56 伯爵家の秘密
暴力表現注意、どんでん返し注意
シド視点→三人称
伯爵家の使用人ギルバートの動きは、伯爵家私兵団長オルフェスと同じくらいに早かった。
まあそうでなければ面白くないなと思いながら、シドは好戦的な笑みを自分の息子に向けた。
美貌の使用人ギルバートの正体は、シドがキャスリンをイーサンから寝取ったあの夜に仕込んだ子供だった。
シドに✕された後キャスリンは避妊薬を飲んでいたが、元々の体質なのか種が強かったのか、効かなかったようだった。
妊娠がわかった時、イーサンは「堕ろせ」と言っていたが、「あなたの子供かもしれないのに殺せない」とキャスリンは出産を強行した。
キャスリンは胎の子がイーサンの子供であることに賭けていたが、生まれてきた子は獣人――――即ちシドの子供だった。
イーサンはギルバートを殺そうとしたが、それをキャスリンが止めたことで、より夫婦の間に亀裂が入った。
キャスリンはギルバートを身寄りのない獣害孤児の赤子だと偽り、自国から連れてきた信頼の厚い使用人に育てさせた。
イーサンがあの女の計画に乗り、妾を持ち子供を作らせたのも、シドに寝取られたことだけが原因ではなくて、キャスリンがシドの子供まで生んでいたことも原因だった。
ギルバートの憤怒の一撃が容赦なくシドに襲い掛かる。
シドはフィオナを盾にして攻撃を代わりに受けさせようとしたが、ギルバートは途中で斧を手放し床に落とすと、その手でフィオナを掴み、自分の胸の中に引き寄せた。その間一秒もない。
次の瞬間、辺りに血飛沫が舞う。フィオナを掴んだ利き腕とは逆のギルバートの腕を、シドが拾った斧で斬り落としていた。
男の絶叫と少女の悲鳴が室内に響き渡る。
「ギル! ギル!」
苦悶するギルバートの残された片腕で守るように抱き締められながら、フィオナがギルバートの愛称を叫んでいる。
膝を折ったギルバートの腕からおびただしい鮮血の塊がボトボトと床に落ちていて、少し離れた場所に斬られた腕がゴトリと落ちる音も響いた。
シドは自分を本気で殺しに来たギルバートに対して、瞬間的に頭に血が上っていた。
「この能なし! 種なし! 木偶の坊が!」
片腕を失っても、シドから背を向けているギルバートからは、姪フィオナを絶対に渡さないという気迫が感じられた。イライラしたシドは血まみれの斧を手にしたまま、鬱憤を晴らすようにギルバートの背中を何度も足蹴にした。
強烈な蹴りが繰り出されるたびにギルバートはくぐもった呻き声を上げていて、ギルバートの名を連呼し泣き叫ぶフィオナの声も強まる。そのうちにギルバートは内臓が傷付き、蹴るたびに血を吐くようになった。
「俺からの情だ。苦しまないよう一思いに殺してやる」
シドはギルバートの首筋に斧を当てながらそう言った。倒れているオルフェスが何か叫んでいるが、この部屋の中でシドを止められる者は誰もいないだろう。
フィオナは慰み者にしてやるつもりなので生かしておくが、シドは自分の息子であろうと関係なくギルバートは殺すつもりだった。
シドは斧を降り下ろすべく手を上げたが――――しかし、その手をすぐにゆっくりと元あった場所へと降ろした。
怒りの感情を露わにしていたはずのシドの表情は、急にすっと凪いでいた。
シドは窓の外を見つめている。
惨劇に警戒していた部屋の中で意識のある者たちも、シドの様子の変化に何事かと、一様に窓の外に視線をやった。
キャスリンの寝室は屋敷の三階にあった。
その窓の外に、突然ふわりと黒い髪をたなびかせた女が現れ、そのまま空中で窓を蹴破るという人間業ではない方法で室内に侵入してきた。
「母、上……」
愕然とした様子で呟いたのはオルフェスだった。
吊り目がちの朱色の瞳を普段よりも険しくし、先程のシドのように怒りの激情を隠そうともせず周囲に威圧感を迸らせているこの美女こそが、オルフェスの母親であり、イーサンの妾でもあった女だ。
女の名はクララ・ロドニー。しかしそれは人間社会で暮らすために便宜上付けた名前であり、本当の名前ではない。
女の髪色も、染めているだけで本当は黒色ではなかった。
シドは眼の前に立つ女の、本当の名前を呟いた。
「ララ……」
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イーサンは、人間ではシドに勝てないという結論に辿り着いていた。
必ずシドを討つという執念を果たすために、同じく、シドに番を殺されて復讐を誓い里を飛び出していた、シドの実姉ララの提案に乗ることにした。
ララは単にシドに復讐がしたかっただけだが、イーサンは自分と子供を作ろうと言うララの案から、人間に恨みを持たない子飼いの獣人を作り出して兵を組織させることを思いついた。
全てがばれたら伯爵家ごと潰される狂気の方法だが、イーサンはその計画を断行し、ララに自分の子供を作らせた。
そうして生まれたのがオルフェスだった。
獣人と人間との間に生まれた子供は必ず獣人となる。
婚約式に現れたシドが、アリアを攫いどこへ向かったのかをオルフェスがわかったのも、彼が実は獣人でありその敏感な嗅覚で探ったからだった。
イーサンは私兵団の全員をゆくゆくは獣人で構成することを考えていたが、志半ばでシドに殺されたため、実現には至らなかった。
イーサンの死後キャスリンは、彼女宛てに残された懺悔のような遺書で、イーサンの恐ろしい計画の全容を知った。
イーサンが亡くなった時、ララの胎は大きく膨らんでいて、もう生まれるのを待つばかりだった。
キャスリンは自分の息子ギルバートと同様に、オルフェスを殺すのではなくて、生ませて育てる選択をした。
けれど、獣人に家督を継がせる可能性だけは残してはならないと思ったキャスリンは、公式にはオルフェスをイーサンの実子とは頑なに認めなかった。
オルフェスやギルバートを始めとした獣人を生かし匿っているというのが、キャンベル伯爵家最大の禁忌であり秘密だった。




