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【10】砂の散開星団

 瓦礫で閉ざされた空間に、自分の荒い息が響く。腕にはもう力が入らない。剣はすでに、ただ重いだけのなまくらと化していた。

 目の前に伏す獣は息も絶え絶えに、その視線はフェリクを捉えていない。捉えることができない。もうすでに、力を失っているのだ。

「取り残されたな、勇者よ……」

 獣が低い声で言う。その言葉は自嘲が込められているようだった。

「貴様に残された使命は、ただひとつ……。この意味、貴様ならわかろう」

「……できない」

 フェリクは浅い呼吸を繰り返しながら、声を振り絞る。空間に残された微弱な魔力が、肩にし掛かってくるようだった。

「僕にはできない……。だって、あなたは悪の魔王なんかじゃない」

 上手く空気を吸い込めない肺に押し出されるように、涙が次から次へと溢れ出る。それが余計に胸を苦しくさせた。

「どうだろうな。これだけ暴れたのだ……悪であることに間違いはない」

「……違う……」

 フェリクは左の目元に触れる。頬を伝う雫が指先を濡らした。

「こんなものがなければ、僕も……あなたも……」

 幾度となくそう呟いた。星屑がこの瞳に宿ることで、フェリクの運命は変わってしまった。フェリクだけではない。この宝玉は、多くの人々の運命を狂わせたのだ。

「こんなもの……贈り物でもなんでもない。ただの呪いだ」

 そう口にすることは許されなかった。ずっと心を縛り付けていた言葉。それを口にすれば、何もかも許せなくなる。何もかも、許されなくなる。

「……では、勇者よ」

 滲む視界の中、獣が身動ぎする。重々しく手を持ち上げ、鋭い爪の先でフェリクの胸元に触れた。

「私から最期の祝福をくれてやろう」

 その言葉と同時に、フェリクは心臓が一度だけ激しく脈打つのを感じた。獣は満足げに手を下ろし、また顔を伏せる。

「我々は対の魂を持つ者同士……命の契りを交わすことは簡単だ」

 自分に何が起きたかは、フェリクにはすぐにわかった。それが何を意味するのかも。

「私を殺せ。そして……貴様のその呪われた魂を、己が解放するのだ」

 フェリクは震える手に力を込め、手放しかけていた剣の柄を強く握り締める。獣は目を伏せ、その時を待っている。大きく振り上げたその切っ先は、フェリクの最後の一撃となった。獣の頭を貫く衝撃で剣は真ん中で折れる。しかし、もうその役割も終わりを迎えていた。

 地に手を付き、荒い呼吸を繰り返す。獣を見遣ると、すでに息の根を止めていた。

 震える足に力を入れて立ち上がった瞬間、心臓に重い痛みが走る。体はついに支えを失い、背中から倒れ込んだ。胸が苦しい。息が真面(まとも)に吸えない。だが、もうこれでいいのだ。

 これで、やっと終われる。この呪われた星から解放される。すべての苦しみを手放し、すべての憂いを捨て、この世界に散る砂のひと粒となる。この魂は、散開星団に消えるだろう。

(ああ……死ぬのって、案外……怖くないんだ……)

 ゆっくりと目を閉じる。すべてを拒み、今度こそ、この命を取り戻す。これでもう泣かずに済む。ただそれだけのために。もう、何かを成す必要はないのだ。






 ……――






 闘いは神のためのものであり、人間のためのものであった。

 天使にも神族にもなれず、人の子に戻ることもできず、それでも、闘うしかなかった。

 私には人の子を救う力がある。私の力は、誰かを救える。

 そう信じていた。だから闘い続けた。

 だというのに、神はなんて残酷なのだろう。

「……シレオ……どうして……」

 横たわる友人の姿が、まるで自分のようで。

 ――ああ……彼もきっと、こんな気持ちで……。

 胸が締め付けられ心臓が止まりそうなこの悲しみを、二度と、味わわせたくない。

 その願いが神に届くのなら、それ以上に良いことはないだろう。




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