倍率ドン!さらに倍!そして、突風
勇者の率いる討伐隊は魔竜王を討ち取った。
俺は討伐隊唯一の魔導士として同行し、古龍の城に攻め込み、数々の魔獣を切り伏せ、
魔術を駆使し、ついに世界の脅威、魔竜王の討伐に成功した。
勇者が魔竜王の灼熱のブレスに倒れそうになったとき、守護の呪文で攻撃を打ち消し、
勇者の一撃と共に伝説の呪文を唱え、鋼鉄の鱗を打ち破った。
俺が町に戻ったとき、冒険者の酒場ではそういうことになっていた。
それを教えてくれたのは、冒険者ギルドのクエスト手配士のお姉さんだった。
「え、俺が伝説の魔導士!?」
「そうですよ。ですので、冒険者ランクも特別枠のLegendに昇格です!」
いや? いやいやいや。ちょっと待ってくれ。
噂に尾ひれがついたどころかリバイアサン級の大きな話になってしまっている。
「何かの間違いでは? ……確かに勇者に同行したけど、俺はEランクの平凡冒険者なんだけど」
「いやいや、ご謙遜を。勇者様自身が、“他の誰にも使えない魔術”で今回の冒険に必須の人物だったと語っているそうですから、絶対間違いないですよ!」
クエスト手配士のキラキラした羨望の眼差しに、これ以上の弁明はしづらくなってしまった。
受け取った冒険者カードにはLの文字が鈍く輝く金文字で刻印されている。こないだまでEランクの平凡魔導士だった俺は、なんの間違いかLegend級の冒険者に認定されてしまったのだ。
どうしてこんなことになってしまったのか。まずは状況を整理しよう。
宿屋に冒険者カードを提示したら、なぜか無料で泊めてもらえたので、くつろぎながら順を追って考えてみることにした。
勇者に同行したことは事実だ。だが、事の顛末はこうだ。
* * *
とある本件とは全く関係ない退屈な「荷運び」クエストをやっつけて、報告のため冒険者ギルドに顔出した。
酒場と一体になっているギルドには、数名の冒険者たちが昼間っから飲んだくれている。
その中の一人がからんできた。
「やあやあ、また魔導士が肉体労働をしてきたのか。いやはや、健康的だなぁ……」
魔導士ギルドの兄弟子のホラスである。顔を合わせるといつも嫌味を浴びせてくる。俺は肉体強化の補助呪文しか使えない。だから俺がこなせるクエストは戦士が請け負うような、荷運び、大工仕事、引っ越し手伝い……などなど。決して見下されるような仕事ではないし、人々の役には立っていると思う。
しかし、確かに魔導士の仕事ではない。
「日銭稼ぎに精を出すのもいいが、しっかり修行して火炎呪文の一つも習得したらぁ?」
火炎呪文などの攻撃呪文を覚えなければ、モンスターの討伐に連れて行ってはもらえない。そんなことは百も承知だが、あいにく俺には攻撃呪文の才能が全くなかった。火炎呪文なんて、煙草に火をつける程度のこともできない。そんなことは兄弟子であるホラスが一番よくわかっているはずだ。それに負け惜しみじゃないが興味もない。どうせ下っ端魔導士がこなせるモンスター討伐クエストなんて、危険な割に銭払いは悪い。
俺は人助けで冒険者をやっているわけじゃない。生活のためにやっているのだ。
なーにいつものことと、嫌味な兄弟子は無視してクエストの報告を終えさっさと退散するつもりだった。
だが、なにやら外がざわついて、そのざわめきがそのまま酒場に入ってきた。勇者一行が野次馬を引き連れて酒場にやってきたのだ。
こんな田舎町に勇者が何の用かと様子を見ることにした。
…なにやらクエスト手配士に相談があるようだ。
「腕の立つ魔導士を紹介して欲しいんだが」
勇者一行には魔導士がいなかった。勇者と、重装騎士に魔法剣士の三名。彼らもいくつかの魔術は使えるが、確かに魔導士はいなかった。彼らの剣はあまりに強く、魔術を使うまでもなく数々のモンスターを切り伏せてきたのだ。つまりガチ肉体派の物理攻撃超特化パーティーってわけだ。
勇者の呼びかけに、ギルドで名うての火炎魔術士や精霊魔術士などが名乗りを上げた。彼らの実力を試したのは勇者一行の魔法剣士マーリンだった。王国の武術大会で勇者と引き分けた王国最強の剣士の一人、武術に興味のない俺でも知っている人物だ。
「僕が彼らを試しましょう。私に魔法を放ちなさい」
マーリンは名うての魔導士たちに得意の術を放つように命じた。魔導士たちは彼に巨大なファイアボールや、鼓膜が破れそうなぐらいの轟音を響かせる稲妻を放った。その中には嫌味な兄弟子も混じっていた。
すげえ。魔竜王を討伐するのはやはりこういう偉大な魔導士なのか、と思いながら俺は酒場の端から眺めていた。
「素晴らしい威力です。しかし、これでは魔竜王の鱗一枚だって剥がせませんね」
マーリンの評価は厳しい。こんなにすごい呪文でも魔竜王には通用しないのか。
竜の恐ろしさを胸に刻み、決して関わらないことを胸に近い酒場を出ようとしたとき、
「ねえ君、その恰好、魔導士だろ? ちょっと力を試させてくれないか?」
ぶしつけな口調で呼び止められ振り返ると、その声の主は勇者だった。
尻ごみする俺のローブをつかんでマーリンの前まで引っ張っていく勇者。
「なんだかひょろひょろのやつを連れて来たのう。こんなやつまで試す必要あるんか?」
重装騎士のゴーガンの言葉にすこしむっとする俺。E級魔導士にだってプライドはある。
ローブの皺を整えて、ゴーガンをじっとにらむ。俺なら一枚担ぐのがやっとであろうプレートシールドを何枚もつなぎ合わせたような分厚いアーマー。ヘルムの奥の鋭い眼光……、にらんだことを後悔し、目線をそらした。しょうがない、冒険者の格が違い過ぎる。
えーい、こうなったらどうにでもなれ、と一番使い慣れた呪文を放って恥をかく前に退散しようとした。
「スピーダ!」
カッと光る俺の杖。しん、とする酒場。魔法剣士には何も起きていないように見える。そりゃそうだろう。俺の使える魔法には、相手を攻撃する呪文なんてひとつもない。一人じゃ何にもできない補助呪文ばかりだ。
……いや、これすごいんだぞ!今使った《スピーダ》は、俺の最も得意とする呪文。呪文を受けた相手をちょっとだけ素早くするのだ。魔導士ギルドにだって他に使えるやつは一人もいない超レアチート呪文だ。チートといっても残念ながらチート級にすごい威力、というわけじゃない。
使い道はこうだ。馬券を買った馬をばれない程度に“応援”し、ばれそうになったら自分の逃げ足を加速!……本当のチート行為に使うわけだ。我ながら姑息。
とはいえ、これが勇者一行の目に敵うわけもなし。一応呪文は見せたわけだし、さっさと立ち去ろう。チート呪文は人に見せるようなもんじゃないな。
酒場の出口に向かおうとしたとき、巻き起こる謎の突風。窓はガタガタと揺れ、隙間からはヒュウと風が鳴った。気づくと先ほどまで酒場の奥に陣取っていた魔法剣士マーリンがいつのまにか俺の前に立ちふさがっていた。なんという速さ。
しかし、その速さに驚いたのは俺だけじゃなかったらしい。酒場の連中も、マーリン当人も目を丸くしていた。今の突風はマーリンが駆け抜けたからなのか。
なるほど。ロバと見分けのつかないぐらい小柄の競走馬にしか使っていなかったから今まで気づかなかったが、どうやら俺の呪文スピーダは呪文を受けた者の能力に応じて強化される速さもすさまじいものになるらしい。さすが肉体派勇者一行。人並外れた身体能力が俺の呪文で倍率ドン!さらに倍!というわけだ。
「おい見たか、今の……」
「いや、そのはずだが……見えなかった」
存外に驚いてもらえたらしい。勇者一行は興味ないだろうが、ここでアピールしておけば、見ていた冒険者がもっと割のいいクエストを紹介してくれるかもしれない。チート行為など余計なことは伏せ、いかにレアな呪文であるかを鼻高々に説明した。
「他にはねーのか?」
話を遮って勇者が割り込んできた。
なんだ、さすがに勇者にとってもこの呪文は珍しかったか。何せこの世界の戦闘は呪文の撃ち合いが基本。だから戦闘に使える爆発呪文や氷結呪文、治癒呪文の熟練者はどこにでもいるが、戦士を強化する補助呪文なんて使えるやつも少なけりゃ、まして俺ほどやりこんだ奴そうそういるわけがない。
ふっふっふ、やっと俺の才能を理解できるやつが現れたか。
早速俺の自己流呪文の数々を披露すると、何やらひそひそと話し合いを始めた。
「これは使える気がします」
「しかし、呪文以外は本当にE級かそれ以下の能力じゃぞ」
「いいんじゃねーか、俺たちでみっちりしごけばなんとかなるだろ」
面倒事に巻き込まれる予感はした。後々ここでこっそり逃げ出していれば……と思うこともあった。
しかしこの時は状況がつかめぬままに、気づけば勇者とマーリンに両肩をガシッと捕まえられてしまった。
「お前、えーと……名前は何という?」
「……ノミと呼ばれているが」
状況を飲み込めないまま、通り名を答えた。競馬の予想屋、ノミ屋のノミ。俺は意外と気に入っていた。チート呪文を使っても競馬で確実に勝てるわけではない。E級冒険者の少ない収入を賭けるには頼りない能力だ。しかし、それぐらいが競馬の予想屋にはちょうどよいハズレ具合だった。そんなわけで俺は自分の金で馬券を買うのをやめ、そこそこ当たるレース予想を売る予想屋のノミとしてそこそこ名が売れていた。
「ふん、気に入らんが……ノミ、お前を本日から魔竜王討伐隊魔道士に任命する」
思わずのけぞりそうになるも、両脇をガッチリつかまれていたおかげで倒れずに済んだ。
「と、討伐隊に俺が!?」
「そうです。他の誰にも任せられません」
「E級魔道士なのに?」
「わしらにとってみればE級もA級もさほど違いはないわい」
目を白黒させながら、後ずさりしようとするもゴーガンにがっちり腕をつかまれ逃れられない。
「魔竜王を討伐したら王国の英雄だぜ? それにこっちのほうも……」
勇者はそう言いながら腰の袋をゆすって俺の最も好きな音、つまり金貨のぶつかりあう小気味の良いジャラジャラという音を立てて悪い笑顔を浮かべてこちらを見ている。金、金、金。ああ、それにしても金が欲しい。
気づけば俺は目玉がコインになったまま誓約書に呪文でサインを焼き付けていた。
こうして俺は魔竜王討伐隊に同行することになった。
全十二話程度で書いていこうと思います。
よろしくお願いします。