37 捨てられた男
【注意】ヒロイン死亡注意
R15注意、強姦注意
その夜、シドは寝台に侍らせたサラカヤと共に私室で寝入っていた――――はずだった。
「!」
急に目を開け覚醒したシドは上掛けを引き裂く勢いで剥ぎ取りながら上体を起こした。
しかし、俊敏な動きはそこまでで、シドは動きを止め、片手で顔を覆いながら寝台の上で俯く。
いつものようにサラカヤのそばで熟睡していたシドは、ユリアの凶行に気付くのが遅れた。
「……王様?」
突然物凄い勢いで寝具を取られて目を覚ましたサラカヤは、闇の中で顔を覆ったままのシドに訝しんだ声をかけた。
「ユリアが死んだ…………」
「え?」
あまり状況が飲み込めていない様子のサラカヤには構わず、シドはもう取り返しがつかなくなってしまったユリアの、直前の行動の残り香を匂いで探っていた。
――――深夜、決意を固めたユリアが向かったのは息子の部屋だった。
ユリアは眠るロータスのそばに長い間じっと佇みながら、一緒に連れて行くべきかどうかを考えているようだった。
結局ユリアはロータスに指一本触れることなく、部屋を去った。自分の一存で息子の命までは奪えないと、そう思ったようだった。
自室に戻ったユリアは、番になりたての頃にシドが贈り、何があっても絶対に外さなかった薬指の指輪を、外していた。
そして、部屋の中にあった空のゴミ箱の中へ、ポイッと投げ捨てていた。
ユリアの、シドへの愛の象徴のようだった、あの指輪を――――
ユリアはもう妄想に囚われてはいなかった。現実を見つめ、番であるシドを拒否する選択をした。
しかし獣人にとって番とは、離れようとしても簡単には切り離せないもの。
その本能に抗うために、ユリアは――――――
シドは心に穴が空いたような虚脱感に苛まれていた。シドにとってユリアは、その他大勢の番のうちの一人にしか過ぎなかったはずだった。
(何が特別じゃない、だ…… そうじゃなかった…………)
ユリアはずっとシドのそばにいた。嗅覚が異常に強すぎるシドは、離れて暮らしていても常にユリアが近くにいるように感じられた。
面倒なことが嫌いなシドが族長の役目を負い、里を守ろうとずっと動いてきたのは、ユリアが人間たちに脅かされないで暮らせる生活を守りたかったからだ。
シドは本来自由気ままな性格で、族長の役目なんて数日で放り出し、好き勝手に放浪しながら生きる道を選んでも良さそうなものなのに、シドが『狩り』などで外に出るたびに里に帰ってきたのは、ユリアがそこにいたからだ。
気付くのが遅すぎる。
今はオリヴィアもサラカヤもいる。けれど昔は、この里でのシドの特別は、ユリアしかいなかった。
シドはユリアを冷遇してきた自覚はある。ユリアが死ぬほど傷付くのも承知で浮気もしたし、番どもの悪意でこの館から追い出されたユリアを救済することなく放置して、おまけに数年営みをしなかった。
なぜそんなことをしたのかと問われれば、シドはユリアを愛しながら憎んでもいたからだろう。
シドだって最初からハーレムを作るつもりではなかった。ユリアと最初に関係した時は、ユリアだけを愛して番にするつもだった。
なのに、獣人は最初に肉体関係を結んだ相手が番になるのに、ユリアはシドの頭の中で音を鳴らすことができなかった。
けれど、それはユリアのせいではなくて、シドの問題だった。シドの中にオリヴィアへの消えない思いがあったからだ。
こんな、どうにもならないほどに取り返しがつかなくなってから気付くのではなくて、最初からユリアを特別だと思うことができていれば、きっと、シドが求めてやまないあの音は鳴った――――――
シドは、何があってもブレないだろうと慢心していたユリアの愛の上に、胡座を掻いていた。
失ってから初めて気付くとは、自分も大概愚か者だ。
シドを捨てる選択をしたユリアは、シドの元には永遠に戻ってこない。
「王様! ユリア様が死んだっちゃどげなことと? ユリア様に何があったと?」
隣ではサラカヤが固まっていて動かないシドに声を掛け続けている。
「うるさい!」
シドはサラカヤに対して初めて怒鳴った。サラカヤの身体がびくりと震える。
シドはサラカヤに襲いかかった。
「お、王様! こげんことしとる場合やなかとでは!? 早うユリア様ん所へ行かな! 王様!」
「無駄だ! もう遅い! もう何もかもが手遅れだ!」
「王様っ! やめてくれん!」
シドはいつもは慈しむようにしてサラカヤに触れるのだが、この時ばかりはサラカヤが痛みに悲鳴を上げるのも構わず、心の中に荒々しく渦巻く猛烈な憤りに身を任せた。
「何か言うことはありませんか? 何か一言くらい、母にかける言葉はありませんか?」
ユリアの遺体を墓地に一人で埋葬しようとしていたロータスの元に現れたシドは、臣下に命じて埋葬を終えた後、無言でその場を去ろうとした。
掛けられたロータスの言葉に、シドはしばし逡巡する。
(「もう一度お前を抱きたい」なんて、そんなことを言える資格は、俺にはもう無い――――――)




