隣に住むおばさんは魔王だった 〜勇者のジョブを授かった少年、大好きなおばさんとは戦えないと咽び泣く〜
知りたくなかったよ。
でも……ぼくは今日、聞いちゃったんだ。
ぼくは、ユート。
小さな町でお父さんと二人で暮らしてる。この前5才になったばかりだよ。
ぼくにそれを教えたのは、隣の家に住むウェル。ぼくより1つ年上で、イタズラ好きだ。怖い冒険者のお兄さんにカンチョーしたりする。
ユートもやれって言われるけど、ぼくは怖くていつも泣いちゃう。
今日もいつものようにウェルと探検ごっこをするつもりだったのに、こっちに来いって家の裏へ連れてかれた。
「おれ、すごいこと知っちゃったんだ。知りたいか?」
「え、なになに? 教えて教えて!」
もう、そんなふうに言われたら知りたくなっちゃうよ。
「へへ、そこまで言うなら教えてやるよ。でもいいか、ユート。今から言うことは秘密だからな? 絶対言うなよ?」
「う、うん。わかったよ」
いつもと違ってまじめな様子の幼なじみ。
ここまで言うなら、きっとすごい秘密だ!
「よし、言うぞ。実はな……」
早く言ってよ。何だか胸がドキドキしてきちゃった。
「――うちの母ちゃん、魔王なんだ」
「へ?」
今、なんて言ったの?
ウェルのお母さん、隣に住むおばさんが……魔王?
お母さんがいないぼくを可愛がってくれる、あの大好きなおばさんが?
「う、うそだよ! そんなの!」
ぼくは信じられなくて、信じたくなくて、ウェルに食ってかかる。
でも、ウェルは父ちゃん、隣のおじさんから聞いたから本当だって言うんだ。
しかも。
「母ちゃんは喧嘩すると父ちゃんのことオークって言うんだ。だから本当は父ちゃんも手下なんだと思う。いっつも母ちゃんに怒られてるしな」
そういえば隣のおじさんはすごい太ってて豚さんにそっくりだ。
えっ。じゃあもしかして、本当におばさんが魔王なの?
そんな……。
「いいかユート、秘密だからな? 誰にも言っちゃダメだぞ?」
(悪口言ってるのバレたら母ちゃんに殺されるからな)
「うん、わかった。絶対言わない!」
(魔王ってバレたら兵隊さんたちが来ておばさんがいじめられちゃうもんね)
ぼくは絶対にこの秘密を守る。
おばさんは、ぼくが守るんだ!
「……ひっく、ひっく。うわ〜ん、嫌だよう。どうしよぉ」
数日後、ぼくは毛布をかぶって泣いていた。
今日は天授の儀、っていうのがあったんだ。
ぼくと同じ5才の子どもたちが教会に集められた。
順番に神父様の前、魔法陣に立ってお祈りすると神様からジョブっていうのがもらえるんだって。
いちばん前に並んでた子が祈ると魔法陣がピカッて光って、その子の前に何かが浮かび上がる。
神父様はそれを見て、授かったジョブを教えてくれてる。
順番に子どもたちが祈っては、喜んだり、ガックリしたり。中には泣いちゃう子もいる。
何だかこわいなぁ。
ぼくの番が来て、さっそくお祈りする。
神様、ジョブよりもおばさんを助けてあげてください。とお願いしてみる。
すると、魔法陣がいろんな色に光りだす。すごいまぶしくて目が開けられなくなる。
光がなくなって目を少しだけ開けてみると、何かのマークがぼくの前に浮かんでた。
そのマークを見た神父様は……何だかすごいびっくりしてる。
「こ、これは!? 勇者のジョブ! ユートくんは勇者のジョブを授かりました!!」
神父様はすごく大きな声でぼくのジョブを教えてくれた。
「勇者は世界のどこかにいる魔王に対抗するために神が授けてくださった、最強のジョブなのです。ユートくんは将来、魔王を倒さなければいけません」
勇者は魔王を倒さなければいけない……。
え!?
それって、ぼくがおばさんを倒すってこと?
やだよ!!
どうやって帰ってきたのかおぼえてない。
家に着いたら涙が出てきて、毛布をかぶっていっぱい泣いた。
ぼく、どうしたらいいんだろう。
〜〜 おばさん視点 〜〜
最近、隣のユートに元気が無い。
なんでかしら?
いつも会えば挨拶と同時に満面の笑顔で抱きついてくれる子が、挨拶はしてもすぐに目をそらして俯いちゃう。
でも何か言いたそうにモジモジしているのよね。
もしかして抱きつくのを恥ずかしく思うようになったのかしらと、最初は寂しさを覚えてたんだけど。
それにしては、ずっとチラチラ私のことを見てくるし、どうも様子がおかしい。
そういえば、おかしくなったのは勇者のジョブを授かってからだわ。
勇者になって悩んでるのかしら。
〜〜
ある日、家の前で会ったおばさんに、こっちに来なさいって言われた。何だろう。
「最近どうしたの、ユート。悩み事があるならおばさんに言ってごらん?」
ぼくが近づいたら、おばさんはしゃがみこんで優しく話しかけてきた。ぼくの顔を両手で挟んでムニムニしてくる。
なやみ、言えないよぉ。
「で、でも……」
「いい? おばさんはユートの味方よ。どんな悩みだっておばさんが解決してあげるわ」
そう言われてハッとする。
ぼくが何かに困って泣いてると、いつもおばさんが助けてくれるっけ。
「……ほんと?」
「本当よ。だから話してごらんなさい」
おばさんに言ってみようかな。このままじゃおばさんと戦わなきゃいけないもん。
よし。勇気を出してみよう。
「あ、あのね。ぼく勇者になったでしょ? でも戦うのがいやでね」
「やっぱり、そうなのね。ユートは優しい子だからしょうがないか。強くなれる才能があっても、急に戦えって言われたら怖いよね」
「ううん。怖いのもあるけど、そうじゃなくて……魔王とは戦いたくないの」
言っちゃった。おばさんは勇者になった僕をどう思ってるんだろう。
「魔王と? なんで?」
「だってぼく……おばさんが大好きだから」
言っちゃった。だって、おばさんいつも優しいし。
内緒だけど、お、お母さんみたいだなって思ってるんだもん。
「あら、嬉しいわ〜。……あら? でも待って。魔王と戦いたくないのと、おばさん関係あるのかしら?」
「ぼ、僕……僕、知ってるんだ! おばさんの正体が魔王だって!」
「……………………」
おばさんは何も言わない。僕が正体を知ってたから驚いたのかな?
あれ? なんか寒気が……。
「ユート」
「は、はい!」
わ、おばさんに名前を呼ばれただけで、何でか背すじが伸びたよ。
「おばさんが魔王だって、誰から聞いたの?」
「え? えっと……(どうしよ、ウェルと秘密って約束したんだった)それは言えなーー」
「言・い・な・さ・い!」
「ウェ、ウェルが言ってたよ! あ、でもウェルはおじさんに聞いたって」
な、なんでかな? 口が勝手におしゃべりしちゃう。
「そう、わかったわ」
そう言うとおばさんは立ち上がってスタスタと隣の家に歩いて行っちゃった。
ドアを開け中に入っていくおばさんを、ぼくはただ見ていることしかできなかった。
そして、ドアが閉じると聞こえてきたのは。
「あんたーーっ!!! ウェルーーっ!!」
ひえっ。
「なんだよ母ちゃ、ぎゃあっ!?」
ウェルがやられた。大丈夫かな。
「ははは、どうしたウェル。また悪戯したのか? いてっ、痛いっ! なんで!? やめ、母ちゃん、堪忍して!!」
おじさんもやられた。怖くて中が見れないよ。
怒ったおばさんはすごい怖かった。
やっぱり魔王だったんだ。
僕はその日、魔王討伐をあきらめた。
〜後日談〜
えへへ、よかった。
おばさんは魔王じゃなかったよ。
あれからおばさんは僕を抱っこしながらゆっくりと説明してくれたんだ。
全部、ウェルとおじさんの冗談だったって。
正座させられたウェルとおじさんは首を横に振って否定してたけど、おばさんが視線を向けたら動けなくなってた。
魔法かと思ってびっくりしちゃったけど、おばさんが言うには主婦の固有スキルなんだって。
すごいや。
おばさんが魔王じゃないって分かったから、すごくホッとした。
ニコニコしてるぼくを見たおばさんは、魔王と戦うのが怖かったら無理しないでねって言ってくれた。
ありがとう、おばさん。
でも、ぼくは。
ぼくのために働いてくれてるお父さんも、
いつも仲良くしてくれるお兄ちゃんみたいなウェルも、
太ってるけどお腹をさわるとやわらかくて気持ちいいおじさんも、
そして、ぼくをいつも可愛がってくれる大好きなおばさんも、
みんなに幸せでいてほしい。
だからぼく、魔王を倒そうと思うんだ。
頑張らなきゃ。
大丈夫、怖くないよ。
魔王よりも怒った時のおばさんの方が怖いと思うから。
えへ、おばさんには秘密だけどね。
〜〜 ○○○○視点 〜〜
まったく。アホなこと言うウェルも、それを信じちゃうユートも、困ったものだわ。
ふふ、お馬鹿な子たちほど可愛いんだけどね。
はあ、びっくりした。
…………このまま隠し通してみせるわ。
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