33 番と嫁
R15注意、ロリ注意
伴侶間の格差表現あり
サラカヤは安定期に入り、体調も徐々に快復してきた。それまで伏せっていたものが元気に動き回れるようになると、子育ての勉強だと言って、シドの他の番たちの育児を手伝うようになった。
サラカヤは天性のたらしだ。普通、シドの獣人の番たちは、常に他の番を忌み嫌っていて、協力関係は表面的なものでしかないが、サラカヤはそこに遠慮なく飛び込んで番たちと仲良くなってしまうことが多かった。サラカヤには人の心を絆させてしまう不思議な魅力があった。
サラカヤの体調が回復したのはよいが、季節は真冬の最中である。あまり動き回ってまた体調を崩したり、風邪など引かなければよいと、シドは柄にもなく相思相愛の嫁の身を気遣っていた。
その日、手下の者どもを連れた『狩り』の遠征から戻ったシドは、サラカヤの動きを嗅ぎ取るなり、すぐさま彼女の元へと向かった。
シドの行き先は、ユリアの家だった。
家の中の様子を嗅覚で探ると、息子は風邪でも引いたのか自分の部屋で眠っているようだったが、リビングでは、ニコニコと笑顔で家事を手伝おうとしているサラカヤと、そんなサラカヤから一歩、いや十歩以上の間隔を開けて、困り顔で立ち尽くしているユリアの姿があった。
シドは、自分こそがこの家の主であるような顔で、中に入っていく。
「シド君……」
ユリアはシドが来たことに気付くと、ホッした顔をこちらに向けてきた。
「あっ! 王様! おかえんなさい!」
サラカヤはシドを見るなり、パッと輝かしいばかりの笑顔になって、片耳にはめた銀色のピアスを揺らしながら、こちらに走ってきた。
「走ったら駄目だろう」
シドは妊娠中のサラカヤの身体を労る言葉をかけながら、腕の中に抱き上げる。
シドはサラカヤが可愛くて可愛くて可愛くて、相好を崩し優しい笑顔を向けている。
あまり見ないシドの様子に、ユリアが息を飲んでいることには気付いたが、シドはサラカヤを注視するのみだ。
「カヤ、ここには来るなと言ったはずだが?」
言いながら、ユリアの前でサラカヤの愛称を呼ぶのは初めてかもしれないと思った。
ユリアはその言葉に衝撃を受けた様子で顔を強張らせ、薬指に嵌まるシドが送った指輪を逆の手でぎゅっと握りしめていた。疎外感でも感じたのかもしれないが、シドにその意図はない。
以前もサラカヤは悪阻で苦しむユリアの世話をしようとこの家に押しかけていたことがあったが、余計にユリアの具合が悪くなっただけであり、シドはその時からユリアには関わるなとサラカヤに強く命じていた。
ユリアは、シドに「嫁」と特別な形で称され、目をかけられているサラカヤのことを、オリヴィアと同程度くらいに気にしている。
シドに寵愛されているサラカヤがそばにいるとユリアの心身に影響が出る。サラカヤは仲良くしたいのだろうが、ユリアはその逆で、ずっとサラカヤには関わりたくない様子だった。ユリアの意向を汲んだ形で「ここには来るな」と告げただけだ。
ユリアはサラカヤを含む他のシドの番たちと仲良くしようとは思っておらず、むしろ距離を置きたがっていた。
そこら辺は他の多くの番たちの考え方と同様だし、他の番と交流を持ちたがらないユリアの対応が、特段に悪いことだとはシドも思っていない。
ただ、これがオリヴィアならば、仲良くなりたくて一生懸命相手のために働こうとするサラカヤを、受け入れる心のゆとりはある。
他の番たちも、丁度良い小間使いのような感覚でサラカヤを扱い、自分は要領良く休んでいる所だろう。ユリアにもそのくらいの寛容さがあれば、とは思ってしまう。
「ばってん、ロータス君の具合が悪そうやけん、大変や思うて手伝いに来た! 困った時はお互いに助け合わんと!」
顔色が悪いままのユリアは俯いていて、サラカヤの発言に対して何も反応できない状態だ。ユリアの拒絶感がサラカヤはわからない。サラカヤは少し察しの悪い所がある。
「妊娠中のお前に風邪が移ったら大変だ。さっさと帰るぞ」
「ばってんユリア様も妊娠中………… えっ!? お、王様っ! こげん所でいけんばい! 王様ーーっ!」
抱き上げて運び出しながら、数日ぶりにサラカヤに会えたのが嬉しくてその匂いを嗅ぎ、シドはサラカヤを愛しながらユリアの家を出た。
シドはサラカヤと移動しながら、流れでユリアに何も言葉をかけずに来てしまったと頭の片隅で思った。
だが、ユリアの機嫌を取るためだけに戻るつもりもなく、あとで世話係の人間を行かせれば良いだろうと判断した。




