特別編 クニアキ日記
前回のチヨ日記に続きクニアキ日記も弥生なので出しとかなきゃと思ったそれだけの理由です。予約し忘れてたとか、謝罪の意味も無く。間もなく卯月になるので。仕方なくというか出し忘れてただけ。
卯月
著者:ササキクニアキ
初日
今日から私とチヨさんが日記を書くことになった。殿も書いて欲しい。もし読めるならどんなことを感じてるのか知りたい。私は、家臣になったばかりだがまだ殿の気持ちや考えがわからない。気になることはあるがなかなか聴けない。
この日記を書いてどうするのだろうか。それによっては書く内容が変わりそうだが。
だが、後世に遺る書物は日記である。私のこの日記も後世に遺るのだとしたら書いておくのも悪いことでは無いな。出来る限り続けて行こう。
二日
毎朝、殿から頂いた木刀で素振りをする。だいぶ暖かくなって来た。風を感じながらの素振りは涼しく感じる。汗を流しスッキリして井戸へ向かおう。するとカメさんが茶を渡してくださった。汗をかいた後に飲む茶は程よくぬるめでのど越しが良い。井戸で汗を流す。今日も一日がんばろう。
三日
この日記を書くにあたって紙を十枚渡されている。十枚は妥当なのだろうか。最低三行は書いて欲しいと言われている。十枚も必要ないと思われてるのだろうか。足りなくなったら紙一枚いただけるのだろうか。明日聞いてみよう。
四日
毎日寺子屋へ向かう。その道中チヨさんを拾って向かうのだが、今日はシマさまも一緒に通うことになった。女性が二人いるので、いつも以上に警戒に力が入る。道中シマさまが話しかけてくださるのだが、何かあってはいけないのであまり聞こえていない。申し訳ありません。暴漢に襲われたら三人を守らなくてはならない。目を光らせることに懸命になっているだけなのです。お許しください。
チヨさんとシマさまで水を汲みに行くと言うのでこっそり跡をつけてみたのだが、シマさまに見つけられてしまった。なぜ分かったのだろう。武家の娘だからなのだろうか。いや、私も武家の端くれ。なぜだろう。
五日
先日は、シマさまへの配慮が足りず速く歩いてしまい、息切れさせてしまった。肩車してあげても良いのだが、殿に歩かせるように言われている。私の妹のハナは元気にしているだろうか。嫁に行ったと聞いてはいるが困難な目に遭っていないだろうか。私は今こうして毎日充実した日々を過ごしている。シマさまを見ていると子供の頃のハナを思い出す。よく肩車してやった。
六日
今日はチヨさんの事でも書くか。今月から寺子屋で雑務をすることになった。殿は、師範代にしたいのだろうがまだ若く立場が危ういと考えているのか、雑務から経験させようということなのだろう。以前から思っていたが、チヨさんは殿が好き。好きだから何言われても喜んで働くのだろう。そこが私は危ういと思っている。好きな人のために動くと間違った方向へも向いてしまう。殿を信頼しているが、チヨさんを見ていると心配になる。悪い男に貢ぎそうな性格なのだろうか。いや、殿が悪い男というわけでは無いのだ。決してな。
七日
先日から昼に皆と食事をすることになり今では、皆食と呼ぶようになりふと思い出す。チヨさんとお椀を買いに行った日の事を。まだ幼く見えたチヨさんは、手を繋いで来てくれた。妹ハナのことを思い出したんだ。ハナが幼い時によくこうして手を繋ぎ歩いたものだ。そうか。ハナとチヨさんは歳が近いのか。そうかだからこんなに頻繁にハナを思い出すのか。家臣になって良かった。
八日
殿を見ていて博識だとは思うが、いつ勉強をしているのだろうか。まだ十五歳であの博識さは目を見張る。過去の殿を知る人から聞くと別人のようだと言われている。近くで見ていてあの博識は異様にしか思えない。神童と呼ばれていたのならまだしも。
九日
朝から雨だ。ツネタロウ様は、後から行くので先に寺子屋を開けといて欲しいと言われた。一つしかない傘を手渡されたが家臣が使うわけにもいかない。断り破れ傘を使い急ぎ足で向かった。帰りは雨がやみ無事に帰れた。この破れ傘を直してまた使えるようにしたら喜んでもらえるだろうか。
十日
寺子屋へ向かう途中、小悪党に出会う。スリだ。こんな田舎では目につくのだがなぜこのようなわかりやすいことをするのだろうか。普段から持ち歩く小石を投げて捕まえた。盗まれた御仁に財布を返すも一部を謝礼にと渡そうとするが断っていると殿が仲介していただき、その半分の謝礼でならと受け取ることにした。一両を渡そうとしたのでさすがにそれでは多いとして、一分金を受け取った。お陰で懐が温かい。捕まえた小悪党は、番所に預けた。
十一日
お椀買い物以来のチヨさんと紙問屋に行くことにした。両手いっぱいに古紙があるため手を繋ぐことはできないが、袖を持って移動した。昨日の小悪党退治でそれなりに目立ったからなのか街行く人から話しかけられる。手が空いていれば話しても良いが両手が塞がっていてはどうにもできず一礼して過ぎることにした。
十二日
私には少し歳の離れたハナという妹がいる。今は嫁いでいるため会うことはない。きっと元気に暮らしていることだろうと願う。ハナにも子が出来るようになるのかと思うと我が子のように嬉しい。きっと気丈な子が生まれるだろう。私は長く放浪していたこともあり私を慕ってくれる女人はいない。せっかく家臣になれたのだ。いつかは嫁が見つかると良いのだが。いつか手紙をハナに出し嫁がいることを伝えたい。
十三日
元寺子屋に通っていたというヘイロクという者が来られた。今こうして食べている皆食の雑炊を販売したいからと殿に申し入れているようだ。随分と生真面目な男。許しを貰わずにそれらしく作れば良いものを。そもそも雑炊は殿が考えたものではない。それ以前からあったものだ。それを許しをもらいに来るとは、ただの気真面目なのか阿呆なのかどちらなのだろう。
十四日
今日の皆食は昨日来られたヘイロク様。家は町中にあるめしやの息子。裕福ではない私には通うような店ではない。いつか仲間などと行けたら良いなとは思うが。今の時代、ソバやうどんを出すことが出来ない。なにを出しているのだろう。そのヘイロク様が皆食を作りに来られたようだ。めしやの息子だけあって上手くつくり店を始めるのだろう。
そう思っていたが、家の手伝いはしてなかったのだろうか。なかなかマズい雑炊を作ってくれた。これは、許しを貰ってからで良かったのではないか。戦の世であれば仕方ない部分はあるが。明日は、チヨさんが作り見学させるようだ。それがいい。
十五日
ヘイロク様がチヨさんの雑炊の作り方を見て学ぶそうだ。チヨさんの雑炊ならば安心だ。今日の昼は安心して食べられる。昨日来た子供たちもいるが来てなかった子たちはなんのことか分からないだろう。それにしても、昨日のチヨさんの厳しい言葉に胸が痛くなった。チヨさん意外とハッキリと言う人なのだと。あれはチヨさん怒ってたよな。なるべくチヨさんを怒らせないようにしよう。
十六日
再びヘイロク様が雑炊を作るそうだ。一夜漬けでなんとかなるのであれば良いのだが。初日であれだからこれは心配だ。私には恐ろしい。カメさんに小さくて良いので握り飯を作ってもらえばよかった。後悔先に立たず。具材が良かったのもあってかたった一日でこれほど美味しくなるとは。さすがは、めしやの息子。大したものだ。天晴
十七日
空模様が優れず時折雨が降る。チヨさんはお休みの殿と二人で寺子屋へ。傘は一つ。殿に傘を手渡すも「もったいないから一緒に入って」と言われた。破れ傘をいくらか直したがそれでも良いと言うも「また破れても惜しいから」と。殿も私も体格が良いので二人とも肩が濡れた。肩と肩がくっついているためか寒くはなくどことなく熱く感じた。傍から見たらおかしな二人に見えたのではないか。
十八日
チヨさんがいつになく喜んでいる。休みの間に何かあったのだろうか。殿に嬉しそうに話している。微笑ましい。その様子を見てシマ様も笑っている。なんてことない日常の風景。他人の笑顔を見るだけでこんなに心休まるとは。良いところに仕官できた。
十九日
女中のカメさんが時折こちらを見ていることがある。どうしたものかと思い話しかけるとなんてことない話だ。私の事を言いように言ってくださる。「汗を流すクニアキが素敵」だとちょっと何を言ってるのか分からないが、素振りをしていれば自然と汗をかく。それは誰でもあることなのだ。他の男にも同じように言ってるのだろうか。もう少し早く起きてカメさんの起きる前に素振りをすることにしようか。
二十日
まだ作物も育ってないこの時期に畑泥棒が出たそうだ。食うに困っての犯行だとは思うがあまりにも卑劣。殿に申し出て手伝った。畑泥棒は、足跡から人間なのは分かっている。だがその日に出たのは、イノシシ。刀は惜しいので、木刀で気絶させた。イノシシを解体してもらい一部肉を分けてもらった。殿に説明し肉を皆で食べた。久しぶりに食べたが肉は美味い。
二十一日
畑泥棒は先にイノシシにやられて出てこなかったようだ。この日も畑泥棒は現れず早めに就寝した。そのせいか、起きるのが遅くなりカメさんに覗かれてしまった。いや別に覗いても良いのではあるが、夜更かしはダメだ。畑泥棒は連日ではないのだろう。しばらくは出ないだろう。またしばらくしたら警戒に当たろう。
二十二日
寺子屋で子供たちに教えているが、特に誰からも教え方を指南されてはいない。本当にこのような教え方で良いのだろうか。ヘイロク様が来られて昼過ぎから話してくれた。普段、勉学に励むため集中力があまり高くない。しかし、ヘイロク様の話が魅力的だったためかよく話を聞き楽しんでいたようだ。私も身振り手振りをした話をしてそこから何かを学んでもらうというのもアリなのかもしれない。殿に相談してみよう。
二十三日
殿に相談したところ「面白いからやってみてください」と言われた。面白く話せるかわからないが、殿からの許しも出たのでやってみた。私が元服し浪人になるまでの話をした。動きのある話のためか子供たちは前のめりで話を聞いてくれた。特に男の子たちは。女の子は、妹ハナのことを話すと集中力があがった。教え方にも色々なやり方があっても良いのではないだろうか。終わりに殿から褒めていただいた。またやっても良いとのことで、たまになら良さそうだ。
二十四日
昨晩は食べ過ぎた。いい仕事ができたからついついおかわりをしてしまったのだ。自重せねばならないのだが。その晩も殿と風呂に入った。殿はいつも風呂を共にせよと言われる。殿は、私の事を兄のように思ってくれているようだ。しかし、風呂は狭い。それを理由に断るわけにもいかず共に入るのだが、風呂はひとりで入るのが当たり前だと思っていたのでどうも慣れない。また湯船は珍しく交代で入る。いくらか暖かくなってきたので耐えられるが、冬はどうしたらよいのだろうか。ふたりで入るわけにも行かない。
二十五日
蝋燭がだいぶ短くなってきた。考えてから書くようにしよう。言えば追加の蝋燭をだしてくれそうだが、私自身が控えればなんとかなるのだ。何から何まで甘えてはいけない。しかしまだこの日記を書くことに理由を聞いても答えてはもらえていない。
二十六日
畑泥棒は以前捕まっていない。再度殿に許しを貰い捕まえることにした。百姓たちと私だけでは捕まえれそうにない。と思ったのか殿も手伝ってくださる。百姓たちに配置を説明する殿。前回の畑泥棒は、どこから入りどちらに出たのか。それらから導き出されたものから殿が配置を決めた。百姓と私はそれに従い「袋の鼠だ」と言わんばかりに捕まえた。刀は念のために所持していたが峰打ちで捕らえた。そのまま、町方へ連れて行った。殿の配置と全員が機敏に動けるように指笛で動かした。私にはそこまでの知恵は回らない。
二十七日
大事に使ってきた手ぬぐいがとうとう破れてしまった。給金で買おうとしていたら、カメさんが縫い直してくれた。以前と同じではないが、充分なほどだ。カメさんになにかお礼の品でも買ってみようか。何が良いだろうか。かんざしはどうだろう。それとも巾着。そうだ。カメさんを連れて町中へ行けばよいのだ。トラ様に許可を頂こう。
二十八日
トラ様から許可を頂いた。先月の給金がまるまる残っている。明日皆食中にカメさんと出かけよう。手ぬぐい一本より高いだろうが、気持ちの問題だ。感謝を伝えるのに金額の上限など失礼だ。喜んでくださると嬉しい。
二十九日
給金前日。殿から今日支払おうかと提案されたが、それには及ばず。それとは別にカメさんに贈り物をしたい。払える範囲ではありますが。皆食中に行ってきた。少し忙しなくなったが、トラ様が快く送り出してくださったのですんなりと町中へ移動できた。寺子屋のカヨさんのご自宅が雑貨屋ということで出向く。カヨさんの御父上から安くすると言われたが、さすがにそれは手前上みっともないので、丁重にお断りしカメさんが選んだかんざしを買うことにした。大変喜んでいただいた。かなり高そうに見えたが、私の給金で払えた。どういうからくりなのだろうか。
三十日
昨日チヨさんに言った言葉が悪かったらしい。そういうつもりではなかったのだが。仕方ない。面と向かっていても言葉の真意が伝わらないことはままある。今日もチヨさんはどこか私に対して当たりが強い。チヨさんは両手いっぱいの牛の貯金箱というものを殿より貰った。お金を使うのではなく貯めるというのを殿は先に察知していた。もし違ってたらどうするつもりだったのだろうか。あの牛は。私は先月同様に給金を貰った。本当は、二分金だったのだが、それではどこか味気ないのとどうせなら二千文で貰った方が良いと思い変えていただいた。先日の出費はさほど痛くなかった。少しずつ私も貯めて自分の為になにかを買うようにしよう。
本編の「少年ツネタロウ」の第70部分で取り扱ったクニアキ日記。ルビがふられてますが、段落を失くし限りなく日記のようにしました。下書きからそのままコピペしています。
市井の娯楽になれば良いですね。