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誰も俺の番じゃない  作者: 鈴田在可
オリヴィア中編

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15 彼女の番

残虐表現注意

 自室にいたシドは、ふいに魔の森から漂ってくる、とある匂いに気付いた。


 その匂いは、失われた恋人オリヴィアの匂いで間違いなかった。


 窓から外に飛び降りたシドは、常人では出せるはずのない物凄い速さで、匂いの元まで駆けた。






 樹木が立ち並び木漏れ日の落ちる森の中、シドは後ろ姿で立つ銀髪のその女性を発見した。


 かれこれもう十一年ほどにはなる。自分もそうだが、もちろん最後に会った時よりも彼女は成長していて、大人になっていた。

 

 懐かしい匂い。だがそれと同時に、男の匂いがオリヴィアの身体にまとわりついていて、シドは怒りを覚えた。


 オリヴィアは人間の男と番っていた。


 シドだって色んな女と番になっている。けれどシドはオリヴィアが許せなかった。


 自分はオリヴィアのいないこの十数年の間、満たされない思いを抱えて苦悩していた。誰と番っても真の番にはなれず、おそらく自分はオリヴィアでなくては駄目なのだと分析していた。きっと自分はオリヴィアさえいてくれればそれで満足したのだろうと思う。


 けれどオリヴィアはシドを置き去りにして、別の男と番になり、自分だけ幸せになった。


(生きていたのならなぜもっと早く俺の所へ来なかったんだ!)


 シドはオリヴィアが許せない。


 オリヴィアにまとわりつく匂いを探りながら立ち尽くしていると、向こうもこちらに気付いたらしく、振り返った。


「シド……」


 大人になったオリヴィアの声も、耳朶に響く美しい声だった。


 久しぶりの対面に、オリヴィアは驚いた表情を見せていたが、対するシドが顔に浮かべていたのは、怒りの表情ではなくて、相手を油断させるための柔和な笑みだった。


「生きていたんだな。良かった、オリヴィア」


 再会を喜ぶ風を装って一歩一歩近付くシドに比べて、オリヴィアはかなり困惑気味だった。


 シドが色んな女を抱いているのは、獣人であれば匂いですぐにわかる。


 そんな獣人はあまりいないから、驚いているのだろう。


「……シド、モテ男になったのね」


 何だその言葉がけは、と思ったが、番たちからモテているのは本当だ。


(もっとも、すぐにお前もその仲間入りだがな)


 シドはオリヴィアを寝取った男から()()()()()を寝取り返す気満々だった。自分たちは付き合った状態のままで別れていない。


 そうだ、自分たちはずっと恋人同士だったのだ。


 既に番がいる獣人の女を抱くのは女にとって拷問のようなものだが、鼻を焼けば問題ない。


(だが、その前に男を殺す――――)


 シドはオリヴィアと再会後の身の上話もそこそこに、近くにいるという彼女の番がいる場所まで案内するよう、オリヴィアを急かした。






 魔の森の中には里へ通じる道がある。馬車も通れるその道の脇で馬に水を飲ませながら、その男は湖のほとりに佇み、こちらには背を向けていた。


 お揃いのつもりなのか、男は長い黒髪をオリヴィアと同じ形に結い上げていた。


 相変わらず薄くて嗅ぎ取りにくいオリヴィアの匂いとは違い、シドはその男の匂いの詳細を嗅ぎ取ることかできた。


 十一年前、オリヴィアを里から連れ出したのは、この男だった。


 当時、年若いこの男が商人の一人として里に滞在していたことは、シドも牢の中から嗅いだ匂いで知っていた。


 男が瀕死のオリヴィアの命をどうやって救ったのかまではわからなかったが、自分からオリヴィアを引き離した主犯はこの男だ。


 シドが動く。


 オリヴィアも、男も、何かをするいとまもなかった。


 首が取れた。


 シドはとんでもない速さで男に飛びかかると、瞬く間に男の首を胴体からもぎ取った。


 男の首の歪な切断面から、これでもかと血飛沫が舞い上がり、男の胴体はその場にドサリと倒れた。シドが打ち捨てた生首も、そこら辺にゴロリと転がる。


「いやーっ! テオ! テオっ!」


 のどかな森林風景が一瞬で血まみれの地獄のような場面に変わった。オリヴィアは番の惨状に泣き叫び、男の名前を呼びながら遺体に駆け寄ろうとした。


 しかしその前に、シドが立ちはだかる。


 シドは怒りの表情をもう隠さなかった。


 シドはオリヴィアの裏切りを許すつもりはなかった。


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