坊主丸儲け 案外そうでもない
本編とは全く関係ありません
少年ツネタロウを書くうえで、少ない知識を元に現地で調べてみたり図書館で勉強してみたりネット検索で上澄みを掬ってみたりしています。
以前に何処かで書きましたが、本当に江戸時代に興味がなく徳川家康やその子孫の歴代将軍や各家のことなんて、時代劇程度の知識しかなく無縁でしかありませんでした。架空すぎる必殺シリーズや暴れん坊シリーズが面白いのはそういうことなのかなと。
なんとなくで書き始めた少年ツネタロウですが、調べていくついでに神社仏閣もそこそこ必要で調べることがあります。まったくの無知ですからね。私の人生のスタートから中学までキリスト教系で育っているため神社仏閣は近寄ることもしませんでしたし、なんならツバでも吐き捨てるかのような場所でした。幸い、私が生まれ住む地域には信仰心の強い檀家さんや氏子さんはいません。今と同じく、祝い事は神社へ。人が亡くなったら寺へ。願い事は近所の神社仏閣へ。
少し前に、今の仕事で依頼主さんに話を伺うことにした件がありまして、そこで「それってあなたの意見ですよね」と軽くキレさせていただいたことがありました。
とある神社にどうしても行きたい理由が知りたくて伺ったのですが、当初の理由は「一昨年行ったから今年も行きたい」というふんわりとした理由で、どうしても行きたいという熱意はなく淡々としています。なので、「それだけですか?」と尋ねても熱意は特になく。
聞いた理由は、そこへ行くのが困難な場所にあることをお伝えします。近くまでなら行けることも代案としてお伝えしますが、何を根拠にかわかりませんが神社に電話で聴くと「行けます。問題ありません。その車種なら入れます」と沸々と熱が高まる感覚を感じます。
一昨年行ったから今年もという程度なんじゃないの?ですが、その車種で万が一バックするとなると何百メートル後退するかと思うと【怖い】。私は後退するのが得意ではなく、イノシシみたいに前進あるのみなので、長い距離を後退するのは恐ろしいんです。センターラインも側道のラインも引かれていない狭い道路を何百メートルも後退する。最も恐ろしいのは乗客なんです。乗客が不安に思うんですよ。前進するだけなら多少迷ってもなんとでもなりますが、低速で警告音を出しながら下がっていくのはせいぜい10数メートル。これを数百メートル下がり続けた場合不安が募るんです。「大丈夫?」
まだ序盤の目的地でこの様子だと乗客は信頼するでしょうか。今日無事に家に帰れるのだろうかと考えるのではありませんか。
というのをひと言で【怖い】のだと相手方に伝えると「何が怖いだ!オオン」とオラつかれます。とても彼らには想像できないのでしょう。オラつくような人物のいる依頼者の周辺というのは。
そこでキレさせたひと言が「そりゃ神社さんだって金儲けのためには根拠のないことも平気で言いますよ。何かあっても責任は取りませんよ彼らは」という言葉に「それってあなたの意見ですよね」と某大型ネット掲示板創設者様みたいな返事が帰ってきます。
明日は、クリスマス・イブ。ケーキはどうしてますか?私は、先日先に食べておきました。混むでしょうし特別なのを販売している今だからこそ先に食べておかないと。
これくらいの季節になるとテレビ(見ます?)CMで、関東にお住みの方なら記憶にあると思います。栃木県のとあるお寺のCM。ごーん。と鐘の音と「お参りは」から始まりお寺の名前を言うだけのCM。令和になる頃に新しい映像に変わったのかな。平成の終わり頃かな。昭和の頃から同じ映像を使って広告費を浮かすこっすいあのCM。昭和の頃は、びちびち跳ねるカツオを何年も持ち続ける少年とかありましたよね。使い古しばかりで飽きさせてくれるあの手のCM。
お寺のCMって考えたらすごい話。金と鐘とカネに塗れた、金儲けはこの季節じゃい!という心意気を感じさせてくれます。あのCMを見ても金儲けの胡散臭さを感じず心が癒やされる人はどれだけいるのでしょう。あのCMは、広告を出している寺以外の寺も多少恩恵を得ています。
今は連絡が途絶えていますが、お坊さんのお友達がいました。仏教系大学を出て今は浅草寺にたぶんいます。僧侶になるからと一切の連絡ができなくなりそのままの状態です。それを理由に切られたという線もありますが。
その元お友達は、実家がお寺でお父様の代で終わると。だから元お友達には、大学に行かせて大手に就職できるように。あれ?お寺の子じゃなくても似たこと考えてますね。
まだ大学生だった頃から思うのは、欲に塗れた人物だから好きだった。無欲を突き通すようなエリート僧侶見習いだったらたぶん友達にはならなかっただろう。流行りのドラマに憧れてなりきってる坊主って面白いですよね。自然と吹き出します。
そんなひょうきんな元お友達の僧侶は、時々真面目にお寺事情を話してくれる。調べれば普通に出てくるような話ですが、当時はまだスマホもない時代のためその道のプロから聴く言葉は重みがありました。
なぜ、お父さんの代で終わるのか。
檀家さんがもう数えるほどしかおらず、経営難だから閉めるのだと。最後の檀家さんを見送って。
せつないですね。お寺は檀家ビジネスなのはご存知でしょうか。檀家さんという信者というより支援者がいるから僧侶たちは飯が食えます。檀家さんがお経を唱えるなら〇〇さんのお寺が良いよ。と宣伝してくれますし貢いでくれます。お世話になってるからと建物の維持費を出してくれたり。墓の契約に関することも請け負ってくれる。どちらもが良い関係を築いていました。檀家さんは信仰心もあるでしょうが、地元のお寺さんだからと世話を焼くのが好きな人達。どこか誇りに思ってるのかも知れません。その檀家さんがお亡くなりになると、むかーしはその子の代や孫の代が受け継ぐのですが、21世紀にもなると信仰心なんて恥ずかしくて人に言えないとなり親の代で檀家さんも消えていきます。
お寺さんも檀家さんという信者を増やすという努力を特にしてこなかったことから尻すぼみな業界でもあります。だから、年末年始のお参りはお寺に来なよ!金落として行けよ!とまだTVCM費用が高い時代に期間限定で流していたんでしょう。
寺なら檀家。神社なら氏子。
昔から、坊主丸儲けという言葉がありますが、従業員の坊主たちには税金がかかります。なので、雇っている坊主には所得税やらなんやらとかかっており、丸儲けかというと案外そうでもない。それは神社も同じ。
少年ツネタロウの中で初期の頃のエドへ向かう直前にヒロインのチヨちゃんからお守りを貰い縫い付けるシーンがありますが、あの【お守り】。当時は代金を支払ってはいません。そういう風習がないのと、銭の流通が無いに等しい時代でもあったから。ただ、チヨちゃんはツネタロウの安全と無事に戻ることを願ってなにかを奉納しています。そこまでは描きませんでしたが、命に相当するものかもしれませんね。農家の娘なので、農作物かも知れません。これは、明日を生きるための大事な農作物。命に直結します。
神社ってお願いしたり祓ってもらったりする場所で、あまり負のイメージがないためかあまりお金が入って来にくいのかもしれません。あの綺羅びやかな建物は、氏子さんに関連する地方自治体が観光資源として注ぎ込んでくれることでなんとかなってるのでしょう。
寺は死んだ時が金儲けのタイミング。定価がないため相場とお気持ちで莫大な富を得られます。相手が大物であればあるほど金儲け。社長クラスはどんな町の商店で家族経営の社長でも擦り寄り金儲けに走ります。ここぞとばかりに。
神社のおみくじが大体どこに行っても同じような金額というのも元手がかかっていないから自販機のジュースと同じくらいの金額で出来るんです。文字は手書きじゃありませんし使いまわしでしょうし。
神社ほど料金がはっきりと記されてるところも珍しい。彼らのHPを見ると大体のことは料金が示されています。明朗会計で素晴らしい。怪しさが無いですね。すべての料金に「お気持ち」とあったらいくら包めば良いんだと悩みますが、料金設定があれば安心ですよね。
お守りって期限があって1年間が有効だそうです。これって、金儲けのための理由だと思うんです。無期限であれば半永久ですからね。神社にとって儲けになりません。回転率を下げてしまう。なんとか足を運んでほしいと考えれば、1年に1回は来て。なのでしょう。区切りの良い正月に来ればとも考えたのでしょうね。
娯楽の少ないツネタロウさんの時代なら年に何度も足を運んでいたでしょう。それこそ、暇あれば。
神社も寺も昔から金儲けのために頑張っていたんですよ。だから、行ける行けると根拠なく言うのでしょう。私はその時に「だって私信仰心の欠片もありませんから」と笑顔で答えます。信仰心が少しでもあれば金儲けのためになんとでも言うなんて言えませんからね。
神に願い事言うのに、カネを払うって失礼じゃないですか。だからといって5円は無いだろ。もっと失礼だ。と考える人は世にいることでしょう。なので千円札をぶん投げる人も出てくるわけです。ただ、神様ってお金いくら積まれても何も出来ないんですよね。実体がないから。
信仰心のない私は、カネで解決せず私の生命でお願いしています。寿命を捧げるくらいしか方法がないんですよね。むかーしの人たちも命を賭してお百度参りをしてみたり水垢離をしてみたりと命で償うしかなかった。願いを叶えるためには。それを年収の1%にも満たない金を賽銭箱に入れる。失礼な話ですよ。
神社が根拠のないおいでおいでと呼び込むのは、誰に対してもでしょうが【団体客】でしかも【高齢者】となると金払いが良いのでここぞとばかりに嘘でも平気で吐くんです。団体客ならたくさんカネを落としてくれると。なので、稀ですが賄賂いただくこともあります。神社さんからそう多くはない金額を包まれることも。「また連れてきてね」ということなのでしょうか。金払いの良い客を連れて行くとホクホク笑顔でサービスの良いことをしてくれるようになるのも彼らの欲深さですね。
社長さんに弱いのもありますね。〇〇の社長さんと言うだけで尻尾を振るのが彼らのやり口。多額の寄付が期待できますからね。【団体客】より期待できます。なので、大きな神社ともなるとVIP入口とかありますからね。一般人が入れない入口から入り待たせること無く祈祷しちゃったり。
これが、20代の【団体客】であればそこまでの接待はしません。金払いの悪い連中に尻尾なんぞ振る暇はありません。会社の慰安旅行や学校の修学旅行程度では神主や住職は出てきませんよ。No.2が出てくれば良い方でしょう。金払いの良い【高齢者】や地位の高い人にはホイホイと軽やかに登場してくれることでしょう。
それらを踏まえると、「金儲けのためだから」と伝えたのは間違いじゃないということ。命懸けのお祈りを貴方がたは、したことがありますか?命尽きても助けたいと懇願したことがありますか?
こちらとしては、クルマが壊れて明日から走れなくなるのは困りますし、壊れて修理に出すとしたらそれらの費用とその後の予約の入っていた団体さんへどう配慮してくれるんですか。どうしても行きたいなら観光バスに依頼しなさい。
無料で行こうとするから無理が出る。命懸けの祈りもできないくせに。
こんなことが実際にありました。色々と伏せてますが、言葉の通じない人たちで怖かったですね。
オラつくおじさんと話聞いてたのかよと眉をひそめたくなる責任者様。とりあえず、棒読みな担当者と最悪の団体さんでしたね。その影響もあり、直接話を伺うことが無くなりました。上司らに投げると動くらしいです。時間はかかりますが仕方ないですね。ああいう、無責任な人たちと関わるのに、なんの立場もない私より交渉力のある人たちに任せる。これが社会です。もう頑張りたくないですね。
神に願いをするなら命懸けでお頼みしたいものです。金で解決するなら年収の1%は支払いましょう。身銭をきるってそういうことですよ。5円玉じゃ神を冒涜してるのと同じです。寿命と引き換えにしてようやく願いは叶うと私は思っています。
余談ですが、先日神社さんで寿命でとお祈りしたところどうも効いてるのか?その日を境に体が一気に不調になりまして。疲れもあると思うのですが、2割減で医療費が嵩んでいます。少しでも痛みを取り除きたいと思うと医療費が。胸の痛みが強くなり、若いときに出た帯状疱疹のときと同じ痛みで。そう。帯状疱疹のときも命懸けな祈りをしたのを思い出します。突き刺さるようなあの痛み。まだTVCMもしておらず、あまり知名度が高くないあの時代。20代終盤に出まして。医者もすぐには分からず、狭心症の薬を貰って。左胸に出たので心臓と勘違いしたんでしょう。死なない病気だけど痛くて辛い。長引くこともあるから本人はしんどい。ただ、死なない。それが余計に辛い。
神様はやく連れってって。




