西遊記? いやいやそうじゃなくて。
ー今は昔。といっても、こことはちがった世界、ちがった世界でのお話。
数多くの豪族たちがこの国を治めたいが為に戦い続け、結果いくつものクニが乱立していました。
荒れすさんだこの地を、人はいつしか「乱土」と呼ぶようになりました。
しかしそんな中でも、民は神様を信じ、希望をその中に見いだしたかったのです。
明日どうなるかさえもわからないこの国だからこそ。
このお話は、そんな神様を巡る戦いの、ほんの一部分。
「おい!ここの鎖を解いてくれ!頼む!」
太陽の光すら差し込まない洞穴の中、まだ年端も行かない子が、両手両足、さらには首に太い鎖を巻きつけられた状態で、何やら叫んでいた。
その首元の鎖の一端には木札がかけられ、殴り書きでこう記されている。
ー暴虐無尽極悪人につき鎖縛刑 話しかけるべからずー
「見てわかるだろ? 俺みたいなチビが悪党に見えるわけねぇだろ? だから頼む、俺以外の手ならば簡単に解けるんだ!」
その声の主が言うとおり、鎖につながれているその者は、本当に子供そのものだった。
……口調を除けばだが。
そしてその子供が懸命に話しかけている相手もまた、同じくらいの様相の少年だった。
高僧の纏う綺麗な法衣に身を包んだ、それもまた明らかに場にそぐわない服装。
暗い闇の中でもキラリと輝きそうな金色の髪。しかしその両手と両足首には、同様の色をした金環がはめられている。
少年の瞳には、感情の欠片が一切存在しなかった。
何を考えているのかすらも分からない、光の無い瞳。
ただぼうっと、その瞳は正面にいる悪党らしき子供に向けられていた。
「おいコラ、さっきっからこんだけお願いしているっつーのに、全然聞こえてないわけ?」
「………」
その少年の唇は固く結ばれたままだった。
「坊さんなんだろ?俺を助けにここへ来たんだろ?だったらさ、な?」
「………」
「お願いだ、後生だ坊さん!自由にしてくれたらアンタの為になんだってしてあげるよ!だから、おい」
極悪人の言葉から、希望という勢いがだんだん失われつつある、その時だった。
「……お主、今なんでもしてやると言ったな?」
少年の年齢とは全然かけ離れた、高齢の男のしわがれた声が、また別の場所から聞こえてきた。
「へ…?あれ、坊さんの声じゃ…?」
「もう一度問うぞ、おぬしの鎖、解けば何でもしてやるか?」
「あ? あぁ、そりゃ、もう」
明らかにこの少年とは違う、その声にいまだ実感が沸かなかった。
夢でも見ているのか?いやちがう。
なんなら目の前にいるこの高僧らしき少年は、もしや…?
極悪人の少年がふとその事を思った瞬間、少年の右腕がゆっくりと首元の錠前に触れた。
その顔は相変わらず無表情のままだったが……
ガシャリ。
錠前が外れた……というより、崩れて落ちた。
そしてそれに続くかのように、両手両足に固く縛りつけられていた鎖も、同様に崩れ、砕け落ちていく。
鎖の支えを失った極悪人の少年もまた、少年の足元にぐらりと倒れこんだ。
「は、はは……ちょっと、うそじゃねぇの?今、鎖が…!?」
途端に喜びと笑いがこみ上げてくる。
「嘘ではない、この坊ちゃまの神ゆえの力じゃ」
例の男の声は、少年の足元からだった。
慣れぬ暗闇の中、じっと目を凝らして覗き込む。
「へ!? トカゲ?」
「うむ、その通りじゃ」
小さなトカゲ。少年の足元にいたそのさらに小さき存在が、ずっとその極悪人に話しかけていたのだった。
「さてとお主、さっきワシに言ったこと、忘れてはおらぬじゃろうな?」
「あ、あぁ、なんでもするさ、だけどな……」
ユラリと立ち上がったその極悪人は、その側にかけてあった2振りの槍に、すばやく手を伸ばした。
「まずはちょっくらここで黙っててもらおうか!」
慣れた手つきで槍を振りかざす悪党。さっきまでも弱々しい声は、もはや微塵にも感じられなかった。
「くっ……騙しおったかお主!」トカゲは高僧の肩へとスルスル昇っていく。
「へっへーんだ、嘘もまた方便ってね、騙されたおまえ自身を恨みやがれ!」
槍の切っ先が軽く風を切り、少年の首元へと突き出されていった……
その時だった。
「うそはいけません」
今まで真一文字に結ばれていた少年の口元から、小さくか細い声が紡ぎだされた。
「うっせぇボケ!嘘だろうがなんだろう……がぁあ!?」
極悪人は絶句した。
少年を突こうとした槍が、首元僅かのところで止まってしまったから。
いくら力を込めても、その槍は見えない謎の壁によって、ピクリとも動かない。
「だぁあ!えい!くそぉ!何の術つかってるんだ!」
今度は押しても引いても、槍自体が動かなくなってしまった。
「だから言ったであろう、神の力だと」
「くそ…っ!神だ神だって、ンな場所に神様が来るわけねーだろうが!お前こそ嘘つくな!」
「嘘ではない…この力を目にしてわかるであろう?」
「ンなろぉ!神様なんて俺は信じねーからな!ちっくしょう!」
肩に座っていたトカゲが、少々呆れた口調で、また極悪人に語りかけた。
「本当の嘘つきはお主であろうが、それすらも分からないのか?」
「くそぉだまれだまれだまれ!俺に指図するな!」
「ならば…」
いつ終えるかも分からぬ押し問答に飽きたトカゲが、その鋭利な瞳を極悪人に向けた。
「お主のその野蛮極まりない心、ちと封じさせてもらうとしようか」
「え?」
トカゲはその細い後ろ足で立ち上がると、大きく息を吸い込んだ。
「ちょ、待てよおい!」
腹と胸に大きく空気を蓄えたトカゲは、今度はその息を声に変え、衝気の如く極悪人に浴びせかけた。
「封心!!」
「だああぁぁぁぁぁあああああああああああ!」
その大きな気の波は、一気に極悪人を洞穴の奥の壁に叩きつけた。
「まことの心になるのじゃ……罪人よ」
気を失った極悪人の少年は、ボロリと壁から崩れ落ちた。
「らめぇ……」