第34話
一年前、実家の玄関先に記者たちが押し寄せた光景を、長谷川千空は今でも鮮明に覚えている。
彼らは首から異様に重そうなカメラとレンズをぶら下げ、プロ仕様のフラッシュを焚きながら、「福島の光」を取材しようと鋭い視線を向けていた。
兄の長谷川万華は小学二年生の時からサッカーに魅了され、放課後はいつも自主練習に励み、常に学校のエースストライカーだった。だが、家には「県大会陸上短距離の絶対王者」である兄がいたため、大人たちの関心は常にそちらに向いており、自分はいつまで経っても「あの長谷川万華の弟」でしかなかった。
それでも、自分はサッカーという世界で純粋に楽しむことができた。少なくともピッチの上では自分がチームの中心であり、チームメイトやコーチから必要とされていると感じられたからだ。
一時期、彼は福島の小学生サッカー界で「疾風の長谷川」という異名で呼ばれていた。走るのがあまりにも速かったからだ。その点は、兄と瓜二つだった。チーム全体が引いて守り、カウンターのチャンスに前方のスペースへボールを蹴り出せば、彼がそれに追いついてゴールを奪うのは造作もないことだった。
そうして、彼は自分の通う小学校を福島県大会の決勝まで導いた。学校史上最高の成績だった。
家はお祝いムードに包まれ、母は奮発して高級な寿司の折り詰めをいくつも買ってきてくれた。食卓についた兄は少し嫉妬したように、「俺が毎年県大会の短距離で優勝しても、同じような扱いじゃないか」とこぼした。「もしお前が優勝したら、また祝勝会をやるのか?」
「優勝したら、もっとすごいことがあるかもしれないよ!」長谷川千空は興奮気味に寿司を手に取り、醤油をつけた。「県大会で優勝すれば、全国大会に行けるんだから!」
「でも同級生から聞いたぞ。相手はここ二年連続で福島県大会を制してる伝統の強豪校らしいな。勝てる自信はあるのか?」長谷川万華が尋ねた。
「僕の異名、聞いたことないの? みんな僕のことを『疾風の長谷川』って呼んでるんだぜ!」長谷川千空は兄の方へ顔を寄せ、親指で自分の鼻を指して得意げに笑った。
「聞き間違いじゃないか? みんな俺の噂をしてるんだろ。」兄は笑って返した。
決勝戦終了の笛が鳴り響いた。二ゴールを挙げた長谷川千空だったが、チームを救うことはできなかった。試合後、ピッチサイドに立った彼は、どういうわけか突然泣き崩れた。無力感と挫折感が、重い鉄の塊のように自分を押し潰してくるようだった。同級生や先生、コーチたちが「勝敗は兵家の常だ」「まだ先は長い」「来年また優勝を狙おう」と慰めてくれた。
集合写真を撮る時、ふと兄が微笑みながら優しい視線を向けてくれているのに気づいた。その瞬間、自分が大声で泣き叫んだ本当の理由を悟った。自分は心の底から兄の背中を追いかけ、もう兄の影に隠れて生きたくないと願っていたのだ。
『僕は、唯一無二の長谷川になりたい。唯一の長谷川千空に。』
帰りの車の中で、長谷川万華は突然、「もう短距離走はやりたくない。俺もサッカーをやりたい」と言い出した。
「え?」弟だけでなく、両親もひどく驚いた。何しろ彼は今、福島で最も将来を嘱望されている短距離界の新星であり、将来は国を代表するスプリンターになると期待されていたのだから。
「なあ、千空。明日の放課後、ちょっとお前の練習に連れてってくれないか?」
「もう走るの、やめちゃうの?」母は呆然として振り返った。
「こらこら、お前たち。今日試合を見て興奮してるだけだろ。三日坊主で終わるに決まってる。真に受けるな。」運転席の父も最初は驚いたが、数秒後には大したことではないと笑い飛ばした。
だが、長谷川千空には兄の性格が痛いほど分かっていた。彼は決して出任せを言う人間ではない。口に出した以上、必ず本気でやり遂げるはずだ。
案の定、長谷川万華はすぐにサッカーの虜となり、陸上部の反対を押し切ってサッカー部に入部した。その後、二人は学校のチームで兄弟2トップを形成し、翌年の県大会で大暴れした。瞬く間に「長谷川兄弟」の名は知れ渡り、彼らと対戦するほぼ全ての学校が、あの狂風のようなカウンターを恐れてディフェンスラインを深く設定するようになった。
「明日はいよいよ決勝だ。去年のリベンジができるな。」
夕暮れ時。空に響くカラスの鳴き声が、放課後の空気にこだましていた。長谷川千空は兄の言葉にどう返していいか分からず、ただ曖昧に笑って頷いた。
兄が加入してから、チームの実力は飛躍的に向上した。前線にパスのターゲットがもう一人増えたからだ。兄はまだサッカー経験が浅く、ロングパスをコントロールしてシュートに持ち込むのは容易ではなかったはずだ──だが、彼のスピードはあまりにも速すぎた。その速さが、彼にボールを処理するための時間を他人の何倍も与えていたのだ。
チームはもう、自分だけを中心には回っていない。そう思うと、長谷川千空の心にはどうしても一抹の寂しさがよぎった。
もし明日の県大会決勝で、兄がいる状態で優勝してしまったら……
僕の価値は、一体どこにあるんだ?
「はーせがわ! はーせがわ!」
決勝戦の日、スタンドからは長谷川兄弟への声援が絶え間なく降り注いだ。その勢いに乗って、彼らは見事3-1で相手を下し、全国大会への切符を手にした。誰もが満足すべき結果だった。だが長谷川千空は、去年の雪辱を果たしたにもかかわらず、その夜の祝勝会で心から笑うことができなかった。
彼はまたしても、兄のまばゆい光に完全に遮られてしまった気がした。なぜならこの試合で、長谷川万華はハットトリックを達成したのだ。いつの間にか彼の実力は飛躍的に向上しており、チームメイトたちでさえ、「兄の方が弟より凄いんじゃないか」と思い始めていた。
彼はより速く、よりアグレッシブで、オフ・ザ・ボールの動きさえも賢くなっていた。
その事実は、二人が揃って郡山神風ユースのセレクションに合格した後も変わらなかった。
長谷川兄弟の名声は既に広く知れ渡っており、J2のユースチームも彼らのスピードを大いに警戒していた。ユースリーグは自チームのスタイル構築を優先するのが普通だが、時折、彼らを封じるために意図的に対策を講じてくるチームもあった。それはある意味、彼らの実力に対する最大の賛辞だった。
だが、弟である長谷川千空ははっきりと感じていた。途中からサッカーを始め、自分より数年も経験が浅いはずの兄と、実力やチーム内での地位がどんどん開いていくのを。
同じフォワードでありながら、兄はU-14やU-15のリーグ戦でも得点ランキングのトップに君臨していた。その時期、同じグループの全てのJ2ユースが「長谷川万華」という名前に震え上がっていた。彼と対峙したディフェンダーは皆、その圧倒的なスピードで粉砕された屈辱を忘れることができなかった。それは後天的な努力とは無関係の、圧倒的な才能の差だった。天から与えられた、全てを凌駕する両足。広大なスペースさえあれば、ディフェンダーがパスの行き先を先に読んでいようが、彼はその鼻先でボールを掠め取り、ゴールネットを揺らしてみせた。
「弟も同じくらいのスピードを持ってるはずなんだが、なぜかあいつにはあの凄み(プレッシャー)がないんだよな。」ある日、ピッチ上で焦る長谷川千空を見ながら、一人のコーチが不思議そうに言った。
「フォワードとしての天性の才能がないんじゃないか?」もう一人のコーチが答えた。「結局のところ、ストライカーには嗅覚が必要だ。これは生まれ持ったもので、教え込んで身につくもんじゃない。」
次第に、「疾風の長谷川」は「長谷川の弟」になり、そして再び「あの長谷川万華の弟」へと戻っていった。
何も変わらなかったのだ。
……
3対2……
やや左寄りに位置する長谷川千空は、左右を見渡して今村と見嶋のフリーの状況を確認し続けた。だが、ペナルティ・アーク手前という危険なエリアにもかかわらず、相手の二人のセンターバックは、まるで蕭智堯に意図的にシュートを打たせようとしているかのように後退を続け、絶妙な位置でパスコースだけを塞いでいた。
「はーせがわ! はーせがわ!」
太鼓と声援が鳴り響く中、数歩遅れて追走していた長谷川は、前方の二人のセンターバックに向かって、大きく手を振って「寄せろ!」と合図を送った。オフサイドラインギリギリでスペースを探して網を張っていた今村一彦は、すぐに相手の意図を見抜いた。
「打て! 蕭!」
その言葉が終わるか終わらないかのうちに、二人のセンターバックは躊躇なく同時に反転して蕭智堯に襲いかかった。本来なら3対2で有利だったはずの蕭智堯は、一瞬にして完全に孤立した。
二人のフォワードは、既にオフサイドポジションに取り残されていたのだ。
「チッ。」両サイドから鉄の万力のように二人のディフェンダーが迫り来る。だが彼らの動きはわずかに浮き足立っていた。蕭智堯は顔を上げ、まるで体が勝手に反応したかのように両足で細かくボールを操り、見事に二人の間をすり抜けた。
だが、ボールが少し足元から離れてしまった。修正する間もなく、背後から尋常ではない殺気を帯びた圧力が迫ってくるのを感じた。蕭智堯は見なくても、その招かれざる客が誰であるか分かっていた。
せっかくの3対2の決定機がゴールラインの外へクリアされるのを見て、鈴木卓は思わず首を振って溜息をついた。蕭智堯のあそこまでのプレーは非常に素晴らしく、想像以上の効果を上げていた。それだけに、この絶好のチャンスをゴールに結びつけられなかったのが口惜しかった。
「ナイスだ、千空!」
突然、スタンドから若く張りのある声が響いた。鈴木卓が振り返ると、十五、六歳くらいの少年が手すりのそばに立ち、満面の笑みで郡山神風のエースを見下ろしていた。
一瞬の気も抜かず、守備に集中しなければと自分に言い聞かせていた長谷川千空は、その聞き覚えのある声に思わず心を揺さぶられた。スタンドを見上げると、ある人物の登場によって、周囲が少しざわつき始めていた。
「兄貴……」




