39 俺に愛情を求めること自体が間違っている
一部同性愛についての話題あり
「…………様、王様……」
不安そうな少女の声が聞こえてシドは目を覚ました。
目を開ければ、シドの寝台で隣に寝ていたはずのサラカヤが身を起こし、心配そうな表情でこちらの顔を覗き込んでいた。
しかし、それまで見ていた夢の感覚に引きずられていたシドは、一瞬だけ、ここがどこで、自分を見ている相手が誰なのか、わからなくなった。
サラカヤの手が伸びてきて、シドの眼尻を拭う。
「王様、寝ながら泣きよってたばい……」
「……」
シドはまたあの夢を見ていた。ユリアとだけ番になっている夢だ。
シドにとっては、ユリアを守りきれなかったことを責めるような、あの夢……
シドはここの所同じ夢ばかり見ていた。まるで呪いのようだ。
「……王様、ユリア様がおらんこつなってから、ずっとおかしかよ」
「……うるさい」
シドは起き上がった。サラカヤは、ユリアユリア、と、何かあるたびにその名を口にするが、シドは今その名前を聞きたくなかった。
死んだ女に固執してどうなるのか。
シドの気持ちも汲まずに無遠慮に心の中に踏み込んでくるサラカヤを、シドは以前とは違い、少しうっとおしいと感じる時があった。
シドはサラカヤとではなくて別の女の所で寝ようと、部屋の出口へ向かう。
「王様……」
「子供は寝てろ」
サラカヤはもう何も言わなかった。シドが部屋から出て行くのを見送ったのち、眠気に任せるがまま再び横になって目を閉じたのが、匂いでわかった。
サラカヤはもう臨月だ。腹も苦しい様子で、現状ではシドの相手ができないことは、サラカヤもわかっているようだった。だから、止めることも追って来ることもなかった。
サラカヤはシドの相手は他の女に任せることにして、そのまま眠ってしまった。
シドには不満があった。
いくらシドが女色の趣向を教えたとはいえ、元よりサラカヤは真性の同性愛者ではない。
一夫多妻を容認する社会で育ち、それが当然であると刷り込みがされていても、人間だって自分の雄が他に取られることを本能的に嫌がり、多少の感情のゆらぎはあるものだ。
しかしサラカヤは、シドが他の女と関係することに、全く抵抗感がない。
なさすぎる。
サラカヤはその場に立ち尽くして絶句していた。
シドは、私室からそれを嗅覚で感じ取っていた。
サラカヤの眼の前では、一軒の家が大きな炎に包まれて派手に燃え上がっていた。
ユリアの家だ。
ユリアから脱却するため、ユリアが存在していた痕跡や残り香をすべて消し、あまり意識しなくても済むようにと、シドが部下に命じて家に火をつけさせたのだ。
「王様! どぎゃんこつなん!」
案の定、家の周りにいた者たちからシドの指示だと聞きつけたサラカヤは、すぐさま一直線にシドの元へとやってきた。
「ロータス君の帰る家がのうなってしもうたやなかと! どげなつもりと?!」
「あいつは帰ってこない」
「まだわからんやんか! 諦めんでもっと探してくれん!」
「探してなどいない」
「へ?」
サラカヤはそれまでの勢いが削がれたようになり、意味がわからない様子で首を傾げていたが、シドは取り繕うのがなんだか面倒になってきてしまい、サラカヤへの噓を白状することにした。
「最初から探すつもりはなかった。ロータスが野垂れ死のうがどうなろうが、俺の知ったことではない」
サラカヤの動きが止まった。次いで、ふるふると怒りで身体を震わせると、声を荒げた。
「ロータス君は王様ん子供やなかと! なしてそげんことができるんよ! なしてもっと愛情かけてやらんねや!」
「愛情か……」
ハッ、と、シドは吐き捨てるように笑う。
「そんなものを俺に求めること自体が間違っている」
シドはこの機にサラカヤを試そうと思った。
「俺が誰を愛するかは俺が決める。思い上がるなよ。お前だって俺のただの処理係だろうが」
サラカヤはシドの発言に衝撃を受けて固まっていた。その可愛らしく大きな瞳に涙が浮かび始める。
「王様がそげん人やとは思わんやった! 見損なったばい!」
サラカヤは捨て台詞を残し、シドの部屋から走り去ってしまった。




