さようなら美沙ちゃん 僕が貧しかった頃part 2
さようなら美沙ちゃん
僕が貧しかった頃の話 part 2
美沙ちゃんと10年以上付き合った頃、僕は金融系のサラリーマンとして働いていた。
暮らし向きは、知り合った当時よりは少しだけ良くなっていた。
その頃には、美沙ちゃんとの「する・しない」のやりとりは減っていた。
お金の授受も、買春を介さず、貸し借りが多くなっていた。
「ごめーん、ガス代払えんでー。8千円くらい、どうにかならん?」
そんな電話に、
「借りた形にする? それとも、する?」
「あー、多分来週には返せるけん、貸しといて〜」
ってな具合。
売春の客というより、親戚のおじさん感覚。
それとも、僕が飽きたのか、彼女が飽きたのか。
まあ、潮時だったのかもしれない。
娘たちは中学生になり、彼女は子どもたちと衝突を繰り返していた。
自分も中学なんてほとんど行ってなかったくせに、不登校の娘には押し付けるような口調だった。
一度、喧嘩の仲裁の電話がかかってきた。
「バカが何言っても聞かん! 大津さんから言ってやって!」
電話口に出た娘さんが、こう言った。
「〇〇ですけど〜(名前忘れた)。ママ、自分は中学の勉強全然わからんくせに、ウチにはめっちゃ勉強しろって言うんですぅ」
僕が彼女親子にどう紹介されていたのかは知らない。
でも、「大津さん」で通じる人ではあった。
美沙ちゃんに、「俺のこと、どう説明してるん?」と聞いたことがある。
彼女ははっきり答えなかった。
僕は「宗教団体の支部長か何かってことにしとき」と言った。
「あー、いいねえ」
でも、本当にどう説明していたのかは、最後まで分からなかった。
美沙ちゃんは、自分のような人生を娘たちに送らせたくない、せめて中学校には保健室登校でもいいから通ってほしいと、スクールカウンセラーと打ち合わせを重ねていた。
ある日、彼女のアパート近くの大型スーパーで偶然会った。
彼女は大型カートに山ほどの食材を積んで、満面の笑顔で僕に話しかけてきた。
「今から地元の連れっていうか後輩たちとバーベキューするっちゃん!」
後ろには、娘さん2人(中学生なのに金髪ヤンキー)と、いかつい、和彫を誇示したタンクトップの明らかに半グレ風の若者4人がついてきていた。
美沙ちゃんは彼らに、
「お世話になってる人! 挨拶して!」
と命令していた。
別れは、突然だった。
正直、僕は彼女へのストレスが溜まっていた。
お金を借りても、約束の日に連絡してくることは絶対になかった。
2〜3日後、ようやく
「ごめーん返せん。今、子どもおらんけん、やりにこん?」
と電話がくる。
家族や教師への文句はよく言うくせに、自分もロクでもない。
生活保護を受けながら、市役所との約束でパートに出るが、すぐ不満を漏らして辞める。
偏見そのままの、ヤンキー女。
娘がグレて不登校になったのも、あなたそのままやん。
付き合ってる男も、相変わらず地元の半グレ集団。
娘のことを一番に考えているのも分かるけど、どこかズレてる。
でも、本人には言わなかった。
所詮、僕は売春の客だから。
ある朝、彼女から借金の催促メールがきた。
当時の僕は、会社でモラハラ上司にネチネチと真正論に説教を受けて、精神的に追い詰められていた。
その朝、少し早く出勤して、彼女のポストに1万円を入れておいた。
その後、返済についてのやりとりの中で、彼女は
「どうせ返せんけん、夜やろうや」
みたいな返事をしてきた。
しかも、夜遅い時間指定で。
ところが、その時間を1時間過ぎても彼女から連絡はなかった。
僕は怒りに任せて、
正論+嫌味+説教をセットにした長文LINEを送りつけた。
今思えば、自分が上司にされて嫌だったことを、若い女にぶつけたんだ。
カスの売春客のくせに。
彼女からの返事は一言だけだった。
「もう無理。金は今までの分全部払うけん、金額教えて」
もちろん、払えるわけがなかった。
その後、彼女は電話してきて、
「で何回やらせりゃ済むと?」
と捨て台詞を吐いた。
僕も腹が立っていたので、
「最後に一回やらせろ」
で決着をつけた。
最後に会った夜。
場所は、彼女の家の近くの川沿いのラブホテル。
夏なのに冷たい湿った風が吹いて、カエルの鳴き声がやたらと耳についた。
湿っぽい、寒々しい空気。
僕は勃たなかった。
結局、自分で擦って、どろりと勢いなく汚れた灰色の液体を、彼女のきれいなお腹に出した。なぜか大量に。
それが、ほんとうに、最後だった。
もう美沙ちゃんの連絡先は消した。
今でもたまに登録外の電話番号からかかってくると
「あー美沙やけど〜元気い?」
ってテンションの低い声がする気がする。
あの夜から、僕は少しだけ運を落とさなくなった気がする。
たぶん、美沙ちゃんは、
ちゃんと可愛がれば運を運んできて、
ぞんざいに扱えば不運を連れてくる、
ネコみたいな、妖精みたいな、妖怪wみたいな存在だった。
そんな、不思議な生きもの。