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未来商会奇譚

サジタリウス未来商会と「誰も知らない取引」

井上という男がいた。

40代半ば、町工場を経営しているが、事業は不安定で、借金が膨らむ一方だった。


「もう、どうしようもないな……」


取引先との交渉がうまくいかず、従業員の給料すら満足に払えない日が続いていた。

経営を諦めて廃業しようかと考えたが、工場を立ち上げた父親の意志を継いだ手前、それも簡単には決断できない。


そんな彼が、ある夜、奇妙な屋台を見つけた。


その屋台は、路地裏の暗がりにぽつんと佇んでいた。

古びた看板には、手書きでこう書かれている。


「サジタリウス未来商会」


井上はふらふらと足を向けた。


屋台には、白髪交じりの髪と長い顎ひげをたくわえた初老の男が座っていた。

その目は鋭く、彼の内面を見透かしているようだったが、同時にどこか親しみやすい微笑みを浮かべていた。


「いらっしゃいませ、井上さん。今日はどんな未来をお求めですか?」


「俺を知っているのか?」


「もちろんです。あなたが抱えている問題もすべてね。それを解決するための商品をご提案しましょう」


男――ドクトル・サジタリウスは懐から小さなカードを取り出した。


そのカードは黒い光沢を放ち、中央には「取引履歴」と刻まれている。


「これは何だ?」


「あなたの『運命の帳簿』です」


「運命の帳簿?」


「ええ。これには、あなたがこれまでに行った全ての選択、決断、そしてその結果が記録されています。それを元に、あなたの未来を改善するための取引を提案するのです」


井上は眉をひそめた。


「俺はそんなものを持っていた覚えはないぞ」


「誰もが持っているものですよ。ただ、見ることができるのは私だけです」


サジタリウスは微笑みながら、カードを操作し始めた。すると、井上の過去が次々と映し出された。


カードには、井上が幼い頃に工場で遊んだ思い出や、父親に叱られた記憶が浮かび上がっている。

さらに、会社を立ち上げたときの情熱や、失敗した取引の数々も克明に描かれていた。


「あなたは多くの失敗を経験しましたが、それ以上に努力してきました。この帳簿を元に、新しい未来を提案しましょう」


「新しい未来?」


「はい。あなたの選択を一つ、取り消すことができます。それにより、今の状況を好転させるのです」


「選択を……取り消す?」


井上は驚きながらも、興味を抱いた。


サジタリウスはさらに説明を続けた。


「たとえば、あの時に契約しなかった取引をやり直すこともできますし、従業員を雇うタイミングを遅らせることも可能です。どんな選択でも、一つだけ取り消して、別の道を選ぶことができるのです」


「そんなことが……本当にできるのか?」


「もちろん。ただし、選択を取り消した結果、すべてが良い方向に進むとは限りません。それが運命の帳簿の難しいところです」


井上はしばらく考え込んだ。


「やるだけやってみよう。どうせ、このままでは終わるしかないんだ」


サジタリウスは満足そうに頷いた。


「では、取り消したい選択を一つ、教えてください」


井上は悩んだ末、こう言った。


「3年前、あの無理な融資を受けなければ、もっと違う道があったと思うんだ」


サジタリウスはカードに触れ、3年前の選択を消去した。


その瞬間、周囲の風景がふっと揺らぎ、井上は目を覚ました。


目を開けると、彼は自宅のベッドにいた。


時計を見ると、朝の6時。だが、何かが違う。机の上には工場の経営資料がなく、代わりに小さな雑貨店の帳簿が置かれていた。


「どういうことだ?」


井上が外に出ると、工場は跡形もなく、そこには小さな店舗が建っていた。


「俺が雑貨店を経営している?」


彼は混乱しながらも、すぐに気づいた。


「3年前の融資を受けなかった結果、工場を諦めて別の事業に転向したんだ……」


雑貨店は順調だったが、工場を失ったという喪失感が心に重くのしかかった。


「これで良かったのか?」


井上は再びサジタリウスの屋台を訪れた。


「ドクトル・サジタリウス、どういうことだ?確かに工場の苦境は消えたが、俺は雑貨店の経営なんて望んでいない!」


サジタリウスは静かに答えた。


「あなたが選択を取り消すことで、別の未来が生まれました。それだけのことです」


「これじゃ、何も解決していない!」


「選択を変えるということは、新しい未来に責任を持つということです。それが嫌なら、また違う選択を変えてみますか?」


井上は考えたが、首を振った。


「いや……もういい。どんな未来でも、俺が向き合うしかないんだな」


サジタリウスは微笑み、カードをしまった。


「選択を変えることはできます。しかし、自分自身を変えなければ、結果は同じかもしれません」


井上はその言葉を胸に、自分の足で歩き出した。


「どんな未来も、選択した責任を持つことが本当の意味での自由なのだ」


その夜、彼は新しい決意を胸に抱いた。


【完】

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