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昔の武士たちの口調について考えた

 普段、歴史小説の少年ツネタロウを書いているモーニングあんこと言います。特に誰かにツッコまれたわけではありませんが、先日歴史ゲームに関わってる方の記事を読んでこれまで思ってたことをここに書きたいなと思った次第です。




 少年ツネタロウでの言葉遣いにどこか後ろめたさがあります。


 トクガワヒデタダとの謁見で、普段の言葉遣いであり得ないと思った人は居ると思います。




  ツネタロウ「本日は御招きいただき恐悦至極にございます」




 というような挨拶があってかしこまった口調での会話になると多くの人は頭にあると思いますが、あの口調はどこから出てきた言葉なのでしょうか。語尾の()()()とか。


 今現在の江戸時代や戦国時代の口調は、時代劇からの流れだと思います。


 さらにさかのぼると、時代劇は伝統芸能の歌舞伎や能などからヒントを得ています。


 ただその言葉が本当に正しいのかは実のところ誰も分かっていないはずなんです。




 歴史の研究家たちは、その当時の文献から探って公表しているので、その時代時代によって史実は変わります。昭和の頃の人だと1192年を鎌倉幕府が開いた年だと記憶してるでしょうが、平成になり1185年が正しいとなりました。鎌倉幕府前倒しになっているのです。


 戦国時代末期の英雄の一人である織田信長を英雄視した書物の信長公記しんちょうこうきは、織田家臣の太田牛一おおたぎゅいちによって書かれたと歴史好きなら知ってそうな話ですが、これも偏り過ぎていて過大評価されてるとかなんとか。


 歴史研究家は大学で研究されてる大先生がいれば、役人が研究していることもあり、口伝いで伝わる伝承などは信用ならないと当てにしてないこともあり、太田牛一のような扱いをしていてたりします。文献命なんでしょうね。


 古い歴史は、わからないんですよ。誰もが。




 歌舞伎や能などの伝統芸能が元に時代劇という新たな娯楽が生み出され、令和の今では確実に衰退して大河ドラマくらいでしか見ることが出来ないなど。しかし、多くの歴史好きな人たちは、その影響で「史実と違う」と言うのです。




 あなたは、史実をどこまで知っていますか?ほとんど記録にも残っていないというのに。歴史は改ざんされます。勝者によって書き換えられるように出来ています。敗者の歴史は酷い書かれ方をされるか、いなかったことにされてしまいます。




 史実と異なるのはそれほど大事なシーンではないからなんですよね。なので、大河が昭和の頃のような重厚じゅうこう感の無い作品ばかりなのも史実とされる通りに描くと面白くないからなんですね。人間ドラマが大事なので、そこをふくらますと軽いタッチに描くようになってしまう。そうなると「史実と違う」と騒ぐのです。




 私の書く少年ツネタロウでの口調の軽さは、読み手が気軽に読めるように。という言い訳もありますが、書き手の私あんこがそれを面倒だなと思って、普段の口調にちょっとだけ()()()調()に書いています。


 「史実と異なる話を書いているので、史実と違う!という感想があったとしてもそれでいいのでは」と考えています。




 今朝Twitterで読者様から「嫡男ちゃくなん丁稚でっちに出すのは家を潰すこと。歴史的にあるのか?」というご意見をいただきました。ありがとうございます。歴史的にかどうかはわかりませんが、ツネタロウさんは実在する人物で実際に丁稚に出てます。兄弟はおらず一人っ子でしたが丁稚に出ています。なので、歴史的にというのは特に必要ないので調べてはいませんが、実在するツネタロウさんは丁稚にでているため歴史的にアリだとしています。1人でもいれば歴史になりますからね。前例はこういう時大事なんですよね。


 


 今でも実際の将軍たちはどのような会話をしていたのかと思うと、あんな仰々しい口調ですべてが語られたとはとても思えないんですよね。オフレコでは、喋りやすい口調で語ってたと思いますし、仲間内では気楽に座って話してたと思います。「史実がぁ」と叫ぶ人はきっと、伝統芸能に毒され過ぎてるんじゃないでしょうか。




 伝統芸能は、将軍様の前に行くのはごく限られており、それらの経験を元に伝統芸能で描いたとしてもそれが本当のことかはわからないわけです。伝統芸能に高い位の武士が監修したわけではありません。今も僅かに残る時代劇は伝統芸能から作られているので、架空に架空を重ねて作ったのが「史実がぁ」なのでしょう。


 そのごく限られた人物が脚本を書いていたとして、話には山と谷が必要となる。とすると、ありそうなことをそれっぽく脚色しないと見る人が楽しくない。だから、将軍や大名たちの会話は重厚感のある会話なのだと思われます。「ぼくら庶民とは違うんだぞ」と割り振りを決めなければ、全員なーなーで語ってしまっては、話に締まりが無くなり面白みに欠ける。




 話を面白くするための会話だと考えると、当時の将軍や大名たちは、家臣などの仲間内での語尾は「だよなー」「それな」などと気軽に喋っていたと思います。もちろん、外交では仲間内のような語り方はできないとして。カッコつけないと。




 一時好きで、BSプレミアムがあった頃、白黒の時代劇を見てました。当時から主役級は、歌舞伎役者が演じており周りを固める脇役は歌舞伎関連の役者が演じてることが多い。歌舞伎口調な作品もあり娯楽性の高い作品を好んで見てました。その頃から、誰がこの口調だと言ったんだろうか。と不思議に思うようになります。誰が見たんだろうかと。


 歴史研究家は口調や振る舞いは文献にあるのでしょうか。




 もっとくだけた話し方をしてたと思います。あくまでも想像ですが。


 武家の出身であったとしても誰もが賢いというわけではないでしょうし。

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