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誰も俺の番じゃない  作者: 鈴田在可
オリヴィア前編

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2 シドの幸せ

少しR15

「……酷い有様ね」


 牢の前に立ち、眉根を寄せながら言ったのはオリヴィアだった。ユリアもシドの様子を見て顔が真っ青になり、泣きそうになっている。


 ユリアが震える手で持っていた鍵を鍵穴に指していた。牢の鍵はユリアが自分の父親経由で手に入れたものだとシドは知っていたが、ユリアの全身を舐めるように嗅いで探ってみても、やはりシドを拘束している鎖と枷の鍵は持っていなかった。


 シドがチッと舌打ちをすると、ユリアがびくりと反応する。


「舌打ちなんてするんじゃないわよ。せっかく来たのに」


「じゃあここから出せ」


「無理。自分がやったことを考えて」


「自分の番を他の男から守って何が悪い」


 オリヴィアはその言葉には何も答えなかった。


 二人の少女は牢屋の中に入ってくると、無言で牢屋内の掃除を始めた。たぶん鼻がもげるほどの悪臭のはずだが、獣人は意図的に匂いを遮断することもできる。シドも部屋の匂いは嗅がないようにしていた。


「……シド君」


 掃除の途中でユリアがシドに近付いてくる。ユリアの手には新しい着替えと、蒸したタオルがあってそれを差し出してくる。


 シドは少し赤みのある黒い瞳でじーっとユリアを見つめた。


 見つめるとユリアの瞳が泳ぎ出してさっと逸らされる。


 シドはユリアが逃げ出さないように腕を掴み、彼女の耳元に口を近付けた。


「ユリア、お前が全部やれ」


 囁やきながらユリアの耳たぶを舐める。


「俺の服を脱がせて、俺の身体を全部拭け」


「自分でやりなさい馬鹿タレ!」


 声の途中で、真っ赤になっているユリアの向こうから憤怒のオリヴィアが現れて叫んだ。


「ふえーん! オーリ!」


 ユリアは泣きながらオリヴィアにしがみついた。オリヴィアはシドが使うはずの蒸しタオルでユリアの汚された耳を拭いてから、そのタオルをシドに投げつけて来た。


 オリヴィアはユリアを抱きしめてよしよしと慰めていて、ユリアもユリアでオリヴィアに甘えている。オリヴィアの方が年下のはずなのに、義姉妹関係の立ち位置は逆転しているかのように見えた。


「私たち一回外に出てるから、自分でやって」


 オリヴィアはユリアを立たせて外に出ようとする、が――――


「できない。腹が減って動けない」


 壁に凭れるように座っていたシドはだらりと四肢を投げ出していた。腹が減っているのは本当だ。


「ご飯なら、掃除が終わった後に持ってくるわ」


「喰ってもすぐには動けない。それに臭い身体のままで飯を食えと?」


「…………わかったわ、私がやる」


 オリヴィアもシドの傍若無人ぶりは理解していた。やらないと言ったらこの男はやらないのだ。折角掃除に来たのに本人が汚いままなのは不本意だとオリヴィアも思ったらしく、シドに近付いてきた。


「オーリ……」


「大丈夫よ、ユリはそこにいて」


 ユリアが心配そうにオリヴィアに声をかける。まるで猛獣へ対する警戒具合だが、シドは突拍子も無いことばかりするので致し方ない。シドが牢にぶち込まれる以前より、オリヴィアはシドに何度もキスされていたし、ユリアだって気紛れにお尻を撫でられることもあった。


 オリヴィアはきゅっと唇を引き締めたままシドの服を脱がした。上半身を脱がせて、蒸しタオルでシドの肌を拭いていく。


「下は?」


「……言われなくてもやるわよ」


 オリヴィアが上ばかり拭いているのでシドは催促してやった。オリヴィアは繊細そうな見た目に対して豪胆な部分もある。腹を決めたらしきオリヴィアはシドのズボンのウエスト部分を掴み、下着ごと一気に脱がせた。


「ひゃっ」


 ユリアが赤面して両手で顔を覆う。


 シドの身体はまだ成熟しきっていないが、何でもいいからオリヴィアと番になっておけば良かったとシドは思っていた。そうしておけば、馬鹿(族長の息子)がオリヴィアに手を出そうとすることもなかったはずだ。


「脚とかもういい。ほら、一番臭えとこ拭けよ」


 シドはニヤニヤ笑っているが、オリヴィアは赤面するユリアのようにシドの望む反応は示さなかった。オリヴィアは真顔のまま、文句も言わずにシドの身体を優しくぬぐっていく。


「好きだ」


「馬鹿」


 口では悪態を吐きつつも、オリヴィアは嫌がらずにシドの全身を清拭してから新しい服を着させた。


 部屋の掃除が終わると宣言通り食事が運ばれてくる。お世話をされて上機嫌になったシドは、褒美とばかりにオリヴィアを抱き寄せて唇にキスをした。シドは以前から隙を突いてはそうやって何度も何度もオリヴィアに口付けて愛を囁いていたが、返ってくるのはいつも怒りの言葉と張り手だった。


 シドにとっては腹が減っていてもオリヴィアの攻撃を躱すくらいは余裕だった。今度こそ真っ赤になっているオリヴィアを見つめながら、シドは幸せそうに笑っていた。


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