表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
異国刀  作者: 橘 酒乱
2/12

第二話「武傭兵」

皆さんこんにちは、橘 酒乱です。


いよいよ物語の舞台が動き出します。第二話、少しでも楽しんでいただけたら嬉しいです。

江戸城下。武家屋敷の一角に、ひときわ大きな道場が構える。


板張りの床は稽古に磨かれ艶を失い、白木の柱には斜めの刀傷が走っていた。


その中央に、十二人の浪人が膝を揃えて座している。


衣の色は褪せ、膝は擦り切れていたが、眼差しだけは濁っていない。


武傭兵の選抜試験、三日目。

剣、槍、弓を経て、今日の課題は火縄銃。


浅葱 真之介(あさぎ しんのすけ)!」


名を呼ばれ、俺は静かに立ち上がった。


監査役の案内で、道場の裏手にある射場へと進む。


土を高く盛って築かれた土手の前に、藁束を固めた的が据えられていた。


足元の土には黒く焼けた跡が点在し、鼻をつく硝煙の匂いが風に混じっている。


その場で、ずっしりと重い火縄銃が手渡される。


五十間先の的――三発で勝負が決まる。


指先に汗がにじみ、耳の奥で血が脈打つ。


火薬を詰め、鉛玉を座らせ、火縄の先端に火を近づけた。

火縄がパチリと音を立てる。


次の呼吸で引き金に力を込めると、銃は唸るような轟音を放った。


白煙が流れ、反動が肩を強く押し戻す。


一発目は的の縁を掠め、二発目はわずかに外れた。

三発目で芯を穿ち、藁屑がはらりと舞った。


審査役が軽く頷くのを見て、俺は小さく息を吐いた。



夕刻。

十二人が板間に並び、正座のまま息を潜めていた。


やがて足音が近づき、白髪を結い上げた役人が姿を現した。


「これより合格者を発表する」


名が一つ、また一つ読み上げられる。


佐伯 清次(さえき せいじ)


背が高く端正な顔立ち。整った髪と涼しげな目元からは、知的で実直な性格が滲む。しかし、その瞳の奥には、野心が見え隠れする。


筒井 景虎(つつい かげとら)


がっしりした体格に短髪、浅黒い肌。豪放な性格に見えるが、眼光は隙を見せぬ獣のそれである。


松下 華子(まつした はなこ)


小柄で控えめそうな娘。年の頃は十八で、肩までの黒髪をさらりと整えている。

商家の出らしく、実用的な着物がよく似合う。通訳と実務に務めるようだ。


宗田 巌(そうだ いわお)


五十代半ばの老武士。年齢を感じさせないほどに鍛え上げられた肩周りと胸板が目立つ。弓の名手で、顔の傷が歴戦を物語る。


そして――


「浅葱 真之介」


名を呼ばれた瞬間、胸の鼓動がひときわ大きく跳ねた。


これまでの俺は大坂城で死に損ない、家康公に救われた裏切り者。


徳川の下で生きながらえているだけの半端な存在。


だが今――


武傭兵として選ばれた。


異国の地で、ただ一人の武士として生きることができる。


浅葱 真之介としての道を歩めるのだ。



「これより、お主らが所属する”朱刃組”(しゅじんぐみ)の長を紹介する」


役人の声とともに、奥から一人の影が現れた。


黒髪を背に結い、紺の着物に二本の刀を帯びた女が、板間をゆっくり踏みしめる。


凛とした顔立ちに、四十を越えた気品と威厳が漂い、一歩ごとに空気が引き締まる。


藤波 志津(ふじなみ しづ)と申す」


低く澄んだ声が板間に響いた。


視線は鋭く、五人を射抜く。


「貴様らには、シャム・アユタヤ王朝への派遣を命じる。

表向きは朱印船の護衛。だが実際は、情勢把握と軍事顧問だ」


木壁に掛けられた南蛮図の前に導かれる。そこには、遠い外海の国々が描かれていた。


「シャム――遥か南海の彼方に広がる国。


香辛料と黄金に恵まれ、アユタヤ王朝は東南アジア随一の国力を誇る。


我らが日本人の町もある。山田 長政(やまだ ながまさ)を知る者もいよう。

王に信頼され、重きをなす存在だ」


山田 長政。

日本人でありながら、異国で成功を収めた人物。


藤波は図上で指を移動しながら続ける。


「現地ではポルトガル、オランダ、そして日本が利権を巡り争う。

血が流れることも珍しくはない」


その言葉を遮るように、筒井 景虎がにやりと笑った。


「……組長て、この人がか」


目を細め、藤波を頭からつま先までじろりと見やる。


「思てたんとちゃうな。

もっとごっつい大男が来るんや思たわ」


ざわめきが小さく走る。


俺が制そうと声を上げかけたが、藤波は眉一つ動かさなかった。


「そう思うのも無理はない。

だが海外では日本の常識は通じぬ。女の指揮官であることが武器となる場もある」


そう言い放つと、帯の太刀を外し、筒井の前に差し出す。


()()()()()()()()()()()()()()


空気が凍りついた。


筒井は一瞬刀を見下ろし――やがて両手を上げ、降参のポーズを取る。


「へっ……参ったわ。遠慮させてもらいます、クミチョー」



緊張が解け、場に息が戻る。


藤波は淡々と告げた。


「さて――質問はあるか」


俺は思わず手を上げる。


「藤波殿は、これまでにも海外派遣の経験がおありなのですか」


「三度ほど。ルソン、ジャワ、そして今回のシャム。いずれも朱印船による派遣だ」


女性でありながら、これほどの経験を積んでいるとは……。


松下 華子が遠慮がちに口を開いた。


「その……現地の日本人町の人たちとは、どのような関わりになるのでしょうか」


「良い問いだ。日本人町も一枚岩ではない。

幕府に従う者もいれば、己の商いを優先する者もいる。我らは彼らとも渡り合わねばならぬ」


その言葉に、宗田 巌が何も言わず、ただ重く頷いた。


間を置き、筒井が声を張る。


「結局のところ、ポルトガルとオランダ、わしらはどっちの肩を持ちゃええんや?」


「基本的には日本の国益を第一にせよ。

ただし情勢を見誤れば反発を招く。軽挙妄動は許されぬ」


藤波の声は揺るぎなく、場の空気を圧した。


皆が黙り込む中、佐伯 清次が苦笑混じりに言う。


「つまり……我らは剣だけではなく、立ち振る舞いそのものが"国の顔"となる。

そう心得るべきですね」


「……その通りだ」


藤波は目を軽く細める。


静寂を置き、藤波は最後に告げた。


「質問は以上か?ならば本日はこれにて解散とする。


明日より三ヶ月間、海外派遣のための特別訓練を行う。


シャム語の習得、船上戦、異国の礼法――いずれも必須だ。覚悟せよ」



その夜、松下を除く四人は同じ宿に泊まった。


湯上がりの畳の間。外の虫の声が絶え間なく響き、夜気が涼しく流れ込む。


低い膳に(さかな)徳利(とっくり)が並び、湯気の立つ酒が盃に満ちていた。


「しかしよ、女だてらにあの迫力はなんや」筒井が盃を置き、肩を揺らして豪快に笑う。


「藤波殿のことか」俺が頷くと、佐伯も静かに盃を置いた。


「ええ。あの威厳は本物でしたね」


「ほんまやで。せやけど女の大将やし、ちょい不安っちゅうか、やりにくいわ」


「なぜ不安なんだ?」俺は思わず訊き返す。筒井は盃をくるくると回しながら、口を尖らせた。


「女は感情的になりやすいやろ? 戦場では冷静さが――」


「今日の様子を見る限り、むしろ俺たちより冷静だったぞ」

とっさに遮ってしまったことに気づき、慌てて盃をあおって誤魔化す。

酒の辛みが喉に刺さった。


筒井が悪戯っぽく笑う。

「ほぉ、真之介。お主、藤波殿に惚れてもうたんとちゃうか?」


「そ、そういう意味じゃない! 単純に……将として――」


佐伯がくすりと笑い、盃を掲げた。

「浅葱殿の仰ることは尤もです。僕も感服いたしました。あれこそ大将の器です。

宗田殿も、同じお考えでしょう?」


その名を呼ばれ、宗田はゆっくりと目を開き、落ち着いた声を落とした。

「……うむ。案ずるな、筒井殿。あのお方の下であれば、道を誤ることはあるまい。若い衆よ、学べることは多かろう」


一瞬だけ沈黙が落ちた。盃を置く音と、外の虫の声が間を埋める。


「へぇ、宗田殿まで女の大将に従う気ぃかいな」

筒井が目を丸くし、からかうように言う。


宗田は口元に小さな笑みを浮かべた。

「ふふ……そうじゃな。経験ばかりで語るは味気ない。異国の地での戦、藤波殿の背に従うことこそ、何よりの安堵となろう」



そう言って再び目を閉じ、盃を傾けた。


「とはいえ、明日からの特別訓練……なかなか骨が折れそうですね」佐伯が苦笑する。


「シャム語か……」

俺は肩をすくめる。

「今日、藤波殿が発音しておられたが、俺には呪文にしか聞こえなかったぞ」


「僕はもう予習しました。“サワディー”が“こんにちは”だそうです」


「おぉ、清次!やるやないか。ほな“酒をもう一杯”はなんて言うんや?」


「……えっと、それは、まだ……」


「安心せえ。どこの国でも、杯を掲げたら通じるわ!」

筒井の笑い声が畳に響き、皆もつられて笑った。


俺は笑いながらも、胸の奥に芽生えた言葉にできない感情を持て余していた。


それは恋慕でも憧れでもない、ただ()()()の背に惹かれる、不思議な力のようなものだった。


笑い声と酒の匂いが夜の静けさに溶けていく。

障子の隙間から差し込む月光が、四人の影を畳に淡く映し出していた。



第二話 了

第二話「武傭兵」をお読みいただき、ありがとうございます。


感想や誤字脱字のご報告など、コメントでいただけると執筆の大きな励みになります。


今後とも、どうぞよろしくお願いいたします。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ