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【7】選択

 どれくらいの時間が経ったかわからない。フェリクは意識を取り戻すと、暗くて空気の冷えきった場所に横たわっていた。黒い壁に四方を囲まれ、息が詰まるような閉塞感がある。

「目が覚めたか、運命の勇者よ」

 空間に響く声に振り向くと、ローブを纏うふたりの男性が立っていた。短い黒髪と青い瞳の男性と、長い銀髪と緑色の男性だ。威圧感を伴う神々しさが感じられた。フェリクには見覚えがない。

「あなたたちは……」

 フェリクはわけもわからないまま、恐る恐る問いかける。先に口を開いたのは短い黒髪の男性だ。

「私はアストラ」

 次いで銀髪の男性が口を開く。

「私はカエルム」

 凛とした声で言うふたりに、フェリクは深く息を呑んだ。

「そんなまさか……アストラとカエルムって、人間の原初のふたりだ!」

 村の修道女に聞いたことがある。人間の原初であるアストラとカエルムは、現在の人間の原初となった最高神アーテルの遣いだ。そんなふたりがフェリクの目の前にいるのは明らかにおかしい状況だった。

「私たちは、最高神アーテルの遺志によって遣わされた」

 アストラが言う。あまりに現実味のない話に、フェリクの頭は混乱する。

「九人目の勇者。お前を覚醒させるために」

 カエルムの言葉に、フェリクは眉をしかめた。

「勇者……僕が……?」

「星屑の瞳」アストラが言う。「それが勇者の証だ」

「お前には宝玉」と、カエルム。「世界樹の種が宿っている」

「そんなまさか! 何かの間違いです。僕はただの牧童で……」

「そう、ただの牧童だった」

 アストラは感情のこもらない声で言う。混乱するフェリクを置き去りに、冷静な表情のまま続けた。

「だが、運命がお前を目覚めさせた」

「運命、って……」

「宝玉は、最高神アーテルから最初の勇者アナスタシアへの贈り物だった」

 カエルムの言葉に、村の長老が言っていたことを思い出す。勇者アナスタシアのことは、長老から何度も聞いている。

「七人目の勇者ラバンが世界を救うため」アストラが言う。「世界樹へ返還された」

「それが、どうして僕に……」

「世界中の種は触れた者の望みを叶える」と、カエルム。「だが、相応しくない者が触れれば種のマナは失われる」

「それは最高神アーテルの遺志により導かれた者に宿り」アストラが続ける。「再びマナを取り込み復活するまで、選ばれた人間の中で眠る」

 フェリクはいよいよ話についていけなくなる。アストラとカエルムは、そんなフェリクを気に留めなかった。混乱したままフェリクは問いかける。

「相応しくない者が触れたから、僕に……?」

「世界樹の平穏が保たれているいま、覚醒することはないはずだった」

 フェリクの問いの答えになっていないカエルムの言葉に、フェリクは自分の無力さを痛感する。そんなフェリクにはお構いなしに、アストラがさらに続けた。

「お前が勇者として覚醒することもないはずだった」

「それは……どういう……」

 フェリクは徐々に声が詰まる。あまりに突拍子のない話に頭が回らない。

「お前の種と対になる種を有する者がレフレクシオだ」

 アストラの口から告げられた思いもよらない人物の名前に、フェリクは眉間にしわを寄せた。そんなフェリクの表情も、アストラとカエルムは意に介さない。

「レフレクシオの暴走が種を覚醒させた」

 静かに言うカエルムに、アストラが続ける。

「そのため、お前が勇者として覚醒した」

「そんな……。レフレクシオ卿は何者なんですか?」

 フェリクはどうしたらいいかがわからないままだが、アストラとカエルムの言葉は止まらない。またアストラが口を開いた。

「かつて、世界の均衡を揺るがす魔王が存在した」

「魔王は復活するたび」と、カエルム。「勇者によって封印された」

「だが、封印が弱まったことにより」アストラが続ける。「かつての魔王として覚醒した」

 フェリクにとって、あまりに現実味の薄い話だった。だが、レフレクシオは魔物を伴ってアロイ村と王宮を襲撃した。それが魔王であるためであると考えると当然のことのように思えるが、それでもフェリクには信じがたい話であった。

「お前が勇者として覚醒したのは」アストラが言う。「魔王の魂の対になる勇者の魂を有しているためだ」

「レフレクシオはこの世界の均衡を破る存在」と、カエルム。「再び封印せねばならない」

「それができるのは、世界樹の種を有する勇者であるお前だけだ」

「……なんだよ、それ……」

 フェリクは声を振り絞るように言う。一方的に押し付けられる話に、反感を懐かざるを得なかった。

「世界樹の種に触れた相応しくない者は誰なんですか?」

「それは」と、アストラ。「いまは知らないほうがいい」

「お前は戦わなければならない」

「そんなの勝手すぎる! 僕が望んで種を持っていたわけではないのに……!」

 世界樹の種などというものをフェリクは知らない。そもそも世界樹がこの世界に本当に存在するのか、それを疑問視する者がいることは知っていた。世界樹を有する世界王国は、人間の到達できる場所ではないとされている。

「運命がそうさせたのだ」アストラが言う。。「世界を崩壊から救うために」

「僕には関係ないことだったはずです!」

「お前は救わなければならない」と、カエルム。「ディナを……そしてフォルトゥナ姫を」

 フェリクはハッとする。グレアムに攫われたディナ、魔法を使ってフェリクたちを逃したフォルトゥナ姫。ふたりの所在も安否も不明なままだ。

「フォルトゥナ姫は、いまは……」

「レフレクシオに囚われている」アストラが言う。「いまは無事だ」

「ディナは……」

「レフレクシオに囚われている」と、カエルム。「いまは無事だ」

 フェリクはひとまず安堵の息をつく。だが、いつまでも無事とは限らない。

「なぜ僕が戦わなければならないんですか?」

 どうしても納得がいかずに問いかけるフェリクに、カエルムは冷静なまま言う。

「世界樹の種を有する者の定めだ」

「お前が戦わなければ」と、アストラ。「世界は悪に支配される」

「お前の愛する者たちも脅かされることになる」

「選択しろ。戦うか、世界を見捨てるか」

 フェリクは言葉を失う。フェリクの答えは、すでに決められていた。

(こんなの……選択の余地なんて、ないじゃないか……)

 諦めるしかない。フェリクにとって、それだけが確かだった。



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