4 キャンベル伯爵
シドは地下牢から二年ぶりに外へ出た。シドがいた建物は、人間たちの襲撃してきた方向から里の中心部を挟んでちょうど反対側だった。
シドの視線の先では赤い炎と煙が上がり、暗い夜空が燃えているように見えた。
シドは急ぎ走る。自分を幽閉した里の奴らは正直どうでもいいが、自分が族長になった時に里が機能不全では困るので、適当に救うつもりだった。襲撃を仕掛けてきた人間どもだって薙ぎ払い、痛め付けて二度とこの里に手出しする気が起きないようにしなければ。
シドはこの事態を招いた現族長を亡き者にして、自分が族長になる気満々だった。この里では強さこそが正義である。自分が本気を出せは現族長だって倒せるとシドは確信していた。
それから、人間に襲われることのない快適な環境で、オリヴィアと愛の巣を作らねばとも思っていた。
里の中心部に辿り着いたシドはオリヴィアの匂いを探した。年々探りにくくなっていた匂いだが、完全にわからないほどでもない。集中して探れば何とかなるだろうと思っていたのに、オリヴィアの匂いの一切が探れず、どこにいるのか居場所がわからない――――
周囲では武装した多くの人間たちと獣人の接近戦が始まっていた。藍色の隊服を着た銃騎士の他に、弾が連続して何十発も打てるような見たことのない種類の火器や、大砲の打てる可動式砲撃台を操り、自前の防具で戦闘に参加する人間たちもかなり多かった。
シドはとりあえず窮地に陥ってそうな獣人に助太刀し、大掛かりな重火器を持つ人間どもを一撃で吹っ飛ばしながらオリヴィアを探していくが、二年間幽閉されていたせいか動きにキレがないなと自分で思った。
シドは自分の行く手を阻む人間たちを相手取り、戦闘勘を取り戻すように動き回りながら前に進んだ。
背後で助けられたことに礼を述べる獣人たちの声を聞きながら、シドは内心でかなり焦り始めていた。
「オリヴィア! どこにいる!」
どれだけ探してもオリヴィアの姿がない。オリヴィアが暮らしていたユリアの家に行っても、中はもぬけの殻だった。
シドは持ち前の嗅覚で里中を探ってわかったが、人間たちは銃騎士や私服で戦うハンターらしき者たちの他に、明らかに戦闘ではなくて怪しい動きをしている者たちがいる。それは里に滞在していた商人どもだ。
族長は大量の宝石を握らされて商人たちの滞在を許可していたが、そのせいで、番をまだ持っていなかった若い娘が数人、魔の森におびき出された後に奴らによって拐かされている。
当然、少女たちは悪徳商人らによって闇で売られ、金に変えられているだろう。番を持っていない少女が狙われたのは、番持ちの女よりも高値で取り引きされるからに違いない。
舐められたものだ。
族長も昔は里で一番の強さを誇り有能だったそうだが、族長になって変わった。権力に溺れ、強さだけではなくて周囲を見る力も衰えて無能と化した。
族長はシドを幽閉するのではなくてその力を使うべきだった。そうすれば、人間の侵入を許して女を盗まれたり、警戒を怠って里が滅びそうな、こんな事態にはなっていない。
族長にはもはや死を持って償わさせるしかないだろう。
シドは鋭い嗅覚で里中を探り、混乱に乗じて少女を連れ去ろうとする商人たちを見つけては殺した。
助けられた獣人の少女たちが、目をハート型にしながら自分に向かって何かを言っていたが、シドはそれどころではないと放置を決め込み、自分にとって唯一の存在であるオリヴィアを探し回った。既に商人に拐かされた後だとしたら、笑えない。
シドはオリヴィアを探す中で、銃騎士隊ではなく、私服の傭兵たちを束ねて指揮する男に出くわした。
男は厳格さに加えて凛とした雰囲気を醸し出ながら馬に乗る若き黒髪碧眼の青年だった。防具の高級感具合から、シドはその男が貴族だと踏んだ。
貴族だろうが何だろうが、シドにとって自分の行く手を阻む者は全員ぶっ倒して踏み越えるのみだ。
「イーサン様!」
シドがその男に躍りかかると、男の近くにいた側近らしき者たちが男を庇うような動きを見せた。
この時のシドはまだ知らなかったが、騎乗し傭兵たちを指揮していた男こそが、里に最も近い伯爵領の当主イーサン・キャンベルであり、今回シドがいる里への獣人掃討作戦を実現させるべく、国と銃騎士隊へ働きかけた人物だった。
シドの記憶ではキャンベル家の当主は壮年の男だったが、幽閉されていた二年の間に代替わりをしていた。
イーサンは腰に差していた家紋入りの愛用の銃を抜いてシドに応戦しようとしたが、シドが空中で器用に着地点への軌道を変えてイーサンたちを攻撃しなかったことにより、弾は発射されなかった。
「――――ユリアッ!」
シドは叫ぶと、イーサンたちには見向きもせず、目的地へ急いだ。