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砂の散開星団~元魔王に拾われた闇堕ち勇者は寵愛で運命を覆す~  作者: 瀬那つくてん(加賀谷イコ)
運命の勇者

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【16】覚醒[1]

 左目が灼けるように熱い。

 荒い呼吸を肩で整えながら辺りを見回す。砂煙が満ち、仲間たちの位置すら確認することができなかった。

「フェリク!」

 呼びかける声に顔を上げると、砂煙の中から飛び出した愛用の剣が地面に突き刺さる。その勢いで晴れた砂煙の中に、剣を構える幼馴染みの姿が見えた。

「ディナ!」

 ウォルズが声を上げる。ディナの深い森と同じ色の瞳は、どこか生気を失ったように濁っていた。

「操られているんだわ!」

 フェリクのそばにミコが戻って来る。砂煙の向こうにいたミリアも、警戒態勢で短剣を手にしていた。

 そのとき、フェリクは自分に向けられた攻撃を剣で受け止めた。ディナのそばに浮かぶグレアムが不敵な笑みを浮かべる。それから、フェリクから興味を失ったようにミリアを振り向いた。

「ねえ、キミさあ……ミリア、って言ったっけ……」

「…………」

「そんなにレフレクシオ様が恋しいならさあ……僕たちの仲間になればいいじゃない。うん、良い案だ……ね、そうしなよ……」

 問いかけるグレアムに、ミリアは答えない。その言葉に乗ってはいけない。それはミリアが一番によくわかっているだろう。

「ねえ、フェリクくん……キミも、僕たちと一緒に行こうよ……。キミ、自分の運命が変わっちゃったのにさあ、どうして勇者なんてやってるの……?」

 フェリクは、ここで心を惑わされるわけにはいかなかった。ここで惑わされては戦えなくなる。それだけは許されなかった。

「キミが守ろうとしてる人は……もしかしたら、キミが恨むべき人、なのかもしれないよ……」

「…………」

「戦うの、辛いでしょ、フェリクくん……。僕たちの仲間になれば……もう辛くないよ」

「……ラエティティアを滅ぼす者に手は貸せない」

 不敵に笑うグレアムが指を鳴らす。その瞬間、駆け出したディナがフェリクに向けて剣を振りかざした。フェリクはディナを傷付けずに解放する方法を考えながら、その攻撃を受け止める。しかしそれは、剣道場で相手をしていた頃の力とは違い、じん、と腕が痺れるほどの威力だった。

「気を付けて!」ミコが言う。「操られているから、力の加減なんてしないわ!」

「そうそう……気を付けないと……フェリクくん、真っ二つだよ……」

 再びディナが剣を構えたそのとき不意に、がくん、とディナの体が揺らぐ。それは一瞬のことで、ディナは再びバランスを取り戻して剣の切っ先をフェリクに向けた。

「やれやれ……」

 いつもと違う色を湛えたグレアムの声に、フェリクは宙を見上げた。グレアムの指が、一本の短剣を挟んでいる。ミリアが投げた物だった。

「フェリクくんの味方しちゃっていいのかな……。彼、レフレクシオ様を倒すつもりだよ?」

「……いまの王様は、あたしたちの王じゃない……ただの魔物の王だ!」

「ふうん……そう……」

 そう呟くと、グレアムは短剣をミリアに投げ返した。ミリアがそれを躱した瞬間、姿を消したグレアムがミリアの背後に現れる。ミリアの短剣を、彼女の首元に突き付けた。

「キミたちにとって運命の勇者が正義であるように……僕たちにとってはレフレクシオ様が正義なんだ……。わかるよね……?」

「ミリア!」

 フェリクが駆け寄ろうとしたとき、ぱちん、とグレアムが指を鳴らした。

「フェリク! 後ろ!」

 ミコの声にハッと振り向いたフェリクは、すぐ様に剣を掲げる。ディナが大きく剣を振り下ろした。その一撃をなんとか受け止めるが、足を払われ地に倒れる。再びディナが剣をかざしたとき、不意にディナの視線がフェリクから外れた。剣を別の方向に振り下ろす。振り払われたそれは、長老が手にしていた杖だった。

 そのとき、ディナの体から力が抜け、その場に崩れ落ちた。フェリクが慌ててその体を支えると、ディナは気を失っていた。

「……あーあ……」

 つまらなさそうな声で呟いたグレアムを振り向くと、その体を一本の剣が貫いていた。剣に貫かれた部分から、さらさらと砂のように崩れていく。

「面白くないなあ、この展開……」

 グレアムの細い体を貫く剣、それはウォルズの愛剣だった。

「ディナは返してもらうぜ!」

 剣を引き抜いたウォルズは、ミリアの腕を引いてグレアムから離れる。するとグレアムは、くつくつと喉の奥で笑った。

「フェリクくん、覚えておくといいよ……。きっといつか、キミは後悔する……。ラエティティアが闇に包まれるのは……避けられない運命なんだから……!」

 そのときフェリクは、背に添えられる手に気が付いた。流れ込む温かいものに意識を集中すると、左目に血液が集まるような熱さを感じる。伏せた目を開けた瞬間、左目から魔力が溢れた。フェリクの隣に並んだ長老が手をかざす。手のひらから溢れた光に呼応するようにフェリクの左目の魔力が吸い込まれる。それが大きな光となったとき、グレアムが唸り声を上げた。ウォルズが貫いた傷からその体は徐々に崩れていき、光と風に浚われるように掻き消された。

「上手く逃げよったわ……」長老が呟く。「しかし……フェリク、お前の中に眠っていた宝玉が、ようやっと覚醒したようじゃな」

「え……?」

 フェリクが長老に訊き返したそのとき、地を揺らさんばかりの勢いでウォルズが駆け寄って来る。そのままの勢いで、フェリクを突き飛ばすようにしてディナを奪い取った。フェリクは地面にしたたか尻を打ち付けた。

「ディナ! しっかりしろ!」

 起き上がったフェリクのもとに、呆れた様子のミリアが歩み寄って来る。フェリクが目配せをすると、片眉を上げて見せた。

「馬鹿ねえ」と、ミコ。「魔法をかけられていたんだから、そう簡単に目を覚ますはずないじゃない」

「なに! フェリク、どうにかしろ! お前の宝玉で!」

「そんなあ……」

「でも、じいさん」ミリアが言う。「フェリクの宝玉が覚醒したって?」

「ふむ……」長老はひげを撫でる。「宝玉がフェリクに宿って十六年……その力は封じられたまま、眠っておったのじゃよ……。宝玉に見合った力を伴わぬ者が宝玉を解放させても……暴走するだけじゃからのう。宝玉が目覚めたということは……フェリク、お前に、勇者たる力が備わった、ということじゃ……」

 フェリクは左の目元に触れる。左目にはまだ熱さが残っており、何かが左目から体に流れ込む感覚があった。

「さて……」

 長老がディナのひたいに手をかざす。手のひらから溢れた光がディナに吸収されると、そのまぶたがぴくりと震える。ディナはゆっくりと目を開いた。

「ディナ! 大丈夫か⁉」

「……きゃあっ!」

 目を覚ましたディナは、驚いたようにウォルズを突き飛ばした。地に倒れそうになったディナの体をフェリクが支える。

「あ、フェリク!」

「ちょっ、ディナあ!!」

 ウォルズが声を上げる中、ディナは辺りを見回した。

「私……どうしたのかしら。ここは……」

「ディナは敵に捕まっていたんだ」

「捕まってたの……? あれから、ずっと?」

「そう」

「フェリクが助けてくれたのね?」

「いや、ディナを助けられたのはウォルズのおかげだよ」

 そう言ってフェリクがウォルズを見遣ると、ディナも振り返る。突き飛ばされて不貞腐れていたウォルズは、突如として降り注いだふたりの視線に、照れくさそうに頭を掻いた。

「そうだったの……」

 小さく呟いて、ディナはウォルズに歩み寄る。

「ありがとう、ウォルズ……。さっきは突き飛ばしたりして、ごめんなさい」

「な、なあに! いいってことよ! だは、だははは!」

 顔を赤らめて後頭部を掻くウォルズに、呆れた様子で笑いながらミリアが肩をすくめた。

 フェリクのもとに、長老が歩み寄った。

「お前は次の賢者のもとへ行くのじゃろう……」

「はい」

「ミコ、フェリクをよろしく頼むぞ……」

「わかってるわ、リミアス!」

「わしは、もうしばらくここにおる……。そのうち、村の者も戻って来るじゃろうて……」

「はい」

 長老は真っ直ぐにフェリクを見つめる。長い眉毛に覆われた目は見えないが、フェリクを激励しているように思えた。

「お前は強い子じゃ……きっと最後までやり遂げることじゃろう。お前に、救済の女神アナスタシアのご加護があらんことを……」

「……ありがとうございます、長老」

 長老がひげの奥でふがふがと笑うと、四人とミコを光が包む。彼らには、まだ辿り着かなければならない場所がある。この場を去らなければならなかった。



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