第31話
マンツーマン・ディフェンスは、サッカーの歴史において淘汰された戦術だ。効率が悪く、リスクが高すぎるからだ。その後、ゾーンディフェンスの概念が主流となり、「スペースを殺す」という考え方がより効果的だと証明された。現在では、マンツーマンは特定の大一番で、相手のエースを封じるためだけに使われる特殊なオプションとなっている。
かつてのリーズ・ユナイテッドのように、狂気とも言える極端なマンツーマン戦術で成果を挙げたチームもあったが、実際の守備スタッツは悲惨なものだった。相手を混乱させ、ビルドアップを破壊することはできても、それは必ずしも効果的な「守備」とは言えなかったのだ。
なぜならこの戦術は、最後尾のセンターバックを除いて、基本的に「カバーリング」の概念が存在しないからだ。一人が抜かれれば、システム全体が瞬時に崩壊する。
だからこそ杉田直人は、ボールを群馬陣内に閉じ込めようとしたのだ。たとえ誰かが抜かれても、味方が戻る時間さえ稼げれば穴を埋め、すぐに陣形を整えられるからだ。
逆に言えば、この戦術のアキレス腱は、相手にハーフウェーラインを越えられた瞬間にある。守備崩壊のリスクは幾何級数的に増大し、そのツケは全てセンターバックにのしかかることになる。
「これは相対的に、最も連携を必要としない守備戦術だ。方針は一つ、『自分のマークについていけ』。それだけだからな。」鈴木卓は戦術ボードを膝に置き、現状を簡潔に説明した。「だが通常、センターバックには最終的なカバーリングの任務がある。つまり、ボランチが抜かれた瞬間、守備組織全体が崩壊するということだ。」
蕭智堯はその言葉の裏を読み取った。相手の心臓部で長谷川千空を振り切りさえすれば、決定的なスペースが生まれるということだ。
一方、郡山神風の選手たちが受けた指示は全く異なっていた。
長谷川千空の任務は依然として、あの香港の司令塔を消耗させることだ。だが彼は、自分の抑止力が前線に限られることを理解していた。蕭智堯の足元の技術は脅威だ。前半序盤、数人の味方が囲い込んでいなければ、バイタルエリア付近で何度も突破を許していただろう。
「その調子で頼むぞ。」具体的なタスクを指示した杉田直人は、腕時計を確認し、ピッチへ戻るよう促した。
後半開始。太鼓とブラスバンドの音色に導かれるように、郡山神風のプレスはさらに激しさを増した。群馬にビルドアップの余裕を与える気は毛頭ないようだ。中盤で数本の拙速なパスが繋がれた後、ボールは再び舞木嘉正の足元へ戻った。
『舞木、お前の武器を大胆に使え。両足から繰り出されるロングフィードは、ラインを上げている相手にとって最大の脅威になる。だが可能なら、まずは近くの味方を探してほしい。』舞木はハーフタイムの鈴木監督の言葉を思い出し、無闇に蹴り出さず、まずは近くのフリーの味方を探した。
「……」
だがすぐに違和感を覚えた。相手は表面上プレスを強めているが、その立ち位置には何とも言えない不自然さがあった。
鈴木卓は数秒凝視した後、助監督と顔を見合わせた。杉田直人の対策は実にえげつない。
『今頃、ピッチ上の蕭智堯は針の筵だろうな。完全に孤立させられている……』
杉田直人は鼻の下に拳を当て、前傾姿勢で中盤の香港人を凝視していた。実はこの戦術は、彼が以前から試してみたかった実験でもあった。十一人全員で一人のエースをどこまで封じ込められるか。このトップ下は最高の実験台だ。
郡山の十人のマーカーたちは、意図的にサイドへのコースを空けていた。まるで中央を遮断するかのように、ボールがどこにあろうと中央のエリアを死守し、特に蕭智堯へのパスコース上に立つことを徹底していた。頻繁に首を振って、出し手と蕭智堯の間に自分がいることを確認しながら。
サイドへの展開を放置するのは、第一に自分たちのスピードへの絶対的な自信、第二に群馬伊香保温泉のサイド攻撃には脅威がないという判断からだ。
『群馬のオーバーラップは、サイドを起点にハーフスペースや中央と絡んでこそ活きる。ポジショニングで中央への侵入を制限し、無理やり縦に行かせれば、孤立するだけだ。スピードで劣る彼らが、単純なクロスでチャンスを作るのは難しい。』杉田直人は知っていた。リズムを遅らせて相手に考える時間を与えれば、逆にスペースを使われて崩されるリスクがある。だからこそ、スピード勝負で相手をコーナーへ追い込み、組織的なリズムを破壊する方が有効なのだ。
結局のところ、群馬伊香保温泉の戦術の核は、あの香港人なのだから。
苦し紛れにボールが蕭智堯へ渡ったとしても、守備陣はすぐに散らばってそれぞれのマークに戻り、長谷川千空を彼と一対一にさせる。そして長谷川の仕事は、ただ追いかけ回し、パスコースを限定するだけでいい。
『明快で暴力的、かつ実行しやすい戦術だ。』鈴木卓は心の中で舌を巻いた。
蕭智堯は苦労して長谷川をかわし、ボールをキープしたが、予想通りゴールに背を向けた状態だった。これでは今村との連携など望むべくもない。
彼がボールを持つと、相手の守備陣全体が素早くリトリートし、群馬の選手たちの「遠い側」に立つことで、蕭智堯からの縦パスのコースを完全に遮断した。
そのため、彼がボールを持ってもできることは、近くの味方へのバックパスか横パスだけで、建設的なプレーは封じられていた。
『勝ちに行くなら、この状態を維持し、残り十五分で蕭智堯を下げて戦術を変えるべきだ。疲弊した郡山神風は対応できないだろう……。』鈴木卓は腕を組んで足を組んだ。だが正直、この試合の勝ち点3などどうでもよかった。『相手の徹底マークは想像以上だ。彼を守るために動くべきか?』
現在、蕭智堯と中盤を構成している岡田と黒橋は典型的な守備的MF、いわゆる「潰し屋」タイプだ。足元の技術は平凡で、後方から攻撃の起点になったり、個の力でプレスを剥がす能力に欠けるため、マンツーマンの餌食になっていた。
鈴木卓はベンチを見た。控えには組織的なプレーが得意なMF近藤がいる。彼をアンカーに入れれば「メトロノーム」として機能するだろうし、蕭智堯を一列下げてダブルボランチ気味にすれば、相手のプレスラインをさらに引き出し、前線にスペースを作れるかもしれない。
だが、それをすることは……蕭智堯を再びコンフォートゾーンに戻すことになるのではないか? 挑戦から逃げさせることにならないか?
「近藤にアップさせておけ。」鈴木卓は助監督に言った。
「はい。」
『まあ、黒橋のスタミナも限界に近い。ボランチの交代は必須だろうが……。』彼は心配そうに蕭智堯を見つめた。あるいは、このトップ下が自力で打開策を見つけることを期待していたのかもしれない。
背を向ければ密着し、前を向けば飛び込まずにコースを切る。これが長谷川千空の対蕭智堯マニュアルだ。マンツーマンに切り替えてから、彼は一度もボールを奪えていない。だがその代わり、相手のエースに一度たりとも建設的な仕事をさせていなかった。
『このリズムと強度を保てば……』
長谷川は蕭智堯の一挙手一投足を観察していた。落ちてきて(下りてきて)ボールを受ける意欲は低い。横方向への顔出しが主だ。前半は裏への飛び出しで味方との連携を狙っていたが、スピード差を痛感して諦めたようだ。
『だが、もし俺が彼なら、どうする?』
兄の言葉を思い出す。「ピッチ上では常に相手の立場になって考えろ。そうすれば倒す方法が見えてくる。自分のことだけ考えて下を向くな。」
郡山神風の包囲網は蕭智堯を完全に孤立させている。十三歳の子供に、この局面を打開する方法など思いつかないはずだ。神がかり的なドリブルで十人抜きでもしない限り……
だが、彼は感じていた。目の前の香港人が、決して座して死を待つつもりはないことを。
彼は頻繁に振り返り、何かを虎視眈々と狙う目をしていた。
「……」鈴木卓は後ろで手を組み、不安げにピッチサイドを歩き回った。蕭智堯の意図に気づいたようだ。
郡山神風のラインは上がり続け、センターサークル後方まで下がった蕭智堯がボールを持った。半秒考えた後、彼はパスを出さず、すぐに孤立無援の状態に陥った。
彼が背を向ければ、長谷川千空が即座に寄せてプレッシャーをかける。もちろん、カバーはいない。だがこの状況で蕭智堯がボールを失う可能性は低い。
長谷川の狙いは、彼にバックパスを強いることだ。そうすればさらに危険なエリアへ圧力をかけられる。ポゼッション自慢の群馬といえども、コーナーフラッグ付近まで追い詰められれば苦し紛れのクリアをするしかなく、ボール奪取は容易になる。
それが郡山神風の描いた青写真だ。
──だがそれこそが、蕭智堯が利用しようとしていた「餌」だった。
「ハマったぞ! 寄せろ!」
ボールは狙い通り、群馬のボランチを経由して右サイドバックの橘大輔の足元へ渡った。だが長谷川が気になったのは、そのパスコースを指示したのが蕭智堯だったことだ。
まるで、罠を張るかのように。
郡山神風の選手たちは一斉に殺到し、阿吽の呼吸でパスコースを塞いだ。コーナー付近に追い込まれた橘大輔に逃げ場はない。
だがその時、長谷川千空は見た。蕭智堯が全速力で自陣のエンドライン、それもゴールエリアの方向へ走り出したのを。斜め後方へのパスコースには、誰もカバーに入っていない。
「出せ!」
予想外の動きに長谷川の反応が一瞬遅れたが、自慢の脚力ですぐに追いついた。その瞬間、彼は迷った。コースを切るべきか、それともここでリスクを冒して奪いに行くべきか?
「蕭!」
橘大輔が蹴り出した強いグラウンダーのパスは正確だった。先に触るのは無理だ。長谷川は彼にターンさせないことだけを考え、真後ろから寄せた。
「……」鈴木卓は静かに見守っていた。ハーフタイムに教えた通り、迎えるフリをしてターンでかわすのかと思ったが、彼は静止したまま動かない……
蕭智堯はボールをスルーした。ボールは彼の股間を抜け、真っ直ぐゴールキーパーの足元へ転がった。
『!?』
長谷川は驚愕して群馬のキーパーを見た。味方のキーパーでさえ、このプレーには虚を突かれていた。
「くれ!」
一瞬の視覚的盲点を突き、蕭智堯は突然前へ飛び出し、ペナルティエリア手前でキーパーからボールを受けようとした。彼を囲んでいた数人の郡山選手も混乱した。持ち場を離れて彼を囲むべきか?
『あっ。』
後方にいた長谷川には、全てがはっきりと見えていた。
舞木嘉正と蕭智堯が素早くアイコンタクトを交わし、相手の意識が逸れたその一瞬の隙に、フリースペースへ顔を出したのを。
トップ下が、あえてゴールキーパーの目の前まで下りてワンツーでスペースを作るなんて……。
こいつ、正気か!?




