【20】すべて元通り
フェリクを隔離していた空間の最後の瓦礫を放ると、ウォルズは大きく息をついた。
「やっと片付いたな」
アロイ村の力自慢であったウォルズでも息が切れるほど瓦礫は重なっていた。ようやく王座の間への道が開け、ディナが駆け込んで行く。巨大な獣の前に、フェリクが倒れていた。
「フェリク!」
駆け寄ったディナが息を呑む。それからフェリクに触れ、ああ、と声を漏らした。
「そんな……嫌……嫌よ、フェリク……!」
フェリクの胸元に顔を埋め、ディナはわっと声を上げて泣き出す。ぴくりとも動かない幼馴染みの姿に、ウォルズは言葉を失った。ミリアも唇を噛み、瞳を伏せる。厳しい戦いを耐え抜いた勇者の末路は、彼らにとって受け入れがたいものであった。
息絶えた獣から光が溢れ、それに呼応するようにフェリクを光が包む。それはふたつの粒となり、宙でひとつに統合した。フォルトゥナ姫が光に歩み寄り、軽く手を触れる。
「私と宝玉の力を使い、あなたたちに失われた時間を返します」
神妙な面持ちのフォルトゥナに、ディナが涙に濡れた顔を上げる。
「私のせいで、あなたたちを戦いに巻き込んでしまいました……。本来、辿るはずだった運命に、あなたたちは戻るべきです」
「それって……」と、ミリア。「どういうことなんだい」
「もう一度、あんたたちの運命をやり直すのよ」ミコが言う。「フォルトゥナ姫と宝玉の力で生まれる前に戻って、本来のあんたたちの運命に戻るの。その運命に大魔王は現れないわ」
ディナとウォルズ、ミリアは顔を見合わせる。エリオは冷静な表情だった。困惑する三人は気に留めず、ミコは静かに続けた。
「宝玉によってフェリクの運命が変わったことで、ラエティティアの運命が変わった。すべての運命がもとに戻って、本来、辿るべきだった運命にみんな、戻るの」
「本来の運命に戻ったら」ディナが言う。「私たちはどうなるの?」
「心配は要らないわ。あんたたちの記憶は綺麗さっぱり消えるから」
なんでもないことのように言うミコに、三人は息を呑む。最初に口を開いたのはミリアだった。
「それって、あたしたちみんな、互いのことを忘れちまうってことかい⁉」
「そうよ。本来の運命なら、フェリクとミリアが出会うはずはなかったんだもの。……そうね、ディナやウォルズにも出会うことはなかったでしょうね」
「そんな!」ディナが声を上げる。「じゃあ、フェリクが本来の運命に戻ったら、私たちは離れ離れになってしまうの?」
「本来の運命はそうなの」
言葉を失ったまま、ディナはフォルトゥナに視線を遣る。フォルトゥナは愁いを湛えた表情で俯いている。
「それが、私に課された罪滅ぼしなのです」
「罪滅ぼしって……」と、ディナ。「フェリクはあなたを恨んだことも、憎いと思ったことだって一度もないわ!」
「……ありがとう。けれど、私の未熟さゆえ、フェリクの幸せを奪ってしまった……。私は、罰せられなければならないのです」
何も言うこともできない三人に、ミコは平然としたまま言う。
「心配することはないわ。本来の運命に戻れば、互いのことなんて忘れて、何もかもなかったことになるんだから」
「そんなの酷いわ!」と、ディナ。「私、フェリクと離れ離れになるなんて嫌!」
「せっかくラエティティアのために戦ったのに、全部なかったことになるってのかよ!」ウォルズががなる。「じゃあ、なのためにフェリクは戦ったんだ!」
フェリクはラエティティアの平和を願い、苦しい戦いを耐え続けた。これがその末路であるなら、運命はあまりに残酷だ。その運命さえなかったことになるなら、フェリクの苦しみは無に還される。すべてが意味を失うのだ。
「フェリクを蘇らせるには、これしか方法がないのです」
動かなくなったフェリクを見つめ、ディナは息が詰まりそうなほど涙が溢れた。
「嫌……嫌よ……。お願い、フェリク……目を覚まして……」
フェリクから引き剥がすように、ディナの体をクリスタルが包む。それはウォルズとミリア、エリオも同じように互いから引き離した。フォルトゥナの紫色の瞳は潤み、そして伏せられる。声を上げる間もなく、クリスタルは掻き消えた。
取り残されたフォルトゥナは、温もりを失ったフェリクの頬に触れる。その冷たさが、フォルトゥナの罪の証明だった。
「ありがとう、フェリク……さようなら」
涙を流す権利はない。自分が奪ったものは、例えこの命を懸けたとしても許されるものではない。
「できることなら……違う形で、あなたと出会いたかった……」
その言葉が届く者はもうない。これですべてが元通り。残されるのは、フォルトゥナに課された罪のみである。




