旅の支度、街の襲撃
勇者の率いる討伐隊は魔竜王を討ち取った。
俺はそれに同行し、魔竜王討伐を遂げ、そして今日やっと住み慣れた町に帰ってきたところだ。
勇者に同行したことが確認されると、冒険者の宿のこれまで見たこともないほどの綺麗な個室に通され、あれこれ渡されて世話を焼かれてやっと一息ついたところだ。
……元は平凡、いやそれ以下のE級魔導士だった俺がVIP待遇の賓客扱いか。
ただ勇者一行についていっただけとはいえ、やはり勇者というのはそれだけで名前の力があるのか。
勇者とともに魔竜王と戦った予想屋という触れ込みなら、客も倍増するか。いやいや、勇者の名前を出すとかえってややこしいことになるかもしれないな。
競馬の予想屋ノミ屋は決して大っぴらな商売ではない。しばらくはこっちの仕事は控えて、積み荷運びやら、採掘手伝いみたいに人目につかない仕事に専念したほうがいいかもしれない。
幸い勇者一行の金払いは良かったから当面金に困りそうにはない。というか、いままでの人生で一番金を持っているぞ! ワハハハハ! 決して楽して稼いだわけではないけどな!
昨日受け取った新たな冒険者カードを確認する。冒険者カードは、冒険者のランクと登録ギルドの証明書であり、この仕事をやっていく上での免許証のようなものだ。冒険者のランクにはS・A・B・C・D・Eの六段階あり、俺のランクは一番下のEランク、だった。
しかし昨日受け取った白い鋼に呪文で文字が刻まれた冒険者カードのこのLegend級っていうのは聞いたことがない。
元々持っていたE級ランクの冒険者カードは、クエスト手配士のお姉さんの手書きの文字が羊皮紙に滲んでいて、ところどころ擦れて読めなくなっている。
汚いけどもはや愛着のあるお守りのようにも感じている。しかし、ランクが上がれば金属製のカードで発行してもらえるとは聞いたことがあるが、Legend級のような混じりの無い綺麗な純鋼のカードなんてあっただろうか……。
なるほど一見すごそうなものだが、勇者一行の冒険に貢献した記念品のようなもので、本来の冒険者カードとは異なるものかもしれない。記念のトロフィーのようなものだろう。売ればそこそこ値がつくかもしれない。食い詰めたら売れるように大事に持っておこう。
こうして荷物を解きながら冒険者カードについて考えていると、部屋の戸を叩く音がした。
「失礼いたします。こちらに勇者一行に同行した魔導士殿はおられますでしょうか?」
返事をして戸を開けると、そこには身綺麗な格好のエルフが待っていた。見たところ女性、顔立ちは整っているが冷たい印象はない。柔らかな表情をして、百合のごとくたおやかに立っていた。
「何か用でしょうか?」
エルフの女性は恭しくお辞儀をした。
「伝説の魔導士様、ようこそおいでくださいました」
………
勇者に同行したことは事実だ。だが、事の顛末はこうだ。
✴︎ ✴︎ ✴︎
時は勇者との旅の始まりにうつる。
冒険者向けの商店に連れて行かれ、魔法剣士のマーリンからあれこれ質問を受けていた。
「つまり、あなたの魔法は筋力を直接増強するものではないんですね。これは、興味深い。物質を硬化させたり、身体能力を向上させる魔法は多くはないですが今までにも見たことはありますが、これは……」
ひととおり質問に答え終わるとマーリンはぶつぶつ言いながら一人の世界に入ってしまった。
「わしらの旅について来るとなればその貧弱な装備じゃ命がいくつあっても足らんぞ。そうじゃな……ほれっ」
「え、うわっ」
ゴーガンが軽々と投げてよこした鎧をキャッチするも、“軽々と”扱ったのはゴーガンだけで俺は鎧の重みで押し潰されかけた。鎧は急所に鋼をあてがって守る比較的簡易なものであったが、これでも砂を詰めた袋のようにずしりと重い。
そんなヘタれた俺の様子には目もくれず、ゴーガンは剣やら小手、盾、兜など冒険者用の装具一式をこちらに放ってよこした。
重い! 重すぎる!
こんな重装備、ヤバすぎる。こんなにたくさん身につけて旅をしたら魔物の前に装備の重さに殺されてしまう。
断ってもう少し軽装にしてもらおうか…と思ったが、その前に面目だけは保っておくことにしよう。
これぐらいの重さ自体は運搬クエストではよくあることだ。あまりに長い時間でなければなんとかできる。ここは…
「…エアリア」
身が軽くなる呪文を自分にかけた。物の重さはそのままだが、自分の体は軽くなっているので力を物を持つことに集中できる。これは宙に浮いた時の感覚とも違うかなり奇妙な感覚なので活用するのにかなり慣れが必要だったが、筋力の乏しい俺がクエスト(力仕事)をこなすには必須のスキルだった。
「器用なこともできるんですね」
魔法剣士のマーリンが俺の魔法に気づいたみたいだ。…こっそり使ったつもりだったが、魔法使いでなくとも魔力感知能力は鋭いな。ですよねーという感じだ。
「俺の呪文は人間にはよく効くんだ。この呪文も他人に使うことができるよ。非生物の物体にはなぜか効かないけど……」
最後の方は小さく小さく聞こえない程度につぶやいた。
「さてと。とはいえその術も日が暮れるまで使い続けられるわけじゃないんだろ。ゴーガン、こいつにゃまだそれは重すぎる、こいつと……こいつで十分だろ」
俺が何とか抱えもっている重装備から、刀身の短めな剣と薄い鋼の胸当てをひょいひょいと引っ張り出した。
「あとはおいおい揃えよう。いきなり龍の鼻先に放り出すわけじゃねーから、最低限あれば死なんだろ」
装備を軽くしてもらえるのはありがたいが、“死”の危険があるならこれはこれで不安だ。
しかもこの装備…よく見ると高い! そもそも店で売っている装備なんてのはモンスターの討伐クエストでもこなさないと買えるような代物じゃないのだ。正直これだけの金があれば俺はひと月は食っていける。だがひと月分の貯金なんてできた試しのない貧乏冒険者の俺だ。宵越しの金は持たない、じゃなくて持てない。毎日クエストをこなさないと明日の飯にも困る。うん。無理。
「言いにくいんだが、こんな高級品俺には買えないよ」
「金は要らねー。これはパーティーの資金から出す。これはお前への投資だ」
勇者はそういってさっさと会計を済ませた。
気前がいい。着いていけばもっとおいしい思いができるかもしれない、などとこの時は考えていた。甘い考えだ。
店から出ると街の外れからものすごい音が聞こえてきた。建物が崩れるような、何かが爆ぜるような轟音だ。
遅れて悲鳴と叫び声が入り混じったような騒めきが響く。
ヤバイ雰囲気だ。こういう時は逃げるに限る。しかし、ここで勇者はどうするだろうかとふと気になった。
しかし気づけば俺はひとり取り残されていた。
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