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第四話 北上


 金盞花(きんせんか)から洞窟を追い出されて数日がたった。


 何が彼女の気に障ったのか、ジョンは考えていた。

 きっと、あの首飾りが気に食わなかったのだと考えた。


 なんせ金盞花はお姫様だったのだ。クソ田舎の安っぽい装飾品を自分のごとき半人前に送られるなど、きっと侮辱と受け取ったに違いない。ジョンはそう結論づけた。


 彼女から威嚇され、来るなと言われたジョンがその通りにしたかと言えばそんなこともなく、相変わらず毎日洞窟に足を運んだ。

 ただし洞窟の中には入らず、金盞花に会うこともない。入り口に魚を置くだけですませた。謝罪の手紙も置ければよかったのだが、田舎の若者であるジョンは無筆だった。


 ある日、村長の家で話し合いが行われた。


 この村の惨状を打開する方策についてだ。

 その結果、北の海へ遠征することが決定した。遠征というよりは、北方の漁村の応援に行くことで、分け前をもらおうということだった。


 その遠征隊に、若いジョンも選ばれた。


 遠征には何日も何十日もかかると言われ、ジョンは頭を抱えた。

 自分が村を離れれば、あの美しい金盞花が餓死すると、真剣に考えたのだ。


 ジョンは腹を決めた。

 出立の前、ジョンは居残り組の漁師たちに、ついに崖下の漁場を教えた。

 村長は、ジョンが無謀にもリスクを犯したことを責めた。崖下に魚はいないと嘘をつかれた仲間はジョンをなじった。


 ––––何とでも言えよ。とにかくチャンスは崖下にしかない。


 村の中でもジョンの漁獲量は頭一つ抜けていたので、村人たちはそれ以上責めることはしなかった。


 ジョンは居残り組に注文をつけた。


 渦と崖の間に、魚の溜まり場がある。

 渦の対面の崖に洞窟があるのだが、獲った魚の一部を必ずその洞窟の前に置かなければならない。

 洞窟の中には決して入ってはならない。

 洞窟の前に置く魚の数は、必ず六匹以上でなくてはならない。

 六匹より多ければ多いほど望ましい。

 自分が村を離れても、必ずそれを行なって欲しいと。


 村長が、なぜだと訊く。洞窟の中に何があるのだと。

 ジョンは、洞窟の神がいるのだと答えた。


 村人たちは顔を見合わせた。

 村にやってくる伝道師は、この世に神はただ一つであると言っていたからだ。神があちらこちらに出没するのは邪教の教えだと、村人たちは教えられていた。


 ––––けど俺は、洞窟の神に漁場を教えてもらったんだ。


 ジョンの言葉に、村人たちは納得した。村人たちも別に伝道師を否定したいわけではないが、積極的に肯定していたわけでもない。リケウィフなる神に何か助けられたこともないし、割とどっちでもよかったのだ。


 遠征の準備を整え、ある朝ジョンと遠征組は旅立つことになった。

 ジョンは見送りに来た母と抱き合ったあと、村人たちに言った。必ず、洞窟の神に魚を捧げるようにと。洞窟には決して入るなと。

 居残り組の一人が、中に入るとどうなるのかと尋ねた。

 ジョンは深く息を吐きながら、一言一言を噛みしめるように言った。


 ––––そんな、ことをすればかなり、その……怒られる。頭突きとかされる。痛い。





 ジョンたちは舟で海岸線に沿い、北の村を目指した。


 ジョンは旅の間、時折懐に入れた首飾りに触れて、金盞花を想った。


 北の村に着いた時、ジョンたちはそこを自分たちの村よりもさびれて見えると感じた。くすんだ色の家屋が、海を臨む斜面に立ち並んでいる。


 ただ、そう見えたのは雲が重く立ち込めて、暗かったからだ。おまけに風も強い。


 ジョンたちは村長の家へ招かれ挨拶を交わしたが、豪勢な料理でもてなされた。ジョンたちはもうずいぶん、それほどたくさんの料理で腹を膨らませたことはなかった。この村は天気が悪いだけで、ジョンの村よりも栄えているのだ。


 村長は髭面の、大柄な男だった。両側に二本の角を生やした帽子を被っていた。角は魔鯨の牙だという。

 ジョンたちに、漁を手伝ってもらえることを嬉しく思う、と、沖にいる人間に呼びかけるようなとても大きな声で言った。


 その次の日から、ジョンたちは漁に出ることになった。


 が、その朝にまず、北の村の漁師たちはジョンたちを、浜辺近くの岩場にある、祠へと連れて行った。

 北の村の者たちがその祠へ何か祈りを捧げている。

 北の村の者はジョンたちにもそれにならうよう言ってきた。

 ジョンの仲間が、それは何かと聞くと、北の村の者は、


 ––––海神様だよ。漁に出る許しを得るんだ。許しがなければ、魚を得ることはできない。許しがあれば、大漁が見込める。


 神とはリケウィフ様のことではないのかと仲間が訊くと、北の村の者はそんな名前初めて聞いたと答えた。


 仲間たちは少しためらったが、ここは北の村だ。漁に混ぜてもらうなら、そのしきたりに従うべきだ。海には海の、波には波の、千変万化その時々の掟があるものだ。そう判断したジョンたちは祠の前に跪き、見よう見まねで祈りを捧げた。


 海へ繰り出した。


 冷たい海だった。風も強く、操船は難しかったが、それでもジョンたちは喜び勇んで漁に励んだ。故郷の村よりもたくさんの魚がいたからだ。


 一日の終わりに獲れた魚の一部を北の村に納め、残りを塩漬けにする。これをあと数日続けて、魚を村に持ち帰るのだ。


 ジョンの仲間たちに、北の村の人々は親切だった。


 とりわけ娘たちは。

 北の村は男が少なかったせいだ。男が少ないのは、北の海はジョンの村のそれと比べて荒れていて、操船が難しいためだろう。落ちて死んでいくのだ。


 ジョンはとりわけもてた。


 ジョンは若く、端正な顔立ちだ。それに加えて、いつもどこか遠くを見つめているような眼差しが、北の村の娘たちには神秘的に見えたのだろう。

 そしてジョンがそれを相手にしないことも、彼の魅力を増大させるのに一役かっていたようだ。女は場合によっては、冷たくされる方が燃えるのだ。


 ジョンの見つめる遠くとは言うまでもなく故郷の洞窟。かわいそうに北の村の娘たちは、ジョンの中で常に洞窟の姫と比較されていたのだ。


 ジョンは漁に出ている時は操船に集中した。

 そうでなければ危険なのだ。海の上にいる間は、金盞花のことを思い出すこともなかった。


 そのせいかジョンは自分が何をすべきかがだんだんわかってきた。

 海では誰よりも果敢に舟を操り、(おか)に上がると誰よりも率先して荷運びや後片付け、翌日の準備に精を出した。


 それ以外の時は、海に面した斜面に座り込み、水平線を眺めることが多かった。


 この村の収穫を持ち帰れば交易でかなりの利益を上げられるかもしれない。そうなれば父のために都から治療術士を呼べるだろう。

 魔法で病気や怪我を治す術士だ。

 もしそうなって、父の病が治ったら、洞窟へ行って金盞花に謝ろう。あの人はきっと、俺が浮ついてることを叱っていたんだ。海の上で余計なことを考えるだなんて、たしかに命を縮めることになりかねない。家族のためにもならない。あの人はそれを言ってたんだ。


 そんなことを考えていた。

 そうやって、目の涙袋を寄せて水平線を見つめるジョンの迷いの消えた瞳が、北の村の娘たちにはたまらなく魅力的に見えたのだ。





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― 新着の感想 ―
[良い点] いったん姫から離れて自らを省みたジョン。心中には冷静かつ的確な推測。働きも人一倍。一皮剥けたのかモテモテだ。厳しい北の海がジョンを変えた。このまま幸福に行けるのか。
[良い点] 自分と同じ冴えないジョンと勝手に思ってたら、端正な顔でモテモテとか。しかも絶対童貞卒業した、それも五回以上卒業だ。ちくしょう、あやうく右手のマウスを握り壊すとこだった。 [一言] せっかく…
2020/02/27 14:51 退会済み
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