24/7/15
『その眼帯幽霊は三日月』
「おーい、こっちだ」
「しーっ! 声が大きい!」
「お前の声の方が大きいじゃん」
そう言って僕たちは午前二時に深夜の踏切の前で落ち合った。
「おい、持ってきたか?」
「ああ、勿論」そう言うとノリスケは、しょっていた大きなリュックをドンッと地面に置いて、ズバーっと勢いよくチャックを開いた。中にはお菓子とジュースとコンパスと、あと天体望遠鏡、これが重要。
「あとノートも持ってきたか?」
「あ」ノリスケは固まった。
「なぁにやってんだよ」
「待って、すぐに取りに帰る」
「分かった。ここで待ってるから」
「一人で先に行くなよ!」
「だから声が大きい‼」
そう言う自分の方が大きいじゃん、とノリスケは無邪気に笑いながら駆けて行った。
僕は空を見上げた。ここは姫野町、日本の北の方にある田舎で、深夜の町はポツリポツリと点在する街灯があるくらいで外はほぼ真っ暗、だから星がとても良く見える。
僕とノリスケは、良く晴れた三日月の夜にいつもこの踏切の前に集まる。ここの踏切は、この町にある長い長い坂の途中にあって、その長い坂にはこの踏切の前にしか街灯が無い。僕はこの坂の一番下に家があって、ノリスケはこの坂の一番上に家がある。この踏切で集合するとき、途中の道に明かりが無いため、お互いに向こうの懐中電灯の明かりが踏切に近づいてくるのが分かる。踏切までの間、懐中電灯を消したり付けたりして特に意味のない二人だけの信号を送り合ったりして遊んだりする。
僕はさっき仕舞った懐中電灯をリュックから取り出した。ノリスケが戻ってくるまで暇なので、電灯に集まってきている虫を懐中電灯で照らして遊んでみる。照らされた虫は懐中電灯の光に集まってきて、少しうざったくなってきたので僕はすぐにその遊びをやめた。次に僕は宇宙交信ごっこを始めた。その名の通り、懐中電灯を空に向けて光を発し、宇宙との交信を試みるのだ。宇宙との交信ができたかだって? うーん、まあまあかな。それもしばらくすると宇宙からの交信が帰ってこなくなったので(実は言うと飽きただけ!)、次は坂の上を照らしてノリスケを確認してみる。だけど、ノリスケはまだ戻ってくる気配はない。あいつすぐ戻ってくるって言ったのに。
今日、実は僕は学校でいじめられたんだ。今日だけじゃない。昨日も、その前の日も、そのまた前の日も。いじめられないのは学校の無い休日と、この夜の時間だけ。だけど僕は寂しくなかった。学校でいじめてくるやつなんて大したことない。そう、みんなは知らない。たのしくて、恐ろしくて、そしてとてもとても長い││。
第1章 『この夜の街を』
僕が初めて夜の街に出たのは小学一年生の時であった。蒸し暑い夏の夜だった。その夜は珍しく僕の両親が口喧嘩をしていた。まるで、僕なんかこの家に最初からいなかったみたいに、僕の方には目もくれず、僕のいる前でお互いに怒鳴り合っていた。何がきっかけか忘れてしまうくらい些細な理由だったと思う。いつもは優しい両親がその日は幽霊みたいに見えた。二人が口論している間、僕は怖くってリビングから動けなくて、そうしたら段々、二人の声が遠ざかっていって、二人の姿が透けて見えなくなっていって。僕は何が起きているのか分からなった。二人だけが、この世から薄くなって消えていった。僕は自分の呼吸が荒くなっていくのがわかった。今に思うと幽霊になっていったのは僕の方かもしれない。だって、僕はこんなにはぁはぁ言いながら呼吸をしているのに、二人はずっと僕に気づかずに何かを言い合っているんだもん。僕はふと、「あれ? じぶんの名前って何だっけ?」 そう思った。頭の中がぐるんぐるんと回って、だんだん視界が真っ白になっっていった。
僕が目を醒ましたのは、〝おそらく〟その二日後であった。