第25話
兵は神速を貴ぶ。
郡山神風ユースの杉田直人監督は、この教義を深く信奉する指導者の一人だ。かつてトップチームは、守備的な時間が長く観客を楽しませられないという理由でスタイル変更を模索したことがあった。だが、長谷川万華の成功により、クラブは再びこの道が正しいと確信するに至った。
『ましてや……J2のような全体的にスローな環境下において、スピードというのはそれだけで攻守兼備の巨大なアドバンテージになる。』
エースと見なされている蕭智堯は、中央で常に二、三人の選手に囲まれていた。一人が素早く寄せてプレスをかけ、他の選手がタイミングを見計らってカバーに入る。大きなミスこそないものの、このプレッシャーは彼に相当な不快感を与えていた。特定の誰かにマンマークされているわけではないのに、思うようにプレーできず、ボールをキープしてはサイドに散らすか、バックパスを選択するしかなかった。
「智堯、焦るな! やり直せ!」岡田健也は常に彼の後方でサポートとカバーの役割に徹していた。蕭智堯の目には、どこか司徒俊緯と重なって見えた。
サッカーにおいてスピードは極めて重要だが、陸上選手がサッカーやバスケに転向して必ずしもうまくいくとは限らない。短距離走が得意でも、必ずしも瞬発力に優れているとは限らないからだ。
だが、スタートから一、二秒後の加速段階においては、彼らは絶対的な優位性を持つ。
サイドバックのオーバーラップによる厚みのある攻撃を仕掛ける伊香保温泉にとって、ひとたびミスをして相手にスペースへボールを運ばれれば、局面は瞬く間に致命的なピンチへと変貌する。
背番号8を背負い、兄のまばゆい光芒に埋もれかけていたボランチこそが、現在の郡山神風U-13のエース、長谷川千空だ。
彼がボールを奪取するや否や、チームメイトたちは可能な限り最速で彼にボールを預け、攻撃のスイッチを入れさせる。こう言うとアンドレア・ピルロのようなレジスタ(司令塔)を想像するかもしれないが、彼は決して指揮官タイプではない。
「ゲーゲンプレス(即時奪回)!」ボールロストを見た近くの今村一彦と見嶋覚が叫び、蕭智堯と共に彼を包囲しようとした。
だが彼は、テレビでよく見る司令塔のように素早くロングパスを放つのではなく、突如ボールを大きく蹴り出し、大股で加速した。プレスに行こうと一歩踏み出した蕭智堯は、重心の逆を突かれ、一瞬にして置き去りにされた。その後ろにいた二人のフォワードなど言うまでもない。
『ボックス・トゥ・ボックスか……。』鈴木卓は意外そうに頬を掻いた。このタイプの中盤はアジアでは非常に珍しい。むしろ恵まれた体格を持つ欧州やアフリカの黒人選手によく見られるタイプだ。『あの長谷川の弟、昨季まではフォワードだったはずだが……今季からコンバートされたのか……。』
それと同時に、ペナルティエリア前で四枚のブロックを作って引いていた中盤の選手たちが、一斉に全速力でスプリントを開始した。両サイドバックとフォワードも加わり、わずか数秒の間に七人の突撃部隊が形成された。
「真ん中の奴につけ! サイドは俺が見る!」岡田健也は周囲を確認し、もう一人のボランチに中央のドリブラーへのマークを指示した後、長谷川千空を遅らせるために前へ出た。
ピッチ外の鈴木卓の目には、郡山神風の選手たちのカウンター時のランニングコースと連携の凄まじさが手に取るように分かった。
『長谷川がボールを持って推進すると同時に、前の三人が全速力で走り出しながら彼の動向を観察し、常に二つから三つのパスコースが確保できるように自分の位置を調整している。』
岡田健也がサイドへのパスコースを切ろうとすると、長谷川は即座に中央やや後方にいる味方へパスを出した。その選手はワンタッチで調整し、すぐに岡田健也の背後へスルーパスを通した。見事なトライアングル・ショートカウンターだ。
『技術不足を補うため、多くの場面でワンタッチパスを多用するが、カウンターの成功率を高めるために、あえてもうワンタッチしてでもスピードで勝負することを選ぶ……。』鈴木卓は小さく頷いた。現時点において、この郡山神風ユースの完成度は、間違いなく自分たちより上だ。『長所を生かして短所を補う。チームのスタイルと戦術を徹底している。大したもんだ……。』
味方の戻りが遅れ、後方は数的不利。舞木嘉正は瞬時に状況を確認した。局所的な3対5のピンチだ。だが、少しでも遅らせることができれば4対5まで持ち直せる。そうなれば脅威は大幅に減り、戻ってきた味方がスペースを埋められるはずだ。
「……池端、お前は目の前の奴にしっかりついて、できるだけ中を切れ。俺が外へ追い込む。」
右センターバックの池端正章が対応に迷っていると、舞木嘉正がそう言い残して突然飛び出した。
郡山神風のカウンターの定石は、実は群馬伊香保温泉──というより現代サッカーの主流である「5レーン攻撃」と同じだ。
サッカーがここまで進化した今日、5レーン理論は目新しいものではない。だが、この概念は既に潜在意識レベルまで浸透しており、今のところ最も効率的な戦術として認知されている。あえて3レーンに簡素化したり、6レーンや7レーンに複雑化しようとするチームは稀だ。
そして5レーン攻撃の特徴の一つが、「ハーフスペース」の活用だ。
ポゼッション時、敵陣深く侵入した五人の攻撃選手が横に広がると、相手の守備陣形は暴力的なまでに引き裂かれる。両サイドバックはタッチライン際まで広げられ、センターバック付近はスカスカになり、ボランチは最終ラインに吸収されるべきか頭を抱え、頻繁な斜めの走り込み(ダイアゴナル・ラン)によって守備陣はマークの受け渡しに混乱する──これらは5レーン攻撃が登場した当初、4バックシステムにとって悪夢のような課題だった。
ハーフスペースでの頻繁なポジションチェンジとトライアングルパスこそがこの戦術の肝だが──カウンター時においては、その意味合いが異なる。
『「兵貴神速」。カウンター型のチームが、貴重な速攻の最中にポジションチェンジで相手を惑わせようなんて考えるはずがない。全ての判断は果断かつシンプルでなければならない。』舞木嘉正が突然飛び出し、意図的に中央とハーフスペースへのパスコースを限定したのを見て、鈴木卓は満足げに頷いた。『相手を動揺させ、不合理な選択を強いて、自信を失わせる。これがカウンターチームに対する最善策だ。』
左サイドを駆け上がる大道哲広は顔を上げ、味方の位置を確認した。センターサークル手前のラウル・アエロスの背後には猛烈な勢いで戻ってくるボランチがおり、遠くの右ウイング、アンヘル・ヒメネスはペナルティエリア手前で伊香保のもう一人のセンターバックを引きつけている。右サイドバックも上がってきており、教科書通りの理想的な5レーン・カウンターだ。
だが、左のハーフスペースに近い味方は相手センターバックにマークされており、理想的なパスの受け手ではない。中央のラウル・アエロスには追手が迫っており、群馬の飛び出してきたセンターバックも、意図的なのか偶然なのか、そのパスコースを消すような動きを見せている……。
「おい、迷うな! 早くだせ!」ハーフスペースで裏抜けかポストプレーの準備をしていたフォワードの寄田晃が焦ったように叫んだ。もちろん彼がボールを受けることが必須ではないが、攻撃を組み立てる準備はできている。
「池端、目の前の奴を放すな! できるだけ縦に行かせろ!」舞木嘉正は、ボールホルダーと中央の南米系選手へのパスコースを遮断できていることを確認しつつ、体を低くして加速の構えを取りながら叫んだ。
数的不利の池端正章は賢明にも、目の前のフォワードに密着せず、腕一本分ほどの距離を保っていた。ボールを持つ大道哲広に「一旦寄田に預けて時間を稼ぐか?」と迷わせるためであり、何より、これらのスピードスターたちの裏への飛び出しに対応するスペースを確保するためだ。
舞木の「縦に行かせろ」という指示で、池端は自分の任務が「ニアゾーンへの侵入を防ぐこと」だと理解した。寄田へのパス自体は防げないかもしれないが、彼ができるのは、寄田のスペースとパスコースを極限まで圧縮することだ。
そう考えた彼はさらに数歩下がり、寄田との距離を取りつつ半身の体勢をとった。もし相手が底へスルーパスを出しても追いつく余裕があり、同時に中央へのカットインも牽制できる。
「考えるな! まず縦に抜けろ! ファーに誰か詰めてるはずだ!」寄田晃は振り返り、細かいステップで位置を調整しながら叫んだ。
同時に舞木嘉正もペナルティエリアライン付近でポジションを修正した。中央でラウル・アエロスが全速力でボックス内へ侵入し、大道哲広のクロスに合わせようとしているのが見えたからだ。
「うらぁっ!」
大道哲広は迷いを捨て、ボールを縦に大きく蹴り出して加速した。だが、クロスを上げようと中央を見た瞬間、パスコースがほとんどないことに気づいた。
ん!?
その時、視界の端に、神風の如く走り込んでくる影が見えた。既にボックス内は敵味方で溢れかえっていたが、そのマイナス方向のスペースだけは、ぽっかりと空いていたのだ。




