茉莉…
ふぅ 何とか9時にお店に着いた
「店長、おはようございます」
店員の22歳のユリちゃんが掃除を済ませていた
「おはよ~ユリちゃん、ご苦労様」
「あの、さっきここでバイトしたいって方がみえているんですけど…」
「え、うちはバイトは募集してないけどなぁ…どんな人?」
「それが…その…」
「かたい事言わないで雇ってほしいんですけどぉ…お姉さま」
ちょ…!!
聞き覚えのある声にびっくりして振り向くと…三年前にフランスに嫁いだ茉莉が立っているではないか
「茉莉ちゃん…どしたの? 」
「久しぶりだね おねーちゃん、やつれちゃって…」
茉莉は私の手を握るとため息をついた
「こんなに冷たい手をして冷えて…ハーブの魔女失格よ…」
「カモミールミルク淹れてあげる」
「やった♪ 茉莉ちゃんのカモミールミルク大好きぃ♪会えて嬉しいよ! いつまでいられるの?」
茉莉は私を見つめると静かに応えた
「ずっと 離婚したの」
「ええっ! 離婚って…いつ? ぜんぜん知らなかった…」
「あんがいなくなってすぐ…」
お兄ちゃんが…ってことは昨年の二月…
茉莉は私以上にブラコンで兄の安寿と仲が良かった
私から見てもまるで恋人同士のようにいいムードで…
茉莉とお兄ちゃんが寄り添って何かを話しているのを見る度に もしも二人が他人だったら絶対お似合いだなって妄想していたもの
「私 もう結婚しない フランス人なんて合わない…」
そうなのだ
芸術家に弟子入りするのを憧れていた茉莉は友達の個展で知り合ったフランス人の彫刻家のボナールさんと恋に落ちて突然、パリに住みたいと
言いだし式も挙げないままフランスに行ってしまった
「そうだ、茉莉に話したいことがあるのよ あのね…」
ピンクのイルカのお兄ちゃんのことを話そうとした途端に
茉莉は突然に眉をピクリ…とさせると私のバッグを掴んでおもむろに中身を開ける
な…なんで…わかったの???
「来たんだ…遅いじゃない…」
お兄ちゃんを軽く睨むと茉莉は黙り込んでしまった
「ね、ねぇ あなた、この子を知っているの??」
「知らない、今、会ったんだから…派手なピンク!」
憎々しげに呟くと茉莉は店内にある椅子に座ってドライハーブでリースを作り出す
なに…この気まずい雰囲気は…まるでお兄ちゃんに恨みがあるような険悪さ…
茉莉はとても空気を読む人一倍気を遣う性格なのにどうしたんだろう
茉莉に睨まれバッグの中で無口になっているお兄ちゃんに私はそっと話しかけた
「ねえ、茉莉と知り合いだったの?」
「知り合い…ね…そんなモノじゃない…もっと深いよ」
え~!!! なに なに なに~
ふ、深いって…イルカのぬいちゃんと茉莉がどうやって深い関係になれるっていうの??
「あ!!」
「いきなり大声出して 驚くじゃない」
呆れている茉莉に思わず聞いてしまった
「わかった! あなた、ひょっとして以前 茉莉がマスターだったんでしょう
でも茉莉のお部屋で見たことないからフランスにいた時にお迎えされたとか?」
「そうだね…それでいいんじゃない…」
あれれ…茉莉が不機嫌な時の口癖だ…
「鳩子、もうすぐお客様がみえるよ」
お兄ちゃんに言われて我に返ると息子さんがひどいアトピーで悩んでいらしたお客様がみえていた
「藤沢様、いらっしゃいませ」
「鳩子さん、おかげさまであれから息子のアトピーがだいぶ良くなったのよ 痒さが治まって眠れるようになったの」
「よかったです! 」
以前、医学に詳しいお兄ちゃんが処方した精油とハーブティーが効いたらしく藤沢様は涙を流して喜んでくれている
流石はお兄ちゃん…かきむしって眠れなかった息子さんが良くなったんだよ
天国で聞いているかな
「すみません、鬱気味でしんどいんですけれど精神安定に効く香りってありますか?」
「このリースください」
常連さんをはじめ、初めてのお客様も来店されていい感じにお店は賑わった
妹が接客と店番をしてくれたのでランチを食べて無事に一日が過ぎる
閉店の看板をかけ、片づけていると茉莉が免許とったから車で帰ろうという
「助かるぅ 茉莉の運転なら安心だもんね」
「お兄ちゃん、おうちに帰ろうね」
彼に話しかけていると「ふぅん…あなたは ご飯は食べられるの?」と尋ねる茉莉に
「そ、そんな意地悪言わないでも…ぬいちゃんが食べられるわけ…」
「食べるよ エネジーを吸えるから味もわかる」
ええぇぇぇぇぇぇぇ!!!!
「ふぅん…ヴァンパイアみたいね おねーちゃん好きでしょ」
「すごい、ポーの一族みたいね」
なんか棘がある物言いを茉莉がするのでなんとか場を和らげようとするのだが…
「よせ…鳩子が困ってるだろう」
「ごめん…おねーちゃんを怒ってるんじゃないからね」
「ちょ、ちょっと…イルカのお兄ちゃんを苛めないであげて」
せっかく不思議な縁でお迎えしたのに…
大好きな茉莉と険悪になるなんて…悲しくなる…
無言になった私を見て茉莉は切り替えたのか態度を改める
「ごめんごめん、この子、パリにいた時に友達からいただいて可愛がっていたのよ
なのに私に何も言わずに突然いなくなったからムカついて…でも…許すよ」
そうだったの…
「すまなかったな…いたたまれなくてな…」
茉莉はお兄ちゃんをヒョイっと抱っこすると頭を綺麗な指でそっと撫でる
「おかえり…」
茉莉の瞳から涙が零れている…
相手はピンクのイルカなのに…なんとも…微妙なムードだ
彼の大人びたキャラも相まってか…ぬいちゃんぽくなくてセクシーな男の人みたい
そう…まるで…お兄ちゃんみたいだ…
茉莉とお兄ちゃんは仲が良かったけれど喧嘩をするととことん罵り合ってお兄ちゃんが怒鳴り茉莉が泣きじゃくって最後は抱き合って仲直りといった
非常に激しい二人だった
そんな二人がとても好きだったな
なんでこんなこと…思い出すんだろう
でも謎が少し解けたよ
お兄ちゃんはパリで茉莉と一緒に居たんだね…
あれ…でも…私を守るために来たって言ってたよね…
うう~ん…
頭を抱えだす私にお兄ちゃんは笑いながら話しかけてきた
「あんまり悩むと禿げるぞ」
……!!!
その言葉……
私がくだらないことで落ち込むとよく言われてた…
大好きなお兄ちゃんに…
be continued