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誰も俺の番じゃない  作者: 鈴田在可
キャスリン編

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14 愛の終わり

R15注意

 シドはそれまでよりも頻繁にキャスリンの元に通い続けた。それこそ毎日のように会いに行き、愛した。


 シドは放置された館の番たちがどんなに荒ぶっても、ずっとキャスリンしか抱かなかった。


 キャスリンとの蜜月は、けれどそこまで長くは続かなかった。


 キャスリンの元に頻繁に夜這いに来ていることがイーサンにばれた。


 イーサンは、キャスリンがシドと何度も関係していたことを知らなかった。キャスリンがシドに抱かれたのは、あの時の一度きりだけだと思っていたらしい。


 憤慨したイーサンは、()()兵力のまとまらない伯爵家の私兵団を率いて里に襲撃を仕掛けてきた。キャスリンは戦いを止めるように説得したらしいが、イーサンは聞く耳を持たなかったそうだ。


 シドにしてみれば、降りかかる火の粉は払うのみだった。


 キャスリンとした「イーサンを殺さない」という約束がシドの頭をよぎったが、その約束は、「こちらを滅ぼそうとしないなら」という前提が付いていた。それを破ったのは彼らだ。


 イーサンは本当は、以前のように銃騎士隊の力も借りようと国に援軍を要請していたそうだが、それには「否」という答えが返ってきたらしい。


 国も銃騎士隊も前回の討伐時の大敗から、同じ轍を踏むべきではないという結論を導き出していた。そのくらい、異常な強さ持つシドが守護する里を襲撃するというのは無謀な行為だった。


 予想通り――イーサン自身もわかっていたはずだが――私兵団は惨敗した。生き残った私兵たちを逃しながら、死を予期して殿しんがりを務めたイーサンは、シドと対峙した。


 イーサンは義手を粉砕され、身体中も血だらけで傷付き、もうあまり長くないだろうという状態だった。けれど必ずシドを弑するという強い意志を滾らせた碧眼(アイス・ブルー)で、シドを射殺すように睨み付けていた。


「俺が死んでも俺の意志は消えない。俺の意志を引き継ぐ者たちが――――俺の子供や孫が、必ず貴様を討つ」


 シドは表情を変えずにイーサンに銃を向けた。以前も彼から奪ったことのある家紋入りの銃だ。これで二本目になる。


 シドはその銃でイーサンの頭を撃ち抜いて、殺した。











 キャスリンはイーサンを殺したシドを許さなかった。


 キャスリンとの間に愛はあったと思う。シドと二人きりで過ごす時間を、キャスリンも愛おしく思ってるように感じていたから。


 けれどそれは、まだ年若かったシドの奢りでもあった。


 幾度か、「一緒に来るか?」とシドはキャスリンに誘いをかけていた。シドはキャスリンを里に連れ帰って一緒に暮らしたかった。もしもキャスリンが気になるのなら、番たちを全員粛清しても構わないとすら思っていた。


 キャスリンが首を縦に振ったことは一度もない。


 子供のことを考えて断ったのだろうと思っていたが、シドのことを本当に愛していたのなら、一緒に暮らせるように何某かの方法をキャスリンも考えようとしたはずだった。


『あなたの思い人、見つかるといいわね』


 いつか自分の生い立ちをキャスリンに話して聞かせたことがあったが、オリヴィアがいなくなった話をした時、キャスリンはそう語っていた。


 キャスリンがシドのことを本当に思っていたのなら、他の女との恋が成就するような言葉を、言うはずがなかったのだ。


 オリヴィア以外との初めての恋に浮かれていたシドは、全てを自分に都合の良いように考え、キャスリンの心を完全に掌握しきれていなかった。


『俺のキャスリン……』


 イーサンの銃と、それから初めてイーサンに会った時に片腕と共に奪った最初の銃を持ってキャスリンの前に現れたシドは、イーサンの死を聞いて怒りと嘆きと悲しみをこちらにぶつけてくるキャスリンに、彼女の母国語でそう呼びかけた。

 二人きりの時はずっと、シドはキャスリンに愛を込めて、あえて気障な言い回しをしていた。


『違うわ! あなたのものじゃない!』


 怒りで我を忘れている状態のキャスリンは、自らの母国語でシドに向かって叫んだ。


『私はイースのものよ! 私が愛しているのは! 最初から最後まで! イース唯一人よ!』


 シドはキャスリンを殺してやろうかと思った。


 いや、むしろキャスリンはそうしてほしいようだった。


 イーサンと同じ場所へキャスリンを行かせることを癪に触ると感じたシドは、殺すのを止めた。


 代わりに初期の頃のように、シドに対して激しい拒絶を見せるキャスリンを押さえ付けて関係した。


『イース! イース!』


 キャスリンは泣きじゃくりながらずっとイーサンの愛称を呼び続けていた。もう隠す必要はないとでも思ったのか、シドの名前なんて一度も呼ばなかった。


 きっとキャスリンは、シドに抱かれながらイーサンとの幸せな夢を見ていたのだろう。


 どこまでいってもキャスリンの最愛はイーサンなのだと悟った瞬間、シドの中に確かにあったはずのキャスリンへの愛が、スッと覚めたのがわかった。


 代わりにやりきれない怒りを覚えたシドは、キャンベル家の領地を全て滅茶苦茶にして、伯爵家を根絶やしにして滅ぼすことも考えたが、結局は潰さないでおくことにした。


 キャスリンを安易に夫の元へは行かせない。それが彼女への復讐だ。


 キャスリンたちの息子は未成年で、まだ伯爵位は継げない。キャスリンは嫁入りの際に、彼女の両親がイーサンとの国際結婚を認める条件として、婚姻と同時にキャンベル家の養子になっていた。

 それは結婚生活の先で何かが起こって、キャスリンの立場が悪くなった場合、海を渡って遠い地に嫁ぐ娘が不利な立場にならないように、との親心のようだった。


 なので、女伯爵として地位を継承できる立場にいたキャスリンは、長男が成人するまでの期間だけ伯爵位を継ぐことにしていた。


 家のことや子供のことがある限り、キャスリンは簡単には死なないだろう。


 キャスリンへの愛が終わってからも、相性だけは良かったから、シドは時折キャスリンを抱きに来ていた。


 キャスリンはイーサンの死を知った時の態度をシドに詫びることもあったが、消えてしまったシドの愛は戻らなかった。


 この女はシドでさえも腹の底が見えない。信用はできなかった。


 シドはもう容赦しなかった。一番に優先するのは里の利益であり、そのためには伯爵領や他領の人間も殺し、奪う、非道な男に成り果てていた。


 キャスリンはシドが何かをする度に、もうやめてほしいと懇願してきたが、そんなものをシドが聞くはずがなかった。シドは、以前は大切にしていたはずのキャスリンの言葉では、もう動かなくなっていた。


 やがてシドは、成人し伯爵家を継いでいたキャスリンの長男を、魔の森に勝手に侵入した、という、元々は伯爵家の領地になっている場所を奪うための、言いがかりのような理由を付けて、殺した。


 シドは子供を殺されて激しい憤りを見せるキャスリンを無理矢理手籠めにしながら、昏い喜びを覚えて満足していた。


 シドを止められる者は最早誰もいなかった。


 そうして残虐な行為を繰り返すシドはいつしか、畏怖を込めて「獣人王」の異名で呼ばれるようになった。


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