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【12】何が勇者だ[1]

 馬車が踏み入れた村は、どこか寂れた雰囲気があった。乾いた風が吹き抜け、あまり緑はない。空を見上げると、雲に届きそうなほど高い山が村を見下ろしていた。

「ここがロージー村やで」御者台からアリフが言った。「いやー、護衛してもろて助かったわ~」

「ムルタの盗賊が出たときは命運尽きたと思ったわ」

 危機を越えて来たとは思えない笑みで言うリナに、フェリクは苦笑いを浮かべた。弟のニコルは冷静な表情だ。

 商品がたくさん詰まった馬車を降り、村の中へと進む。家屋の前で集まっていた村人の中から、馬車に気付いた細身の男性が歩み寄って来た。

「アリフさん、ご苦労様です」

「久し振りやなあ、ユベール! 元気そうやんかあ」

「あなたも元気そうで何よりです。よく無事に辿り着けましたね」

「あのにーちゃんが助けてくれてん」

 リナとニコルの手伝いをして荷台から商品を下ろしていたフェリクをアリフが差したとき、村の奥から賑やかな声が聞こえて来た。

「あっ、フェリクだ!」

「ほんとだ! フェリクだ!」

 嬉しそうな声を立てながら駆け寄って来るのは、アロイ村の子どもたちだった。その声に誘われるように、建物の中から数人が飛び出して来る。

「ああ、フェリク! 無事だったのか!」

 粗い足音を立てるのはロウルズだった。それに続いて、アロイ村の顔馴染みたちもフェリクのもとへ駆け寄って来る。民たちは体の至る所に包帯を巻いたりガーゼを貼ったりしているが、明るい笑みを浮かべていた。

「みんな、ここにいたんだ……」

「よかったわね。みんな、元気そうじゃない」

 安堵に胸を撫で下ろしたフェリクにミコが言ったとき、地を揺るがさんばかりの勢いで駆け寄って来る足音が響いた。

「フェリク!」

 凄まじい勢いでフェリクの肩に掴みかかったのは、鬼のような形相のウォルズだった。

「ウォルズ、元気そうで――」

「何のん気なこと言ってんだ! ディナはどうした! ディナは!」

 ウォルズがフェリクの肩を前後に大きく振るので、フェリクは頭がぐるぐると回る感覚に弱々しい声を立てる。すると、ミコがウォルズの前に飛び出すので、驚いたウォルズはフェリクの肩を放した。吐き気を催しそうな眩暈に、フェリクはその場に倒れ込む。

「な、なんだ、この妖精……」

「ディナは生きてるわ」

 冷静に言ったミコに、ウォルズは目を見開いた。

「ほ、ほんとか!」

「簡単に殺したりはしないわ。ディナは、勇者をおびき寄せるための人質なんだもの」

「……勇者?」

 ウォルズは怪訝に眉を潜め、ようやく起き上がったフェリクに視線を遣る。

「こいつが勇者だって?」

「そうよ。文句ある?」

 尻や背中についた砂を子どもたちに払われているフェリクを見て、ウォルズの怪訝の色は深まった。村にいた頃のフェリクはただの牧童だった。しばらく会わないうちに勇者と呼ばれるようになったなど、すぐに信じられることではないだろう。

 そこへ、ウォルズの背後から父ジェドが歩み寄って来た。

「父さん……!」

 駆け寄ったフェリクに笑って見せたジェドは、包帯に包まれた腕を首から吊るしていた。

「元気そうじゃねえか。だから心配しすぎだって言ったんだ、ロウルズ」

「きみだって心配していたじゃないか」

「無事に賢者と会えたみたいだな」

 フェリクのそばに飛ぶミコを見て言ったジェドに、フェリクは眉をひそめた。そんなフェリクに、ジェドは薄い笑みを浮かべて見せる。それはいつもの不敵な笑みとは違った、穏やかな表情だった。

「黙っていて悪かった、フェリク。俺は、お前が運命の勇者になることを知っていた。お前が瞳に星を持つ理由も、な……」

「…………」

「こうなるとわかっていれば、もっと早く話せたかもしれないな……。そうすれば、お前も混乱せずに済んだだろうによ」

 ジェドが申し訳なさそうに笑うので、フェリクは首を振って見せる。いまは、それが精一杯だった。

「……なんだよ、それ……」

 ウォルズが振り絞った声で言い、険しい表情でフェリクを指差す。

「じゃあ、村が襲われたのも、ディナが攫われたのも、全部こいつのせいだったのかよ!」

 フェリクは何も言えず俯いた。アロイ村を襲撃した魔物の狙いはフェリクだった。フェリクは、返す言葉を持ち合わせていなかった。

「何が勇者だ! 勇者なら、いますぐ敵を倒してディナを助けて来いよ!」

「勝手なこと言わないで!」

 ウォルズの声に負けない勢いで、ミコがフェリクの前に飛び出す。その気迫に、ウォルズは少しだけ押された。

「いまのフェリクでは、いくら勇者だからって大魔王に敵わないの! いまのまま戦いを挑んだら、ラエティティアに平和をもたらす唯一の勇者が失われる。そんなことになったら、ディナだって助からないわよ! あんたたちだって、みんな、死ぬんだから!」

 声を張り上げるミコに、ウォルズは何も言えなくなりミコを睨み付ける。ミコはさらに続けた。

「いい? フェリクが背負っているのは、たったひとりの命じゃないの。ラエティティアのすべての命なのよ!」

「もういいよ、ミコ」

 静かな声でフェリクが制すると、ミコは不満げな様子でフェリクのもとへ戻って来る。

「確かにウォルズの言う通りだよ。ディナを救うことができないなら、ラエティティアを救うなんてできない……ただの役立たずだ」

「フェリク! いまは力がないだけなの! あなたはきっと大魔王を倒すわ!」

「…………」

「……くそっ! なんだよ!」

 声を張り上げたウォルズは、近くの建物に飛び込んで行った。戻って来た彼の手には、愛用の剣が握られている。

「お前が力をつけるのを待ってたら、ディナがどうなるかわからねえ。ディナは俺が助けに行く! ルーイ! 行くぞ!」

 怒りに身を任せるウォルズとは対照的に、ルーイは顔を青くし、力なく首を横に振った。

「そ、そんなこと、できるわけないじゃないですか……む、無理ですよ……!」

「なにい! てめえっ……!」

「ウォルズ、きみはここに残れ」フェリクは言った。「魔物は、きみが思っているようなものじゃない。ディナは僕が助けるから!」

「うるせえ! 俺ひとりでもディナを助けてみせる!」

 フェリクに向けてそうがなり、ウォルズは村から走って出て行ってしまった。村の外は魔物で溢れている。勢いだけで越えられるものではない。

「ウォルズ!」

「フェリク、いまは放っておきなさい」

 穏やかな声で言って歩み寄って来たのは、デュヴァル道場長だった。彼も怪我をしているが、ジェドほどではない。

「どう足掻いても、お前に届かないことがもどかしいのです」

「…………」

「魔物の前へ出て無力さを知れば、お前に任せるしかないと思い知るでしょう」

「……でも……」

「大丈夫。雑魚には負けない程度の力はつけていますよ」

 デュヴァルが優しく微笑むので、フェリクは頷くことしかできなかった。いまのフェリクに、ウォルズを止める力はなかった。

「フェリク、アロイ村には行ったか?」ジェドが言う。「長老に会わなかったか?」

「ううん、会ってない。いないの?」

「いや……森の神殿の様子を見に行くつって、それから戻ってねえんだ」

 長老がいないことはフェリクも気付いていた。しかし、フェリクがアロイ村に戻ったときには誰の姿もなかった。

「森の神殿には入れなかったわ」ミコが言う。「結界が張ってあったのよ」

「では」と、デュヴァル。「長老が神殿にいらっしゃる可能性は高いですね」

「それなら、神殿に入ったときに探して来てあげるわ。ね」

「うん」

 この先、フェリクはアロイ村の奥に存在する森の神殿に戻る必要がある。それまで長老が無事であることを祈るばかりだ。

「でも、みんな無事でよかったよ」

「お前がいなくなったあとも、村にはしばらく魔物が居座りやがったからな」ジェドが言う。「ユベールに助けられて、みんな、こっちに来たんだ」

 ジェドが手のひらで差したのは、先ほどアリフと挨拶を交わした細身の男性だった。男性――ユベールは穏やかな笑みを浮かべる。

「助けたなんて……。たまたまアロイ村の前を通りかかったとき、馬車で村を出ようとしていたみなさんを見つけてここまでご案内しただけです」

「みんなが無事で安心しました。ありがとうございます」

 アロイ村の者が村を脱することができなければ、フェリクは大きな喪失感を懐くこととなっただろう。こうして無事に再会できたことは、フェリクの心を少し軽くさせた。

 アリフたちが運び入れた商品を求めて民が集まる中、フェリクは村を見下ろす展望台があることに気が付いた。ひと息つくのにちょうどいい。そう考え、フェリクは展望台を上がってみることにした。

 宿屋の屋根から繋がる高台に上がると、展望台に上がれる梯子がある。登っている途中で足がすくみそうになるほど高いが、フェリクは上を向いたままなんとか展望台まで登りきった。すると、そこにはすでに人影があった。

「お前は本当に、どこにでも現れる」

 そんな声に顔を上げると、展望台から村を眺めるのは王宮騎士のエリオだった。

「エリオ……!」

「無事のようだな。ようやく勇者らしくなったようだ」

 エリオは以前と変わらず仏頂面だが、その瞳には穏やかさが湛えられている。

「僕が勇者だって知っていたの?」

「気付いておられたのはフォルトゥナ姫様だ。僕はお前が勇者だとはどうしても思えなかったがな」

 ラエティティアの王宮で会ったときと変わらない様子のエリオに、フェリクはまた安堵していた。ここまで、気の休まらない戦いを続けて来た。こうして見知った顔が無事であるということは、フェリクの心に休息をもたらすようだった。

「エリオ、フォルトゥナ姫はどうなったの?」

「おそらく僕とお前を逃がしたあと、レフレクシオに囚われただろう。いまはどうなさっているか……僕にもわからない。だが、きっとご無事だ」

「……僕もそう思うよ」

 笑みを浮かべたフェリクにエリオが片眉を上げたとき、眼下のロージー村が何やら騒がしくなるのが聞こえた。村人が一ヶ所に集まっている。

「何かあったようだな」

「見て来るよ」

 梯子を降りて行くときは、下を向かないとならないため足が竦みそうになる。フェリクは度々止まりそうになりながら降り、集まる民のもとに駆け寄った。



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