ましそうだった。
「腹が減ってるわけじゃない」
「でも、いい匂いは……な」
言葉が途切れる。
その続きを誰も口にしない。
俺は考える。
もし、昨日の鍋がこの村の基準だったら。
もし、腹が鳴らなくなるだけじゃなく腹が「満たされる」飯が当たり前になったら。
(……変わるよな)
作業としての食事が楽しい時間になる。
生きるための補給が楽しみになる。
それは生活が変わるということだ。
「……力仕事のあとって腹減りますよね」
唐突に言ってしまった。
皆が頷く。
「減る」
「減るが、まあ……」
言葉を濁す。
「減るのが当たり前なのに、それを満たすような飯を作れてないんじゃないですか?」
少し空気が止まった。
誰も怒らない。
誰も否定しない。
ただ考えたことがなかったという顔。
(責めてるわけじゃない)
俺は慌てて続ける。
「昨日の飯正直言うと失敗でした」
「でも……気持ちをこめて作ってました」
沈黙。
しばらくしてハタケヤマさんが笑った。
「変なやつだな」
「だが、腹にたまったのは正義だ」
その瞬間俺ははっきり理解した。
この村の飯は生きるためだけの飯だ。
足りているようで足りていない。
限界を当たり前として受け入れている。
(改善余地、ありすぎだろ……)
電気より先にやることがある。
俺は心の中で小さく決めた。
まずは腹を満たす。
文明の前に飯だ。
まずは料理を頑張ろう。
そう静かに決意した。




