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誰も俺の番じゃない  作者: 鈴田在可
オリヴィア中編

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21/62

20 俺の子じゃない

一部に出産の表現あり


暴力表現あり

 寒い冬の日、オリヴィアは予定日よりもかなり早く産気付いた。シドは出産に立ち会い――――というか、自分が取り上げる気満々だった。


 シドはいつもは子の出産に立ち会ったりなどしないが、オリヴィアは最愛の番なので、当たり前の話だった。


 立ち会ったことがあるのはユリアの出産の時の一度きりだったなと、出産用の部屋に入ったシドは、昔のことを懐かしく思い出した。


 シド自身は子供を持つことに興味はなく、子供が欲しいと番が望めば与えていた。番どもはシドの子を勝手に産み、勝手に育てていく。


 オリヴィアのお産は難産だった。なかなか子供が下りて来ず、三日三晩陣痛に苦しんでいた。ミネルヴァによれば、華奢な体躯のオリヴィアの腰の骨は、あまり出産向きではないという話だった。


 日を二日も跨ぐ頃には、オリヴィアは意識も朦朧としてシドの呼びかけにも反応しなくなり、このまま死ぬのではないかと懸念した。

 シドはオリヴィアが命を張るくらいなら、子供は今回の一人だけで充分だとも思うようになっていた。


 長い時間をかけてようやく頭が出てきて、赤子を取り上げるつもりだったシドは出産の補助をしなければならなかったが、生まれてこようとする赤子を前に、シドはただ突っ立ったままだった。


「シド様?」


 妙に思ったらしきミネルヴァが幾度か声をかけたが、シドは信じられないものを見るような目付きで出産の状況を見ているだけだ。


 結局はミネルヴァがシドとオリヴィアの間に入り、赤子を取り上げた。


「……俺の子じゃない」


 難産だったが無事に生まれた女児の産声や周囲の歓声に掻き消されて、シドの呟きは部屋の面々には届いていない。


「俺の子じゃない!」


 ミネルヴァが臍の緒を切った直後、シドの怒声が部屋に響き渡った。直後、人影が吹っ飛び壁に激突した。


 壁に飛ばされて身体を強打したのはミネルヴァだった。ミネルヴァは飛んできたシドの拳から咄嗟に赤子を庇い、その赤子を腕の中に抱き込んで守ったが、本人は殴られた衝撃で意識を失っていた。


 ミネルヴァとは違い赤子に大事はなかったようで、腕の中で相変わらず泣き続けている。


「俺の子じゃない!」


 シドの中では、オリヴィアの身体からその赤子の一部が出てきた瞬間に、疑念が生まれた。完全に外に出てきた赤子の全身の匂いを嗅いだ所で、シドはすべてを悟った。


 自分の子供だとばかり思っていた子は、オリヴィアを奪った憎い男の子供だった。


 これまでは匂いの嗅ぎ取りにくいオリヴィアに守られてわからなかったが、赤子本人の匂いを嗅いだシドは、この女児が不義の子であるとはっきり見抜いた。


「殺す!」


 シドの殺気を受けて、部屋にいる他の者たちは凍り付いている。


 怒りを募らせるシドは、床に倒れて動かないミネルヴァに歩み寄った。腕の中の子供を八つ裂きにするつもりだったが、シドの手が赤子を掴む前に、横から伸びてきた手に掻っ攫われた。


「オリヴィアッ!」


 赤子を攫ったのはオリヴィアだった。シドの本気の殺気を受けて、赤子を殺されないようにと胸に抱き、股から血を滴らせた状態で部屋から走って逃げた。


「オリヴィアァァァァァッ!」


 シドのとんでもない殺気に部屋にいた何人かは気絶してその場に卒倒した。シドは恐ろしい形相になってオリヴィアを追いかける。


 オリヴィアはほどなく見つかった。いつの間にか外は夜になっていて、月明かりの下で雪が舞い地面に降り積もっていた。屋内よりも突き刺すような寒さが増している。


 出産後のオリヴィアは体力を消耗していてそこまで遠くへは行けない。シドはなびく銀色の長い髪を掴み、すぐに捕まえた。


「その裏切りの子供を寄越せっ!」


「駄目っ!」


 オリヴィアは身をよじり、生んだばかりの赤子をシドには絶対に渡すまいとする。


「殺さないで! この子はあなたの子よ!」


「違う! 俺からお前を奪ったクソ野郎の子だ!」


「どこにそんな証拠が!」


「匂いでわかった! 俺にはわかる!」


 オリヴィアによく似た匂いだが、微妙に違うその匂いは、あの男にも似ていた。


(俺の子じゃない――――)


「やめて! やめてっ!」


 どこにそんな力が残っていたのか、オリヴィアはシドに必死で抵抗した。けれど敵わず、赤子はシドに取り上げられて雪の上に放り投げられた。


「ヴィクトリア!」


 オリヴィアが赤子の名を絶叫している。その名前は、女だったらそれにするとシドが予め考えていた名前だった。


 ヴィクトリア――――「勝利」という、シドが好む意味を持つ名前だ。


 シドが子供の名前を考えたのはそれが初めてだった。


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