これ、大苦戦ってやつ?
男の顔面が思い切り凹み、さっきまでいた外へと大きく弾き飛ばされた。
「えっと……私もですか?」
ミケの言葉に、イッソウの顔が少し青ざめた。
「……ふむ、どうやら地上げ屋がお出ましのようじゃの」
しかしその言葉には耳を貸さず、ミケはゆっくりと外へと出向いた。
軽く左右を見渡す。
「デカブツを含めて……10、いや、15……あれ?」
「相変わらず数えるのへたくそだね、ミケ」
ミケの後ろから、ひょっこりとソーキチが顔を出した。
「うっせーバカ! っつーかお前も戦うんだからな、準備しろ早く」
「20人いるよ、だけど僕戦うの苦手だからさ、あとはミケとイッソウに任せるね」
「バカ言え! デケぇ奴もいるんだぞ、あたいとバカ烏だけじゃちょっと…!」
「先ほど千人力と言った方はどちらでしたかな~?」
そしてソーキチの背後から、イッソウも顔をのぞかせた。
「バ、バカ! あれは例えだっつーの、無理! 無理!」
「20人片付けるのでしたら、ちょっとはお金弾んでもらわないとですね……」
「お前! こんなときにまでカネ取るのかよ!」
ミケの表情が、だんだん焦りの色に変わっていく。
「私はあの子と2人で逃げることにしますよ、それでもよろしいのですか?」
翼が変化した手の指で、イッソウは心配そうに見つめている少女を指差した。
「かかれ! みんな殺してもかまわん!」
「へ!?」
3人の会話を断ち切るかのように、盗賊の一人が声を上げた。
茶屋の入り口を取り囲むようにしていた盗賊たちが、一斉に攻め込む。
「しかたねぇ! 一人5人な!」
「ちょっとミケさん! 一人頭の換算まだ済ましてないですよ! それに我々3人だと5人余ります!」
「分かってンだろバカ烏! 4人目がいるってことをさ!」
攻めてきた一人の顔面にパンチを食らわせながら、ミケは叫んだ。
「4人目……あぁ、そういうことですか」
その言葉にイッソウはうなづくと、その大きな手のひらをポン、とソーキチの肩に置いた。
「ソーキチさん、我々も戦いましょうかね」
「僕……苦手だよ、こういうのさ……」
背負っている2本の長槍を面倒くさそうに抜くと、ソーキチはとぼとぼと歩き出した。
「イッソウ、危ないときは頼むね」
「いいですよ、あなたはまだ小さいから出世払いでね」
「よく分からないけど……それでいいや」
そのソーキチの足取りは、あきれるほどに頼りなかった。
「さてバンライ殿、私たちが劣勢になったときは、アレお願いしますよ」
天井の吹き飛んだ茶屋、いまだに奥で茶をぺろぺろと飲んでいるトカゲに、イッソウは語りかけた。
「それなんじゃが、イッソウ」しかしその声は非常に頼りなかった。
「ワシもここ最近トシのせいか、記憶があやふやになってきてのぉ、解封の言葉が思い出せんのじゃよ」
「え?」イッソウの鼻眼鏡がずるりと落ちる。
「すまんなイッソウ、おぬしも一緒に見つけ出してくれんか?」
「って、おい! ジジィ! ンな時にいちいち思い出していられるかってーの!」
イッソウの思いを代弁してくれたのは、乱闘から戻ってきたミケだった。
彼女の後ろには、ミケの豪腕で瞬く間に打ちのめされたならず者が10人、山となって積まれていた。
「ミケさん、お怪我は?」
「大丈夫、あいつらそれほどたいした戦力じゃないからね……けど」
「けど……なんですか?」
「あと5人、こいつらちょっと手ごわいぜ。デカブツもいるし」
ふと前方を見ると、ソーキチが刀を持った賊数人を相手に、2本の槍で戦っているのが見て取れる。
「だっ! やっ! はぁ!」
掛け声こそ勇ましいが、いかんせんソーキチはまだ子供、どちらかと言えば避けるほうのが手一杯に感じられる。
「ほれほれどーしたガキ! 持っているその槍は飾りか!?」
「はぁ……仕方ないですね」イッソウは腰に下げていた数本の巻物のうち1本を取り出し、読み上げた。
「殺すのはご法度じゃぞ、イッソウ」
「わかっておりますよ、ほいさ!」
耳慣れぬ言葉を唱えること1分あまり、おもむろにイッソウが翼状の右手を軽く振ると……!
突然、ソーキチと刃を交えていた賊の足元の地面が瞬時に消滅した。
「消えた!?」唐突な事態に驚くミケ。
「いえ、ちょっとした穴を開けただけです、まぁ抜け出すにはちょっと時間がかかりますがね」
イッソウが得意そうににやける。
「え? あれ? きえちゃった?」
当の本人、ソーキチだけは気づいていないようだった。
「んじゃとっとと残りを片付けますか、お代はあとから請求するとして」
「はいはい、やっちゃいますかね、イッソウさん」
相変わらずの調子にあきれ果てたミケがつぶやいたとき、前方にいたソーキチが今度は、消えた。
ブォン!!
巨人の一迅の豪腕が、ソーキチのその小さい身体をなぎ払ったのだ。
「「ソーキチ!!」」
距離にして10m近くであろうか、少年はまるで風に舞う落ち葉のように、ころころと転がり、力なくくず折れた。
「ちっちゃくったってようしゃはしないよグフフフ」
巨人は倒れたソーキチをつまみあげると、今度は少し放れた岩壁に叩き付けた。
「ソーキチ……! くっ! てめぇ!」
焦るミケたちの前に、残りの賊が集結した。
「悪ィな、抵抗する奴ぁ女子供でも殺していいって、賊長の命令なんでな……」
「くそぉ! おいジジィ! きーわーどとか言うの思い出したのかよ!」
もてあそばれるソーキチに歯噛みしながら、ミケは茶屋の前にいるバンライに叫んだ。
「前回はなんと言ったら覚めたんじゃか……ホームレス侍だっけかのぉ?」
「違います! たしかこの前はミジンコ侍でした!」
「違うそれは先月だ! この前はバカ侍で発動したんだよ!」
「ナニ変な話してんだ、貴様ら」
「うっせーバーロー!」
ミケの回し蹴りが、賊の一人の後頭部に炸裂した。
「グフフフ、そろそろこのおチビちゃん、死んじゃうぞー」
巨人は丸太の如き右腕をぐるぐる振り回し、小さき命にとどめを刺そうとしていた。
地面に何度も叩きつけられたソーキチには、すでに意識は無かった。
しかしその両手にはしっかりと、2振りの槍が握り締められている。
だが……
「しね~い! クソチビ~!」
まさに今、巨人の拳がソーキチに向かって振り下ろされようとしていた。