学校の七不思議を追え!
ぼく、白井歩。
同じクラスの井坂裕人は新聞係。学級内の壁新聞を作るのが仕事だ。いつも一緒にいる海里は別の係にいる。裕人は係り決めの時、じゃんけんで負けたらしい。いやいややっているのかと思いきや、意外としっかり記事を書いている。
その裕人が、放課後の教室で声をかけてきた。
「なあ、歩〜」
「何?」
「ちょっと、手伝ってくんない?」
「何を」
「壁新聞の記事作成と検証」
「何するつもりさ」
「学校の七不思議の検証! っていう記事」
「他の係の人は?」
「遅くなるのは嫌だって断られた…」
「ぼくだって嫌だよ」
「そう言わずに!」
裕人は、わざとらしく目をきらきらさせて見てくる。断りづらい。
「…そもそもなんでぼくなのさ?」
「だってさ、歩って細かい所に気がつくじゃん。色々分かるかなあって思って」
……期待した目で見ないでくれるかな。
「…わかったよ。行くよ。先生には話したの?」
「…言いにいかなきゃ駄目かな…?」
「言ったほうが良いと思うよ。何かあった時のためにもさ」
職員室へ行き、2人で事情を田口先生に説明した。
先生は少し困った顔をしながら、小さな声で答えた。
「…3日後ならいいぞ? ただし、他の先生や児童には内緒な」
「なんで3日後ですか?」とぼくが聞くと、
「…その日、先生が戸締まり当番なんだよ。いつも5時半に戸締まり回るから、それまで教室で自主学習な」
「えー? まだ明るいじゃないっすか」と裕人。
「それが時間の限界だからな?」
「わかりました。5時半ですね」
不満そうな裕人を抑えて、ぼくはそう言った。
三日後の放課後。
約束通り教室で宿題を済ませ、クラスメイトが全員帰ったところで、ぼくは裕人に尋ねた。
「あのさあ、七不思議って何があるの」
裕人は妙に張り切って声を張った。
「前にやったクラスアンケート結果発表!」
…いきなり何なのさ。
裕人は指を一本ずつ立てながら言う。
「その1! トイレの花子さん! 3階の一番奥の女子トイレ個室を3回ノックして『花子さん、遊びましょう』と誘う!」
「ぼくら、女子トイレ入れないよ?」
「ぐっ…… その2! トイレの太郎くん! 2階男子トイレ4番目のドアを44回ノックして『太郎くん、太郎くん』と呼ぶ!」
「男子トイレ個室2つしかなかった気がする」
「うがっ! その3! 夜中の教室に入ると呪われる!」
「先生に見つかって怒られるんじゃない? そこまでして呪われたくはないなあ」
「うう…、その4! 校庭の二宮金次郎の背負っている薪の数を数える!」
「この間、1年生が大声で数えてたな。聞いてた人みんな呪われる?」
「え、マジで? その5! 音楽室の絵画! 動くらしい!」
「音楽室に絵画無いよ?」
「あ、そう言えばそうだった。えーと、その6! 音楽室の勝手になるピアノ!」
「本で読んだ気がする」
「その7! 理科室の人体模型! 動く!」
「それで?」
「その8! 夜中は階段の段数が増える!」
「七不思議じゃなかったっけ」
「アンケート結果だからね! その9! 静かな図工室で口笛が聞こえる! 以上!」
「お疲れ様でした」
ちょうどそのとき、教室のドアが開き、田口先生が顔を出した。
「お、そろってるな? 行こうか」
先生はジャラジャラと鍵を持ちながら、「まずは一番上の階からな」と歩き出した。
3階一番奥の女子トイレ。
裕人は声を出した。
「先生! 女子トイレ一番奥の個室に3回ノックして!」
「あー、花子さん伝説か。やってるやつ何人か見たことあるな」
ぼくも先生に尋ねる。
「なら、太郎くんも…?」
「いたいた」
「その人たちどうなりました?」
「どうもしないよ。普通に登校してる」
「え、じゃ、ウソ…?」
少し裕人はショックを受けたようにつぶやいた。
「まあ、そうなるな」
「次行きましょう!」
裕人のショック顔を置いといて、ぼくは声をかけた。
2階の理科室前。
ここでもおそるおそる裕人は声を出す。
「人体模型…」
先生は振り返って、
「どれのことだ? 骨やつと筋肉のやつと、2つ理科準備室にあるけど」
「どっちも動く…?」
と、裕人。なんか怖そう。先生はニヤリと笑ってこういった。
「確認する?」
「やめておきます!」と、裕人。
「ま、動かないよね、普通…」ぼくは納得した。
図工室。
裕人は着いて早々、
「口笛きこえる?」と言っている。
ぼくは、「聞こえない」とそう言った。
先生はなんとはなしに、
「あ、ここの鍵、回りにくくてさ、キーキー音するんだわ。それか?」
「そういうことにしとこう」
やっぱり怖いのは嫌だ。
そして音楽室の前に来たときだった。
……ピアノの音が聞こえた。
身体中の血が、さあっと引く。裕人も顔を青くしてつぶやいた。
「…え…マジで…?」
「…」
あれ?よく聞けばアニメの主題歌だ。
先生は平然と音楽室のドアを開けた。
「おーい! 由利さん! 時間だ!」
中には、ピアノの前に座るクラスメイトの由利みのりさん。
「先生、もうそんな時間ですか?」
「おう、6時近いぞ」
「今日もありがとうございました」
「気をつけて帰れよ!」
裕人とぼくは顔を見合わせる。
「どういう事?」
由利みのりは、少し恥ずかしそうに笑った。
「あのね、私ね、家ではコンクールの曲ばかり練習してるの。…たまには違う曲弾きたくて、学校のピアノ借りてるの。あのアニメの主題歌かっこいいじゃない?何回も聴いて弾けるようになったんだ。家でやればお母さんに注意されちゃうから…」
田口先生は真剣な表情になった。
「家での練習が辛くなったり、叩かれたりしたら先生に言えよ?」
「はい」
音楽室を出たあと、裕人はぼそっと言った。
「なんだよ〜、七不思議じゃなくて、ただの隠れ練習かよ」
ぼくは笑って答えた。
「でも、少なくとも一つは解明できたな」
その帰り道、ふと気づいた。
まだ見ていない七不思議は、あといくつもある。
そして——中には、本当に説明がつかないものも、もしかしたらあるのかもしれない。
裕人はにやっと笑った。
「じゃあさ、次は“段数が増える階段”行ってみようぜ!」
ぼくの答えを待たず、裕人は走り出した。
放課後の廊下に、その足音が響いた。