第36話
『長谷川千空と初めて会った時のことは、今でもよく覚えている。俺より二つ下のあの少年との出会いは、実はたった二年前のことなんだ。』
岡部彰は、ペナルティエリアの手前で体勢を崩しながらも蕭智堯を追いすがる福島の少年の姿を、淡々と見つめていた。ボックス内では、群馬のフォワードが虎視眈々とスペースを狙っている。ゴールエリア付近は人で溢れ返っていたが、岡部の目には、あのフォワードが最適なコースを見つけ出すだろうと予感できた。
『昔はすごく明るくて活発で、ピッチ上でキラキラ輝いていたらしいな。だが俺が抱いた第一印象は、無口で、いつも無理して笑っている奴、だった。ただ、兄である長谷川万華はそのことに全く気づいていないのか、それとも見て見ぬふりをしているのか……部外者の俺が口出しすることじゃないが。』
「マイナスのクロス、ニアだ。」頬杖をついたU-15日本代表のキャプテンが呟いた。
蕭智堯は周辺視野でゴール前を捉えていた。本来ならファーサイドに張っているはずの今村一彦が、突然半歩下がり、明らかにニアポスト側のわずかな隙間を狙う動きを見せた。
その意図を汲み取った蕭智堯は、迷わず足を振り抜き、ゴールエリアの角へ向けて強烈なグラウンダーのクロスを入れた。ディフェンダーにとって、この種のボールは悪夢でしかない。ほんのわずかでもコースに入り損ねれば、走り込んできた相手フォワードにダイレクトで合わせられてしまう。ディフェンダーは後追いで妨害することもできず、ゴールキーパーも至近距離のシュートには手も足も出ない。
「!?」
郡山のセンターバックは前後のステップを踏み、最終ラインとキーパーの間の厄介なスペースを警戒していたはずだった。だが気づいた時には、今村が二人の間のポケットに滑り込み、完璧なタイミングでパスを引き出していた。右足のインサイドで丁寧に合わせたボールは、確実にネットを揺らした。
ピッチ上は歓喜の渦に包まれたが、スタンドの長谷川万華と岡部彰は無言だった。今村一彦のあのフリーランニングは非常に理にかなった動きだったが、プレッシャーのかかる最前線で、あれほど冷静かつ鋭利な判断を下すのは容易ではないからだ。
フォワードとして挫折を味わい、ポジショニングの悪さを指摘されてきた長谷川千空には、その凄さが誰よりも痛いほど分かっているはずだ。
「ナイスだ!」
味方たちが駆け寄り、今村と蕭智堯を囲んで盛大に祝った。二人も笑顔で抱き合った。
彼らは全く連携が取れないわけではない。以前の紅白戦でも、息を呑むような見事なコンビネーションを見せたことはある。ただ、機能する時としない時の波が激しすぎることが最大の問題だった。時には試合中ずっと噛み合わず、互いに責任を押し付け合うこともあった。
だが今回のゴールは、双方が最も明白で、最も合理的かつ正確な攻撃の選択肢を見出し、二人の思い描くパスコースが完全に重なり合った結果だった。
『これは良い傾向なのか?』鈴木卓にも分からなかった。この試合で彼らに課したテーマではないような気もした。
一方、タッチライン際に立つ杉田直人は腕を組み、険しい表情で溜息をついた。最も恐れていた事態が起きてしまった。
彼は選手交代で攻撃力をテコ入れし、チームを落ち着かせようと考えていた。それは同時に、試合中ずっと尋常ではないプレッシャーに耐え続けている長谷川千空への負担軽減でもあった。
「堅守速攻」を是とするチームが先制を許せばどうなるか。誰もが知っている。焦りと混乱に満ちた、無秩序な反撃に陥るだけだ。
彼は後ろ手に組み、ゆっくりとベンチへ歩み寄った。「松岡と田中、アップは終わったか?」
「はい。次のプレーが切れたら代えるのがベストかと。」助監督が答えた。
「ああ。」杉田直人は頷き、脳内で次の展開を描いた。「入ったら全体を押し上げさせろ。二人には、リスクを負って徹底的に攻めろと伝えろ。」
再びピッチへ視線を戻すと、長谷川千空の様子が明らかにおかしかった。杉田直人にはその理由が分かっていたが、今この瞬間、監督として彼にしてやれることは限られていた。
腰をかがめて両膝に手をつき、どこにでもある芝生をただ見つめながら、荒くなった呼吸を整える──それは全てのサッカー選手が経験するポーズだ。肉体的な限界を示すサインか、あるいは……冷静さを取り戻すための儀式か。
「お前の弟……輝きが失われつつあるな。」岡部彰は背筋を伸ばしてふっと息を吐き、どこか座れる場所を探すように周囲を見回した。「兄貴として、何か心当たりはあるのか?」
「ああ、そりゃあな。でも……俺にはどうしてやることもできないんだ。」長谷川万華は無力感に苛まれたように肩をすくめた。「あいつが今ああなってるのは……俺のせいでもあるからな。」
「お前は兄貴だろ。ここ一、二年は実家を離れてるかもしれないが、昔はずっと一緒にいたんだ。親以外で、あいつを一番理解してるのはお前のはずだ。」
長谷川万華は沈黙の微笑みを返し、少し離れた上方の空席を指差した。
スタンドの端に座っていても、ビハインドを背負った応援団の地鳴りのような声援は凄まじかった。この場所にいると、彼らがどれほどチームを、そして長谷川千空を愛しているかが肌で感じられた。
「お前にとって、サッカーは『孤独』なスポーツか? それとも『チーム』スポーツか?」席につくや否や、長谷川万華は突然そう尋ねた。
「は?」岡部彰は思わず吹き出した。「急に何だ? メジャーな球技の中で、サッカーほど個の力だけでどうにもならないスポーツはないだろ。だからこそ世界で一番愛されてるんだしな。」
「だが、俺にはサッカーが『一人で立ち向かう孤独なスポーツ』に思えるんだ──たぶん、あいつも同じだ。」
兄の瞳は、ピッチ上で迷走し始めている弟を真っ直ぐに捉えていた。
「メディアも、愛好家も、一般のファンも、サッカーに興味のないネット民や通行人も、誰もがサッカーをチームスポーツだと思っている。確かに十一人対十一人の競技だ。各々が役割を全うし、あらゆる手を使ってゴールを奪い、勝利を目指す。勝つにせよ負けるにせよ、特定の『個』だけで結果が決まることは滅多にない。」
ゴールで活気づいたのか、ピッチ上の展開は群馬のワンサイドゲームの様相を呈していた。群馬伊香保温泉の攻撃は再び牙を剥き始めた。杉田直人はスローインのタイミングで攻撃的な選手を二人投入し、その後さらに一人追加したが、状況は好転しなかった。
時間は刻一刻と過ぎ去り、規定時間まであと五、六分しか残っていなかった。
「お前の言いたいことは分かる。名を上げる前──というかサッカー人生の大半は、俺もピッチ上で孤独に戦っていたようなもんだ。」岡部彰は少し退屈そうに再び頬杖をつき、軽く笑った。「でも俺は、だからといってサッカーが孤独なスポーツだとは思わない。それは成長過程の一部に過ぎないんだよ。」
「俺や千空みたいなスピード系のフォワードは、試合中のほとんどの時間を、広大なスペースで相手のセンターバックと一対一で過ごす。もちろん、その状況を作り出してくれるのは後方の味方のおかげだ。だが、いざボールが出たら、多くの場合、自分一人の力でゴールをこじ開けるしかない。味方は……」長谷川万華は苦笑しながら人差し指を立て、自分の肩越しに後方を指差した。「助けに来るには遠すぎる。彼らは『お前なら一人で何とかできる』と思ってるんだ。」
「それは、お前ら兄弟が今まで所属してきたチームがそういうチームで、そういう戦術だったからだろ。」岡部彰は答えた。「お前がまだユースチームに完全に馴染みきれていない原因もそこにある。小栗や坂口はウイングで、圧倒的な個の能力を持ってるが、心の底では常にセンターフォワードとの連携を前提に動いてるんだ。」
「ああ……その点に関して、俺は倉野尾には到底及ばないな。」長谷川万華は笑った。
「……俺個人の考えでは、チームスポーツの定義とは『ピッチ上の全ての仕事を、自分一人では完結できないこと』だ。今の俺のポジションは万能型ミッドフィルダーだ。守備もできるし、組み立てもできる。ドリブル突破も、シュートで点も取れる。全部できるが、守備や得点に関しては俺より優れた味方がいくらでもいる。だから俺の仕事は、味方が最適なタイミングで最適な仕事ができるように指揮を執り、共に勝利を掴むことだ──これが俺の考えるチームスポーツの定義だ。」岡部彰は続けた。「スポーツ漫画みたいに熱血青春を気取って、肩を組んで『みんなで頑張ろう』なんて臭いセリフを吐く必要はない。だが、サッカーという競技の全てのプロセスは、チームメイト全員の要素で構成されてるんだよ。」
岡部彰は突然、左手を伸ばしてピッチ上の長谷川千空を指差した。兄が遠目に見やると、弟はまるで暗黒の渦に飲み込まれたかのように、暗雲を背負い、立ちすくんでいた。
今この瞬間、彼の頭の中を支配しているのは『俺はチームのエースだ。俺が何とかしてチームを勝たせなきゃいけない』というプレッシャーに違いない。
「エースとして、自分の力でチームを勝たせたいと思うのは当然だ。だが、それには正しい方法がある。」岡部彰は頬杖をついたまま、淡々とした口調で言った。「そして相手チームのあの香港人は、まさに『反面教師』なんだよ。」
「反面教師? あの蕭智堯が?」
「ああ。」岡部彰は微かに笑みを浮かべた。「あいつがいまだに高い評価やオファーを得られない理由は、あいつが『試合を支配する』術を知らないからだ。グアムの遠征で魅せたあの圧倒的なパフォーマンスを目の当たりにしながら、Jリーグのどのスカウトもあいつを獲得しようとはしなかった。」
「もしお前の弟が同点に追いつき、逆転勝利を収めたいなら、自分自身の心魔を克服して吹っ切れること。そして何より……あいつのその『弱点』を徹底的に突くことだ。」




