第38話
小学六年生の時、弟は学校のサッカー部を福島県大会の決勝へと導いた。それは彼らが通う小学校の歴史上、最高の成績だった。学校中が歓喜に沸き、それ以来「長谷川兄弟」の名は近隣の地域にまで轟くようになった。
だが、それは長谷川万華にとって、ある種の腑に落ちない思いを抱かせるものだった。自分は陸上の短距離走で何年も連続して県大会で優勝しているというのに、どうして弟のような「英雄の凱旋」を味わったことがないのだろうか?
「それはね、サッカーが世界で一番愛されてるスポーツだからよ。」母は笑って答えた。母は常に、兄の巨大な名声が弟に劣等感を抱かせることを恐れており、二人を平等に扱うよう細心の注意を払っていた。「決勝戦にはお父さんと一緒に応援に行くわ。あなたも弟の応援に来てくれるでしょ?」
「行くよ、絶対行く。なんだかんだ言って、俺の弟だからな。」長谷川万華は笑って弟の肩を抱いた。実際のところ、兄弟の仲は決して悪くなかった。
決勝戦の当日、長谷川万華は両親の車でスタジアムへ向かった。到着すると、駐車場は応援に駆けつけた車で既に満杯になっており、スタジアムの内外には両校の応援幕やポスターが所狭しと掲げられていた。その物々しい雰囲気に、彼は少し驚いた。もちろん県の陸上大会の規模も決して小さくはないが、観客の熱気と声援の地鳴りのような響きに関しては、サッカーの足元にも及ばないように感じた。
スタンドの席から見下ろすと、見慣れた弟の姿がひときわ眩しく輝いて見えた。特に、広大なスペースで彼が自慢のスピードを爆発させるたびに、観客席とベンチから一斉にどよめきが沸き起こった。
「はーせがわ! はーせがわ!」
隣の応援団が突然、太鼓やラッパ、打楽器を打ち鳴らし始めた。応援席の下段に立つリーダーが手拍子で指揮を執り、スタジアム全体に響き渡るようなリズミカルなコールで長谷川千空の名前を連呼した。瞬く間にスタジアムの熱気は最高潮に達し、ピッチ上の選手たちにまで新たな活力が注ぎ込まれたようだった。
「寄せろ長谷川! いけーっ!」
「打て! ああっ、惜しい!」
彼はサッカーの戦術など全く分からなかったし、オフサイドのルールすら怪しかった。だが、スタジアムを包み込む熱狂的な歓声の渦に身を委ねていると、突然、このスポーツがとてつもなく魅力的なものに思えてきた。いつの間にか彼も我を忘れ、試合に没頭し、声の限り弟を応援していた。
長谷川千空はその試合で二ゴールを決めた。小柄だが飛ぶように速いその少年が相手ゴールネットを揺らすたび、学校の応援席は爆発したように沸き返り、長谷川家の一同は狂喜乱舞した。だが、元々実力差のある相手だったのだろう。最終的に彼らは2-4で敗北を喫した。試合後、泣き崩れる弟を見ても、兄として前に出て慰めようという気は起きなかった。
ただ純粋に、『このスポーツは、想像していたより遥かに面白い』と感じていたからだ。
ハーフタイム、息を切らして集まった選手たちが後半の対策を練り、監督が緊張した面持ちで指示を出す。チーム全体が勝利という一つの目標に向かって肩を組み、励まし合いながら前へ進む。ピッチ上の目まぐるしく変わる状況の中で、互いに声を掛け合い、メンタルと戦術を修正していく。そして試合終了の笛が鳴れば、共に抱き合って涙を流し、残酷な結果を分かち合う。
短距離走は面白いか? それはあくまで個人の戦いだ。もちろんプロになれば背後に大勢のサポートチームがつくが、厳密に言えば、あの赤いタータントラックの上で戦うのは自分一人だけだ。
サッカーの構築美と多様性こそが、その独自の魅力を生み出している。毎秒毎秒が全く異なる状況の連続であり、ただ真っ直ぐな冷たいレーンを全力で駆け抜ければ結果が出る、という単純なものではない。
『俺もあいつらみたいに……血沸き肉躍るようなチームスポーツに、この貴重な青春を懸けてみたい……』
最後にチームで記念撮影をする時、ポケットに手を入れた長谷川万華は、全力で戦い抜いた愛すべき弟を見つめながら、そう心に思った。
……
「でもさっき、お前はサッカーを『一人で立ち向かう孤独なスポーツ』だと言わなかったか?」隣の岡部彰が尋ねた。
「学生サッカーに関しては少し違うだ。学生として部活動に参加し、みんなで心を一つにして勝利を目指すのは素晴らしいことだ。」兄であるためか、長谷川万華の口調は実年齢よりも少し大人びていた。「だがプロの領域に入れば、味方は仲間であると同時にライバルになる。常にコーチ陣の要求を満たすために自分を追い込み続けなきゃならない。あのプレッシャーは……」
「どんなスポーツだって同じだろ。」頬杖をついた岡部彰は笑った。「俺は茨城を離れて東京(FC東京ユース)へ行く時、既にその覚悟を決めていた。代表ユースに選ばれれば、何を背負わなきゃならないかもな。」
「……多くのチームメイトがお前を天才じゃないって言うけど、俺から見れば、その強靭なメンタルを持ってること自体が一つの才能だよ。」
「お前は俺の強い部分しか見てないだけだ。昔は布団に潜り込んで、誰にも見られないように何度も泣いたこともあるんだぜ。」彼は口角を少し上げて笑った。
「ただ、俺が言いたかったのは……」長谷川万華は、再び試合に集中し始めた弟を遠く見つめた。「郡山神風に入ってから、俺も弟も、昔みたいなサッカーに対する純粋な喜びや楽しさを徐々に失ってしまった気がするんだ。特に、あいつはな。」
スコアは依然として群馬が1点リードのまま、試合は最終盤を迎えていた。だがピッチ上の展開だけを見れば、両者は一歩も譲らぬ一進一退の攻防を繰り広げていた。
リードしている群馬伊香保温泉は、安全策をとって引いて守ることを選ばなかった。自らのスタイルであるポゼッションの陣形を保ち、前・中・後線の間で絶えずトライアングルを形成し、ティキ・タカのようなショートパスの連携を貫いていた。一方、長谷川千空は理路整然と味方にプレスを指示し、アタッキングサードでのボール奪取を執拗に狙っていた。
「橘!」
蕭智堯がサイドへ開いてボランチの黒橋一夫へのプレッシャーを軽減させたが、右サイドバックの橘大輔はパスを出すのを半秒ためらった。黒橋の背後で虎視眈々と狙っている選手の放つオーラが、「ここへパスを出せば確実にインターセプトされる」と告げていたからだ。
『かつてグアルディオラは、ベンゲル率いるアーセナルを評して、「彼らは自分たちをポゼッションチームだと名乗る資格はない」と言い放った。』鈴木卓は腕を組んでタッチライン際へ歩み出た。『「ビハインドの状況で長身のセンターフォワードを投入し、ボックス内に放り込み続ける(パワープレイに出る)ということは、自分たちの戦術を信じていない証拠だ」と。』
『この試合、勝敗はどうでもいい。私が一番見たいのは、チームの全員が、自分たちの貫く戦術に対して絶対的な自信と信頼を持っている姿だ。』ピッチサイドにしゃがみ込んだ杉田直人もまた、手を振ってディフェンダーたちにラインを上げるよう指示した。
「押し上げろ! パスコースはないぞ!」長谷川千空がそれを見て叫んだ。
蕭智堯は振り返って今村の位置を確認すると、橘大輔に向かって親指で前線のスペースを指し示し、ロングパスでこのプレスを回避するよう合図した。
橘はボールを足裏で引き、センターバックの方向を一瞥したが、最終ラインも完全にプレスに嵌められていた。敵が目前に迫る中、彼はやむを得ず足を振りかぶり、今村一彦の方向へロングパスを蹴る体勢に入った。
その瞬間、今村と彼をマークする宮沢は即座に臨戦態勢に入ったが、半秒も経たないうちに体の力を抜いた。
二人とも、それがフェイント(キックフェイント)だと見抜いたからだ。
橘は突然、左足のクライフターンで飛び込んできた郡山の選手をかわし、ハーフウェーライン付近の黒橋一夫の足元へパスを通した。そしてすぐにタッチライン沿いを駆け上がり、新たなパスコースの選択肢を作り出した。
サイドへ開いていた蕭智堯は、状況を見て中央へ戻ろうとしたが、その時、長谷川千空が自分のそばにいないことに気づいた。
振り返ると、長谷川は既に橘大輔のそばまで走っており、長い脚を伸ばしてそのパスを見事にインターセプトしていた。
「だから俺は、あいつがもう一度サッカーに楽しさを見出してくれることを一番願ってるんだ。」長谷川万華はスタジアムの時計を見て、苦笑した。「それと、自信をな。」
「で、お前はどうなんだ? お前はもう、サッカーに楽しさを見出せたのか?」岡部彰は背筋を伸ばして大きく伸びをした。これからの試合展開にはもう期待していないようだ。
「まあな。でも、昔とは性質が違う。昔は友達や同級生、弟と一緒にサッカーをする時間を純粋に楽しんでた。今は、チームメイトとポジションを競い合うことや……」長谷川万華はピッチ上の蕭智堯へ視線を移した。「手強いライバルを打ち負かす感覚を、楽しんでる。」
「確かにな。」岡部彰は彼を一瞥し、深く共感するように笑った。「強敵と戦う時は、勝とうが負けようが、血が沸き立つような爽快感がある──それこそが、競技スポーツの醍醐味だからな。」
結局、郡山神風はこの最後の猛攻でもゴールを奪うことはできなかった。主審の終了のホイッスルが鳴り響き、群馬伊香保温泉は1-0で辛くも逃げ切り、新シーズンのユースリーグ開幕戦を勝利で飾った。
精も根も尽き果てた蕭智堯は、腰を曲げて荒い息を吐いていた。だが彼が奇妙に……あるいは違和感を感じたのは、勝った側も負けた側も、周囲の人間がそこまで強烈な感情を露わにしていないことだった。
まるでルーティンワークをこなしたかのように。所詮はただのユースのリーグ戦だから、ということなのだろうか。
試合後、長谷川千空は自ら蕭智堯の元へ歩み寄り、握手をして敬意を表した。その表情は先ほどまでの張り詰めた迷いから解放され、憑き物が落ちたように穏やかだった。
「あの岡部彰がお前を高く評価した理由が、やっと分かったよ。」彼は右手を差し出し、微笑んだ。
「ありがとう。」似たようなセリフはもう何度か聞いており、蕭智堯はどう返していいか分からなかった。「君も素晴らしいミッドフィルダーだった。いつかまた、必ず対戦しよう。」
「ああ、必ず。」
スタンドではささやかな応援歌が流れ、選手たちは全員で観客席へ向かい、挨拶をした。群馬はアウェイであり、遠征に帯同してきたサポーターはほんの数人だったが、それゆえに彼らの存在は貴重だった。
「さて、俺は下に行って弟と少し話してくる。」長谷川万華が立ち上がった。「お前も、旧友と旧交を温めてこいよ。」
岡部彰は笑って頷き、スタンドの階段を下り始めた。少し離れた下にいる、あの香港人を見つめながら。
『プロの世界へようこそ、蕭智堯。』




