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砂の散開星団~元魔王に拾われた闇堕ち勇者は寵愛で運命を覆す~  作者: 瀬那つくてん(加賀谷イコ)
宝玉の攻勢

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【7】自分の意思で

 アミキティアの使者たちを町へ案内する最中、レフレクシオは城の中に意識を向けた。フェリクは自室にいる。ミリアもそばにいることだろう。このまま何事もなくふたりのもとへ戻れるといいのだが。

「陛下、失礼いたします」

 静かな声とともに、影からアンブラが姿を現す。この外交中、最も忙しくしているのがアンブラだろう。あちらこちらを行ったり来たりしている。その中で、何か情報を掴んだらしい。

 アンブラはアミキティアの使者に一礼し、レフレクシオに身を寄せる。

「一番うしろにいるあの男。あれが坊ちゃんの感じ取った偽物です」

 レフレクシオはちらりと使者たちを見遣る。不思議そうにふたりを眺める使者たちの後方で、黒髪の男が素知らぬ顔をしている。これまで上手く隠れていたようで、フェリクの宝玉がなければ疑うことすらなかっただろう。

「わかった。ご苦労」

 アンブラはレフレクシオに辞儀をし、またアミキティアの使者たちに一礼して影の中に潜っていく。すぐにフェリクとミリアの警護に戻るだろう。

「すまない。続けよう」

 アミキティアの使者にもう一度、視線を遣る。フェリクの兄を名乗る男は少し怪訝な顔をしているが、他の使者たちはすでに気を取り直している。ただひとりを除いて。



   *  *  *



 少し前まで、フェリクの部屋からでも町を案内するレフレクシオとアミキティアの使者たちの姿が見えていた。いまは畑や牧場のほうへ行っているのかもしれない。フェリクとミリアは身動きが取れないまま、ただひたすらお茶を嗜んでいた。

「そろそろ日が暮れちまうね」ミリアがうんざりして言う。「どうしたもんかねえ」

「とにかく、案内が終わるまで大人しくしてよう。下手に動くと危険だよ」

「わかってるよ。けど、こう暇が続くと、頭がイカれちまいそうだよ」

 フェリクは、アミキティアの使者の中に偽物がいると宝玉で検知した。その偽物の正体が掴めないいま、ふたりだけで行動するのは危険だ。

 そのとき、突如として耳を突いた大きな音に、ふたりは肩を跳ねさせる。音のほうを振り向くと、黒いもやのようなものが窓に衝突した。それは何度も打ち付け、結界を破壊しようとしている。

「なんて嫌な魔力だ。寒気がするよ!」

 黒いもやは何度も何度も窓を叩き、激しい音を響かせている。そのうち誰かが気付いて駆けつけるだろうが、結界がいつまでもつかわからない。

「アンブラ!」

 ミリアが影に向けて呼びかける。しかし、その声に応えるものはない。

「この魔力のせいで入って来られないんだ」

「魔術師が情けないね!」

 ミリアが舌を打ったとき、ひときわ激しい音を立て窓が粉々になった。黒いもやが届くより一瞬だけ早く、フェリクはミリアの手を取り左の目元に触れる。もやを振り切り、体が宙に放り出されると、抵抗する間もなく水中に落下した。ミリアに手を引かれ水面に上がる。そこは牧場の池だった。

「坊ちゃん、ミリア姫!」

 池から上がったふたりのもとに、アンブラが駆け寄って来る。フェリクの魔力を辿って来たようだ。

「出て来てくれてよかったぜ」

「どんな状況だい?」

「アミキティアの使者はまだ陛下のところにいる。偽物が魔力だけ飛ばしたんだろうな」

「器用なことをするね。フェリクの宝玉がなきゃ危ないところだったよ」

 溜め息交じりにミリアが言う。そのとき、フェリクは背後から笑い声が聞こえたような気がした。

「……僕の宝玉がなければ、そもそも狙われることはない……。僕がここにいることで、ムルタが危険に晒されるんじゃないかな」

 ぼんやりと呟くフェリクの目の前で、アンブラが両手を叩く。耳を刺すような音に、フェリクはハッと意識を取り戻した。

「変なのに懐かれてるぜ。気をしっかり持て」

「うん……」

「宝玉ってのは、物好きを寄せ付けちまうもんなんだねえ」

 フェリクは軽く頭を振る。何か重苦しいものが肩に圧し掛かっているような気がする。あのもやがまだどこかにいるのだろう。

「ここに棒立ちしていてもしょうがない」アンブラが溜め息を落とす。「陛下から離れているのは危険かもしれない」

「偽物が王様のところにいるなら、王様も危険かもしれないしね」

 歩き出したアンブラとミリアに続こうとした瞬間、フェリクは左足を何かに掴まれた。そのまま強い力で体が地面に引き摺り込まれる。咄嗟にミリアがフェリクの左手を掴み、その体を引き上げようと力を込めた。

『ねえ……許していいの?』

 囁く声が耳元で聞こえる。フェリクを暗闇へいざなうように。

『もうあの頃には戻れないのに?』

 声が出ない。アンブラもフェリクの左手を引くが、足を引っ張る力が徐々に強くなる。

『あんなに憎んでいたのに。恨めしく思っていたのだって本当でしょう?』

 そのあざける声は、いつか夢の中で聞いたことがあるような気がする。それがいつの夢なのかはわからない。だが、フェリクを捕らえて離さないもの。

『ここにいる理由なんてない。こんなところにいるから苦しむことになるんだ』

 違う、という叫びは声にならない。それでも、何度も心の中で叫んだ。

「……くそっ!」

 アンブラが勢い付けてフェリクの腕を引く。そのまま入れ替わるように地面に足を踏み込むと、フェリクの足を掴んでいた何かが離れていった。しかし、フェリクが地上に引っ張り上げられる代わりに、アンブラの体が闇の中へ消えていく。

「アンブラ!」

「飛べ! 陛下のところに行くんだ! 頼んだぞ、ミリア姫!」

 アンブラの体が沈んで行くと、ミリアがフェリクの手を引いた。ここで立ち止まってはアンブラの捨て身を無駄にすることになる。フェリクはミリアの手を取り、左の目元に触れた。次に転移したのは、城の暗い廊下だった。

「なんだってこんなところに……」

「妨害されてるんだ。まだあの魔力がある。引き寄せられたんだ」

 ここから黒いもやは見えない。だが、肌に触れる空気にはあの魔力が混ざっている。いまだに宝玉(フェリク)を狙っているのだ。

「もう一度……!」

 再び左の目元に触れたとき、激しい痛みが左目に走った。顔をしかめるフェリクの右手をミリアが引く。

「駄目だ、走ろう! 最後に当てになるのは自分の足だけさ!」

 駆け出そうとした瞬間、耳の奥でまた小さな笑い声が響いた。

『ねえ、走る必要なんてあるかな。あの人のこと、憎く思っていたはずでしょ?』



 ――アノヒトヲユルサナイデ。



 引き摺り込まれそうになっていた意識が、左頬に加えられた衝撃で戻って来る。ミリアがフェリクの左頬をはたいたのだ。

「あんたの意思はそんなに弱くないはずだろ!」

 ミリアの澄んだ青い瞳が、自信を湛えてフェリクを見つめる。フェリクは頷き、ミリアの左手を取った。

(そうだ……僕は、自分の意思でここにいるんだ)

 再び左の目元に触れる。確かな意志を湛えて。

 フェリクとミリアの足が着いたのは牧場だった。辺りを見回すと、愛馬を連れたイゼベルが厩から顔を出す。ふたりに気付いたイゼベルは、不思議そうに目を丸くする。

「姉さん! 王様は?」

「いまは畑のほうにいるよ。まだ使者を案内されているはずだ」

「ミリアはここに残って!」

 フェリクは厩に飛び込む。待っていた、と言うようにルークスが蹄を鳴らした。フェリクがその手綱を引くと、ミリアも自分の愛馬ソアラの手綱を手にした。

「あんたをひとりになんてできないよ!」

「ミリア……」

「あたしはなんの力も持ってないけど、あんたの盾になるくらいならできる!」

「……ミリアを盾になんてしないよ」

 青い瞳を真っ直ぐに見つめ返す。ミリアは不敵に微笑んだ。

「僕は逃げないって決めたんだから」

「良い目をしてるじゃないか」

 フェリクはひとつ頷き、ルークスの鐙に足をかけた。駆け出したルークスに、ミリアを乗せたソアラが続く。急がなければ、レフレクシオも危険に晒されているかもしれない。

 牧場と畑はさほど離れていない。馬の足では数分とかからない。レフレクシオとアミキティアの使者たちの姿はすぐに見つかった。

「レフレクシオ卿!」

 フェリクの声でレフレクシオが振り向いたとき、レーニスの後ろにいた男の頭が肥大化した。それは黒いもやとなり、フェリクとミリアに襲い掛かる。愛馬たちがそれを躱し、フェリクは愛用の弓を手に取った。

「レーニスさん! みなさんを安全な場所に!」

 矢を番えるフェリクに頷き、レーニスが他の使者たちを離れるよう誘導する。充分に離れたことを確認すると、フェリクは弦を引いた。左目から腕を伝い、矢に魔力を集中する。矢尻に光が瞬いた。好機はそう多くないだろう。黒いもやを生み出す体に、ミリアの短剣が突き刺さる。フェリクを目指すもやが揺れ、勢いが弱まった。その隙を見逃さず、フェリクは矢を放つ。それは光を纏い、一直線にもやを掻き消した。鋭い矢が体を貫くと、弾けた体から激しくもやが解き放たれる。それはレフレクシオに向かって飛んだ。レフレクシオが宙にかざした手に巨大な剣が現れ、鞘から抜かれた刀身を黒い炎が包む。それは襲い掛かったもやを一刀両断し、一瞬にしてすべてを塵に変えた。

 フェリクがアミキティアの使者の無事を確認していると、ミリアがレフレクシオに駆け寄る。

「王様、アンブラが!」

 剣を宙に消したレフレクシオが、おもむろに自分の影に触れる。その手は地に吸い込まれ、再び持ち上げられた手はアンブラの首根を掴んでいた。影から引き上げられたアンブラは、地に手をついて大きく息をつく。

「死ぬかと思った……」

 肩で息を整えるアンブラの服は、ところどころ塵で汚れている。その姿を確認すると、フェリクは安堵に胸を撫で下ろした。

「無事でよかった」

「これが無事に見えるか……」

 アンブラの頬に汗が伝っている。あれからずっと戦っていたのだろう。

「あの……これは一体……」

 レーニスが歩み寄って来る。他の使者たちも顔を見合わせている。レフレクシオはそれに応えず、軽く手を挙げた。そこへ、離れた場所にいた従者が駆け寄って来る。

「城に案内しろ」

 レフレクシオに辞儀をし、従者はアミキティアの使者たちを城に促した。レーニスは窺うようにフェリクに視線を投げるが、いまはフェリクも応えることができない。レーニスは他の使者たちとともに、城のほうへ戻って行った。

「ついに本性を現したね」

 ミリアが忌々しく呟く。アンブラがまた大きく息をついて頷いた。

「まどろっこしくなったんだろうな」

「でも、これで倒せたかな……」

 辺りを見回すフェリクの肩に、レフレクシオが手を添える。

「完全に退けることはできていない。魔力は残っているはずだ」

「あとはあの兄がどう出るか、っスね」

 アンブラはまだひたいの汗を拭っている。消耗が激しいようだが、レフレクシオと魔力回路が繋がっているため魔力は供給されるだろう。

「フェリク? どうかしたかい?」

 ミリアに問いかけられ、フェリクは顔を上げた。考えに耽っていたフェリクは、薄く微笑んで首を振る。

「ううん……なんでもない」

 何か嫌な感じがする。何か違和感を覚える。だが、いまはそれを言語化することができない。まだ何も見えていない。そんな気がした。




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