旅は道連れ……?
時は少しだけ流れて、本編開始です。
「あ~!もう疲れた!朝からずーっと歩きっぱなしだよ!どっかに茶屋とかないの!?腹もすいたし!」
家一軒すら見えぬ山道を、4人の獣の姿をした人が歩いていた。
1人は小柄な茶の柴犬の子供。
1人は猫の耳と尻尾を持つ少女。
1人は2本足で歩く烏。
そしてもう一人、彼だけは紛れもない人間の姿だった。
「つーかさ、なんでメシの買い置きとかしておかないのさ?あたい信じられないよ、フツーこういう長旅の時は……」
「いい加減にしなさいミケさん、余計お腹がすきますよ」
早口で延々不満を漏らしていた猫の少女=ミケを制するかのように、長身の烏=イッソウは静かに口を開いた。
イッソウのその姿は、山伏が着ている法衣に鼻眼鏡という姿。
それは皆の言うところの「カラス天狗」そのもの。
「だけどさイッソウ、愚痴でも言わなきゃやってられないってば、っつーかアンタはいいよ、荷物軽くする術かけてンだからさ」
ミケは悪戯っぽい目で、イッソウの胸を肘で小突いた。
生粋の和服なイッソウとは違い、ミケはTシャツに薄茶の袖なしベスト、それに短いパンツに草鞋履きといった珍妙ないでたちだった。
しかしながらその手足の指には鋭い爪がチラリと見え隠れしており、彼女もやはり獣人ということが見てとれた。
「それはその、私も以前は神仏に仕えていた身ゆえ、こういう術は心得ているのであって……」
と、イッソウは翼状の大きな手を、ミケにばさりと向けた。
「今日一日、この術をお前にかけてしんぜよう、50文でどうだ?」
「ちょ、ここでも金取るのかよ!?」
「でたぁ~、イッソウお得意の有料奉仕!」
先頭を歩いていた小さな柴犬の少年=ソーキチが、無邪気な笑顔でカラス天狗を囃し立てる。
「し……失敬なソーキチ!これはお布施なのです!仮にも私は神仏に……」
「いい加減さぁ……お前、破門されたってことを認めろよな」
ミケが呆れ顔でイッソウの肩をポンと叩いた。
「破門されてなぞいない!」
イッソウのその大きな拳が、怒りでプルプル打ち震える。
「でもぼく聞いたよ、イッソウって町で托鉢してたとき、女の子ナンパしちゃったから破門されたんだって」
「だだだ、誰からそんなことを聞いたんですか!?」
イッソウのその言葉に、ミケは知らない知らないとブンブン首を横に振る。
「まぁいいでしょう、だけどそういうことはあまり口にしないでください、ソーキチ」
「うん、わかった!」
ソーキチは、ガラゴロと下駄の音を響かせながら、また山道の先を走っていった。
「まったく……本当にまだまだ子供ですね、ソーキチは」
深いため息をつきながら、イッソウが言葉を紡ぐ。
「だけど……ね、やっぱ不思議だよね、あいつって」
年季の入ったオンボロの胴着に、同じく擦り切れて短くなった黒い袴。
同じくかなり古びた下駄を履いているのだが、これがミケにも持てないほどの重さの鉄下駄だった。
背中には少年の身長の倍の長さの槍を2振り、×印に結わえ付け、背負っている。
同じ年頃の少年にしては不思議な風体、それがソーキチだった。
「ね、ね、疲れてない?」
ソーキチは一行の先頭を歩く、これまた同じくらいの人間の子供に笑顔で語りかけた。
「うむ、わしの千里眼によると、もう少し歩けば開けた場所に出るのじゃ、そこに小さな茶屋がある、そこで休むとするか」
子供の声とは思えない年季の入った男の声が、人間の子供から聞こえた。
「うん、じゃそこでご飯にしよう、僕もおなかすいちゃった」
ソーキチが子供に話しかけるが、しかしその瞳には一点の光もなく、表情すら失われていた。
「そろそろ馬も欲しいところなんじゃがのぉ。何せ路銀が無くてな、イッソウ以外は」
人間の子供の肩から、一匹の小さなトカゲが顔をひょっこりのぞかせた。
それが、この子供の声の主=バンライだった。
「あ、みえた! みえたよ茶屋! すごいやバンライ!」
ソーキチの下駄の音が、あっという間に遠ざかっていった。
………………
…………
……
茶屋とは言っても、それは小高い丘のてっぺんにポツリと建っている寂れた民家だった。
無論ソーキチ達一行以外に客はおらず、少し肌寒い風が「茶屋」と書かれた看板を揺らしている。そんな有様だった。
「ちぇっ、誰もいないのかよ、もしかして空き家?」
年季が入って建付けが悪くなった戸を開けるなり、ミケが一言。
店内は薄暗く、本来ならば旅人でにぎわっているはずのテーブルにも、うっすら埃が積もったまま。
「だね、お店の人の気配……さっきはしたんだけど」
鼻面をひくひくさせながら、ソーキチも続けて入店。
「まあ、おおかた町にでも下りたんじゃないのかのぉ、ここじゃお客もそれほど来る場所じゃなし」
少年の肩にとまったバンライが、辺りをきょろきょろしながらつぶやいた。
「そうですか……いやそれは失敬、君みたいな……がこんな……ひとりで切り盛りしているなんて」
ふと、外から小さな話し声がミケの耳に入ってきた。
「大丈夫、君を守ってあげるさ…心配しないで」
そういえば、面倒くさそうに列の最後を歩いていたあの烏がいない。ひょっとして!?
外に出たミケは、こっそり茶屋の裏口をのぞきこんだ。
「さぁ、わけをぼくに全て話してくれ、君の悩みはぼくの悩みでもあるんだから」
さっきまで死にそうな顔をしていた烏とは全然違う、妙にキザぶった、そしてすごく優しい。
「イッソウ! おめー!」
年頃の女性を見るとナンパモードに豹変するイッソウ、悪い癖がまた出たのだ。
ネコの忍び足でこっそり背後に近づき、思いっきりイッソウの尾羽根を引っこ抜く!
ブチブチブチッ!!
「コケーーーーーーーーーーッ!」たまらず飛び上がるイッソウ。
「きゃっ!」そのジャンプに思わず、話していた女性も驚く。
その女性は年にして15,6だろうか、人間の少女だった。
「ミ……ミケ! 何ですかいったい! 私のここの羽根は抜くなと、いつも言っているではないですか!」
鳥肌状態のお尻をさすりながら、イッソウが涙目で抵抗する。
「あーら失礼、ナンパ師の破門僧さん」ニヤつきながらミケも反論。
「くっ……それだけは、それだけは!」
「ぷっ」
そのやりとりに、今まで不安そうだった少女の表情が、少しだけ和らいだ。
「ね、ね、4人分なんだけどさ、軽く食べるもの、作ってくれるかな?」
種族は違えど共に女性同士、イッソウのときとは違った微笑で、ミケは少女に優しく語りかける。
「は、はい、すぐに作りますね」
少女はそそくさと、裏口から茶屋に戻った。
「……いずれバレるの分かってるンだからさ、もうやめたら? あんたのナンパ癖」
「し、しかしですね、その、種族を超えた愛と言うものは、この世に一番必要なものではないかと……ハァ」
トントンと小気味いい包丁の音、そしてご飯の香りが2人の鼻をくすぐる。
「つーかさ、イッソウってあたいのことナンパしたことないよね? なんでなの?」
人差し指の尖った爪で、ミケはツンツンとイッソウのくちばしを突付き始めた。
「オトコ勝りと胸の無い奴は範囲外……だからだ」
ブチッ
イッソウの悲鳴が山中に響き渡った。