【16】覚醒[2]
光が収まり地に足が着いた瞬間、フェリクは仲間たちの前に飛び出し剣を構えた。それと同時に爆発が巻き起こる。それはフェリクの魔防壁によりの周囲で炸裂した。砂煙が上がる中、人影がぼんやりと映し出される。
「へえ……面白いじゃん」
まるで余興を楽しむような声がする。砂煙が収まると、その人物の輪郭がはっきりと見えるようになった。不敵な笑みを浮かべるその顔に、ミリアが声を上げる。
「フェリクそっくりじゃないかい……!」
「そう。俺はそいつから生まれたんだ」
灰色の髪にフェリクと似た顔を持ったその影は、ゆらりと揺れながら剣を手にする。
「俺はお前の心の影の部分だ」
「……影の、部分……」
ぼんやりと呟くフェリクに、影は不敵な笑みを深める。
「戦いへの恐怖、疑問、自分の運命を恨む心……フォルトゥナ姫を憎む心」
「……!」
「図星?」
顔を近付けてにやりと笑った影に、フェリクは剣を振り上げた。しかし影は宙でくるりと回転し、それを軽く躱す。影はくつくつと喉の奥で笑い、剣を手に取る。
「本当は戦いたくなんてないのに、勇者に選ばれちまったから仕方なく戦ってるんだろ? 俺にはわかるよ……本当は、ラエティティアなんてどうだっていいんだろ?」
「…………」
「なら、全部ぶち壊しちまえよ……なあ? お前が必死になって救おうとしているラエティティアに、何の価値があるって言うんだ?」
「フェリク! そんなやつに惑わされちゃ駄目よ!」
俯いたフェリクに、ディナの声が投げられた。そうだよ、とミリアが続ける。
「ラエティティアには、あんたの大切な人がたくさんいるのだろ? それだけで、ラエティティアを守る価値はあるだろう?」
「へえ……それが戦う理由? ははっ! くだらねー」
「てめえら魔物のほうが、もっとくだらねえぜ!」
そう声を上げて、ウォルズが駆け出した。影に向けて剣を振るが、影はまるで霧のようになり、切っ先はその体を擦り抜けてしまう。驚くウォルズを、影は体を回転させ左足で蹴り飛ばした。
影がウォルズに気を取られた一瞬を突き、ディナが背後から剣を振り下ろす。それは素早く身を翻した影の手のひらに受け止められた。
「お前たちはさあ、本当にそいつが望んで勇者になったと思ってんのか?」
「なんですって……?」
「言ったろ? そいつが勇者になったのは、運命だったから仕方なくだって」
影はにやりと怪しく笑い、フェリクに向けて剣を振り下ろす。フェリクは左目に意識を集中しつつ、その切っ先を受け止めた。影は一瞬にして姿を消し、フェリクの背後に回る。
「背中ががら空きだぜ、勇者さんよお」
「それはあんたもだよ!」
そう言って、ミリアが影の背後に飛び出した。影に向けて短剣を投げつけるが、影はいとも簡単にそれを弾き返した。
「馬鹿だなあ、お前ら……本当に何も知らないんだな」
嫌な予感を覚えさせる言葉に、フェリクは手を止める。そんな彼に、影はまた不敵に笑って見せた。
「お前の運命を変えたのは、フォルトゥナ姫だ。その尻拭いを全部、お前に押し付けているんだぜ」
影の言葉に気を取られていたフェリクは、影が姿を消したことに反応が遅れてしまう。その一瞬の間に、影はフェリクの背後に現れた。
「すべての元凶はフォルトゥナ姫だ。宝玉がばらばらになったのも、レフレクシオ様が復活したのも……お前が苦しんでいるのも、全部」
フェリクは勢いのまま剣を振り上げた。影は姿を消してそれを躱し、宙を漂う。
「いいように使われてんだよ、お前。勇者ってのは、みんなそうなんだろうな」
その言葉を掻き消すように、ウォルズが雄叫びを上げて影に向け剣を振り下ろした。影はまた霧状になり、その背後に転移する。背中を蹴り上げられたウォルズは、体勢を取り直しつつフェリクの背中を叩いた。
「惑わされてんじゃねえ! 誰がなんだろうが、お前は自分の意思でここまで来たんだろ!」
「……!」
次に駆け出したのはディナだった。その太刀筋は、剣道場で鍛え上げられた鋭さを持っている。しかし、影には届かなかった。
「フェリク! あなたはラエティティアを救う唯一の勇者なのよ! そのためにここまで戦って来たんじゃない!」
ミリアの短剣を剣で弾きながら、ふん、と影は鼻で笑う。
「お前らも、なんのために戦ってんだろうなあ。悪いのは全部、フォルトゥナ姫なのにな」
「誰が悪いとか、そんなの関係ないんだよ」ミリアが言う。「あたしたちは、魔物の王のもとじゃ生きていけない。それだけさ」
「ムルタの王じゃん」
「もうただの魔物の王さ」
「ふうん」
影はつまらなさそうに肩をすくめる。仲間たちを眺めていたフェリクの頭に、ぽん、とミコが小さい足をぶつける。
「しっかりしなさい! 勇者はあんたなのよ!」
影には、フェリクの力でしか効果はない。それでも、仲間たちは懸命に剣を振るっている。その姿は、フェリクが目を逸らせるものではなかった。
再び剣を構えるフェリクに、影がにやりと笑う。
「くだらねえな。お前らの言ってることは全部、欺瞞だ」
「……そうだとしても関係ない。僕は、自分の意思でここにいるんだ」
この言葉に嘘偽りはない。例え、間違えていたとしても。




