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誰も俺の番じゃない  作者: 鈴田在可
ユリア前編
6/62

5 殺戮の夜

人が惨死する内容があります


R15


シド視点→三人称

 シドが幽閉されていた建物の近くで、ユリアは地面に倒され、後ろ手に獣人用の枷を嵌められていた。服も破られていて、露出した下着の中では、最近盛り上がりを見せてきた胸がささやかに雌を主張していた。


 下卑た笑いを見せる男の手によってスカートはめくられ、宵闇の中でも白いとわかる柔そうな太ももが撫で回されていた。


 普通、商人は商品に手は出さないはずだが、この混乱で他にも商品が手に入ると踏んだらしきことと、ユリアが美人ばかりの獣人の中でも割と上位美人に分類されることから、極上美少女は自分たちで食べてしまおうと思ったようで、手付きにされる寸前だった。


「ユリアから手を離せクソどもがぁぁぁっ!」


 シドにとってユリアの匂いはオリヴィアの匂いと紐付いている。それを穢そうとするとは万死に値する行為だった。


 シドは咆哮しながら男たちに殴りかかる。当初商人たちはシドを子供だと舐めていたようだったが、最初に殴られた一人が顔面を酷く変化させられた状態で地面に倒れると、その威力と速すぎる動きに慌てたように武器を取り出そうとした。しかし、商人たちは武器を手にする暇もなく、ものの数秒でシドによって全員絶命させられた。


「シド君! 怖かった! シド君!」


 拘束されたままの半裸のユリアがシドに飛びついてくる。シドはユリアを抱き止めながら男どもに触られた柔肌の箇所を舐めて消毒したくなったが、それどころではないと思い直した。


 シドは商人の遺体に手を付け、匂いで見つけたユリアの枷の鍵を取り出しながら叫ぶ。


「ユリア! 一緒に来い! 俺はオリヴィアの匂いがわからないんだ! お前の鼻で捜せ!」


「えっ? 匂いがわからない……?」


 オリヴィアの匂いがわかりにくくなっていることは、誰にも話していなかった。シドは戸惑うユリアには構わず、鍵で彼女の拘束具を外した。筋力が弱っているため、現状シドでは獣人用の枷を破壊できない。


 シドは半裸のユリアの胸に触りたい衝動をぐっと抑えて彼女を背負うと、走り出した。






 里の中心部では依然として獣人と人間たちの激しい攻防が続いている。シドはユリアを急かせてオリヴィアの匂いを探らせた。


「そ、そんな……」


 走り回る最中、背後のユリアが急に絶句した。シドは後ろを振り返ると、衝撃を受けている様子のユリアを睨んだ。


「どうした!」


「オーリが……」


「場所を言え!」


 シドはユリアが指示した場所に向かった。そこは元は家と家に挟まれた狭い路地だったが、砲撃によって両側の家が崩壊し地面に瓦礫が大量に落ちていた。


 砲弾の直撃と崩落に巻き込まれて息絶えた獣人が数人、身体を激しく損傷し血まみれの状態で瓦礫の下敷きになっているのを、シドは嗅覚で感知していた。


 シドの視線は地面の一点を凝視している。暗闇に紛れて見えにくかったが、瓦礫で埋まる地面の端あたりに、おびただしいほどの量の血溜まりができていた。


 それはオリヴィアの血で間違いなかった。


 他の獣人たちの血の匂いにまぎれていたせいか、シドはその場所に近付いてようやく、それがオリヴィアの血であることに気が付いた。


 匂いを探り、嗅覚からこの場で起こった絵を脳内に描き出す。逃げていたオリヴィアは、崩落に巻き込まれて頭を強く打ち昏倒。追い打ちをかけるように折れて尖った建物の金属部分によって胴体を貫かれて――――


 なぜか近くにオリヴィアの身体はない。ユリアに探らせても泣きながら首を振るばかりで、この付近にオリヴィアはいないようだ。


 シドが匂いで探った範囲では、オリヴィアは自分では動けないほどの致命傷を受けていたはずなのに、この場にいないとは一体どういうことなのか。


 オリヴィアが消えた。けれど、地面に広がっているのは生存が絶望的と思われるほどの血の量で――――


「オーリ……! オーリ……!」


 泣いていたユリアが、シドの背中からずるずると落ちて地面にしゃがみ込み、彼女の名前を叫んで泣き声を強める。


 シドは自分の視界が怒りで真っ赤に染まるのを感じていた。


 すぐ近くでは人間が撃った砲弾が着弾し、爆発と共に赤い閃光が走り、建物がさらに崩れて燃えていく。人間たちはこの里の何もかもを壊して燃やし尽くそうとしていた。


 その後のシドの記憶は半分飛んだ。


 シドは怒号を発しながら、視界に入る人間たちを手当たり次第に殺していった。






******






 深夜のうちに、戦いの決着はついた。


 奇襲を受け統率の乱れた獣人たちの戦況は悲惨なものだったが、人を殺すことだけが目的と化したシド一人に壊滅的な打撃を与えられて、人間たちは撤退を余儀なくされた。






 ユリアはオリヴィアの血溜まりの近くにしばらく留まっていたが、そこを通りかかった他の獣人に促されて、戦いに巻き込まれない場所まで避難していた。


 避難所には怪我人も運ばれていて、ユリアは父の同僚から父の死を知らされ、しばし呆然としていた。


 銃撃や砲撃の轟音が止み、どうやら人間たちが撤退を始めたらしいと伝えに来る者がいて、獣人たちは里の中心部に戻り始めた。


 ユリアも魂が抜けたような状態のまま、覚束ない足取りで破壊された里の中心部まで戻ってきた。


「シド君……」


 ユリアの視線の先では、オリヴィアの血溜まりがあった場所の瓦礫をどかし続けているシドの姿があった。


 何人殺したのか、シドの全身は人間の血で真っ赤に染まっていた。


 人間だけではない。シドは獣人も殺していた。


 シドの身体にまとわり付く血の匂いで、唯一つ獣人のものがある。それは族長だ。


 シドは戦火を動き回る最中に族長を発見し、頭を粉砕して殺していた。


 シドは瓦礫の下から出てきた獣人の遺体を地面に並べていた。欠けていたり潰れていたり酷い有様だが、並べられている遺体のそばに、獣人ではなく人間の片腕だけが一本、無造作に置かれていた。


 家紋入りの立派な銃を握りしめたその腕は、伯爵家の私兵団を指揮していた当主イーサンの利き腕だ。


 シドは盾のようにイーサンを守る者たちに阻まれて彼を殺すことはできなかったが、イーサンの腕をもぎ取り奪っていた。


 瓦礫の整理はほとんど終りかけていた。シドは瓦礫を全て取り除き、下敷きになっていた獣人の遺体を運び出したが、オリヴィアの遺体は身体の一部分すらも見つからなかった。あるのはオリヴィアの血溜まりのみ。


 じっと現場を眺めていたシドはやがて踵を返した。

 

「探してくる」


 シドはそこにいたユリアに、淡々とした様子でそれだけ告げると、走り出した。


「探すってどこへ…… 待って! シド君!」


 ユリアの制止も聞かずに、シドは里を飛び出した。


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