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【12】何が勇者だ[2]

 村に降りて行くと、ジェドが輪の外から騒ぎを眺めていた。

「どうしたの?」

 ジェドに声をかけたフェリクに気付いた村民たちは、サッと避けて輪の中に道を作った。どう対処したものか迷っていたらしい。フェリクが輪のあいだを抜けていくと、村の入り口に一頭の馬が佇んでいた。よく見れば、その背中にぐったりとした人を乗せている。馬は遠慮がちに歩み寄り、また止まってしまう。人間たちが警戒しているのがわかっているようだった。

 フェリクは馬に歩み寄り、背に乗っている人を見た。それは、アリフの馬車を襲ったムルタの盗賊の少女だった。傷を負い、意識を失っている。

「酷い怪我だわ」ミコが言った。「早く手当てをしなくちゃ」

 馬が主人を任せたと言わんばかりに身を屈めるので、フェリクは少女を抱え上げた。輪の中に目を遣ると、心配そうに見ているリナとニコルを見つける。

「リナさん、手当てをしてあげてください」

「わかった。宿に運んで」

 リナに続くフェリクを眺めて、村人たちは不安そうな、はたまた好奇心に満ちた視線を向けた。リナは宿の者に声をかけ、一室を借りる。フェリクが少女をベッドに寝かせると、どたどたと騒がしい足音が聞こえた。

「にーちゃん! 傷薬、持って来たで!」

「ありがとうございます、アリフさん」

 ずい、とアリフが差し出して来た薬瓶を受け取ると、ニコルは包帯などの入った救急箱をリナに渡す。

「あんたたちは外で待っててや」

「はい。お願いします」

 少女をリナに任せ、三人は部屋を出る。心配そうな表情のアリフが口を開いた。

「あの子、ひとりやったね。仲間はどうしたんやろな」

「……たぶん、逃げる途中で離れたんだと思います」

「せやな。宿の前で、あの子の馬が待ってるで」

 アリフに頷いて、フェリクは宿をあとにした。

 建物の前には、ムルタの黒い毛並みの馬が佇んでいる。どこか主人を案じて心配そうにしているように見えた。その周りでは、村人たちが不安そうな表情を浮かべている。

 フェリクが近寄っても、馬は逃げる様子はない。静かに手を伸ばすと、鼻を摺り寄せるように頭を下げる。フェリクは馬を撫で、ふと笑みを浮かべた。

「お前は偉いね。ちゃんと主人を運んで来たんだね」

「フェリク」

 ロウルズが村人たちに散るよう指示を出す中、ジェドが歩み寄って来た。

「お前、ルークスはどうした?」

「ラエティティアを出たあと、別れちゃったんだ。いまはどこにいるか……」

「そうか……」

 魔物の襲撃を受けたラエティティアの王宮を訪れたとき、王宮に入る前にルークスと別れている。ルークスもどこかに逃げているといいのだが、とフェリクは祈らざるを得なかった。


 フェリクは再び展望台に上がった。村に戻ったのか、エリオの姿はない。陽の暮れる村は落ち着いて、穏やかな時間が流れている。この村にいれば、外には魔物が溢れていることなど忘れてしまいそうだった。

「……ねえ。ウォルズに言われたこと、気にしてるの?」

 ミコがフェリクの顔を覗き込む。フェリクは何も言えずに曖昧に微笑んで見せた。

 ウォルズの言うことは正しい。勇者の力があれば、ディナを助け出すことができるはずだ。しかし、いまのフェリクにはその力がない。勇者だと言われても、幼馴染みを助けることができない。その無力感がフェリクをさいなませた。

 そのとき、誰かが梯子を登って来る音が聞こえる。それは片腕が使えないはずのジェドだった。

「よお、お前、高いところが好きだな。煙じゃないほうか?」

「父さん。片手で登って来たの?」

「鍛冶屋を甘く見るんじゃねえぜ」

「馬鹿力ね。嫌いじゃないわ」

 少し呆れたように言うミコに豪快に笑って、ジェドはフェリクの横に並ぶ。

「ミコ、うちのガキは勇者としてどうだ?」

「まだまだね」

「そうか! まだまだだとよ、フェリク」

「なんで嬉しそうなの?」

 フェリクの背中を叩き、ジェドはまた声を立てて笑った。鉄を打てなくて落ち込んでいるかと思っていたのに、とフェリクは苦笑いを浮かべる。どうやらこの父は、そんなことでへこたれる男ではなかったらしい。

「……父さん。どうして僕が勇者になるって知ってたの?」

 窺うように問いかけるフェリクに、ジェドはそれまでの笑みを消し、真剣な表情になる。

「お前、無駄に勘が良いから気付いていたかもしれねえが、お前は俺の子じゃねえんだ」

「…………」

「もう十六年になるんだなあ……」

 フェリクは、自分とジェドに血の繋がりがないことは、なんとなく気付いていた。ジェドが結婚した痕跡がないことがわかっていたこともあるが、なんとなくそんな気がしていたのだ。だが確信があったわけではなかったため、これまで黙っていた。

「十六年前、ラエティティアの王都が犯罪団の襲撃を受けたことがあった。その報せがやっと村に届いたとき、村の前に人が倒れていたんだ。その人が抱えていたのが、赤ん坊だったお前だ」

「……じゃあ、その人が……」

「ああ。お前の産みの母上だ」

 当然だが、フェリクの記憶に母のことは残っていない。ジェドの話が本当なら、父は別のところで命を落としていたのだろう。

「フェリクを頼む……それが最後の言葉だ。俺はひとまず、赤ん坊を預かることにした。そのときに会ったのがサザンナだ」

「……サザンナ……」

「もう会っただろ? サザンナは俺に、その子を育てろと言った。その子は未来、ラエティティアを背負う唯一の光となる、運命がそう導き、闇を討つ勇者になる……ってな」

「…………」

「信じられなかったがよ、美人に頼まれちゃ断れねえよな」

 そう言ってジェドがおどけたような笑みを浮かべて見せるので、フェリクも思わずつられて笑った。

「でも、サザンナに会っただけで、どうしてミコのことを知ってたの?」

「そりゃあ、お前が持ってるその剣を打ち直したのが俺だからだ」

 賢者サザンナに自分が勇者であることを知らされたとき、フェリクは八番目の勇者ラバンから継いだ剣を授けられた。退魔の力を宿した剣だ。

「お前を預かるって決めたとき、サザンナに頼まれちまったんだよ。ついでにな」

「つ、ついで……」

「前の勇者が戦いに勝ったとき、酷く刃毀れしたらしいからな」

「剣だもの」ミコが言う。「魔王との戦いがそれだけ激しかったってことよ」

 フェリクは、自分は生まれたときから運命が決まっていたのだ、と考えていた。光の司祭は、フェリクの運命は変わってしまったと言っていた。もともと勇者になる運命ではなかったのであれば、赤ん坊のときにすでに運命は変わってしまっていたのだ。

「だがなあ、フェリク。俺は、お前が勇者になるからとか、拾っちまったから仕方なくとか、そういう理由でお前を育てたわけじゃねえからな」

 ぶっきらぼうにそう言って、ジェドは展望台を降りて行った。しばらく呆然とその姿を見送ったあと、ミコが頭にぶつかって来るのでようやく我に返る。

「いい人ね、あんたのお父さん」

「……そうだね」

 フェリクは照れ臭さを誤魔化すように笑いつつ、また柵に寄りかかった。

「……ミコ。赤ん坊の頃から勇者になることが決まっていたということは、僕は赤ん坊のときにはもう運命が変わっていたってこと?」

「変わっていた、というより……聖地から放たれた世界樹の種は、過去を遡ってあんたに宿った。あんたは、赤ん坊のときからやり直すことになったのよ」

「やり直す……」

「勇者の魂を有していなかったあんたの時間がなかったことになったの。聖地から世界樹の種が放たれたとき、あんたの運命は変わった。それに伴って、勇者の魂があんたに宿ったのよ」

 ミコの言うことが上手く理解できず、フェリクは口を噤む。ミコはあくまで冷静な表情だ。

「じゃあ……運命が変わったのは、僕だけじゃないってこと?」

「そうよ。あんただけじゃない……。ラエティティアはすべての運命が変わってしまったわ。本来なら、魔王が復活する運命にはなかったんだもの」

「…………」

 フェリクは改めて、自分が背負うものの重さを知ったような気がした。ウォルズに向かって言ったミコの言葉が、とても重く肩にし掛かって来る。アストラとカエルムに勇者と告げられたときに、その覚悟を心に刻まなければならなかったのだ。

「……ずっと気になってたんだけど、光の司祭が言っていた、宝玉に触れてしまった人間、っていうのは誰なの?」

「……あたしの口からは言えないわ。でも、きっといずれわかる。あんたはまだ、旅を続けなくちゃならないんだもの」

「……そうだね」

「とにかく、休めるときに休んでおきなさいよね」

「うん……」

 ミコに頷いて、フェリクは展望台を降りた。

 静かなロージー村には、夜が訪れようとしている。村の各所に設置された松明には、すでに火が灯されていた。




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