第二十一話 モータシーン
金盞花の赤い極光は、津波のごとくワームに迫った。
ジョンは一瞬で決着が着くと思っていた。
金盞花は魔王の娘なのだ。ナックラヴィーを一撃のもとに葬った極光なのだ。いかにワームが巨大とはいえ、ひとたまりもないだろうと考えていた。
だがワームは極光が迫るのを察知していた。
突然顔を砂浜に突っ込む。ブルブルと激しく身を震わせ、土砂を巻き上げる。
ワームの姿が消えた。浜に潜ったのだ。極光の波は虚しく通り過ぎていく。
––––どこだ⁉︎
ジョンの問いにワームは行動で答えた。
砂浜の終わり、村のそばの地面から、土砂と共に一気に躍り出た。
––––金盞花、もう一度……、
だが金盞花は、村へ這っていくワームを睨み唇を噛み締めただけ。
––––ジョン! 村のみんなを逃して!
ジョンは浜に放り捨てられた。金盞花は一人ワームを追う。ジョンも慌てて立ち上がり、村へと走った。
金盞花は右手の親指と小指を擦り合わせた。すると、彼女の正面の狼、その口から火球が吐き出された。
火球は寸分違わずワームへと飛び着弾。
ワームはのたうったが、すぐにその牙だらけの顔を金盞花へと向けた。
金盞花は注意を引こうというのだ。
ジョンは格闘を始めた金盞花とワームの横をすり抜け、村にある櫓へと走った。
––––みんな、起きろ! 起きろ!
嵐の中、叫びながら家々を通り過ぎ、櫓の柱に取り付く。駆け上る。上までたどり着くと、上部に取り付けられた鉄鍋を、ロープにつながれて備え付けられている棒きれで力一杯乱打した。
津波の発生を見張るための櫓だった。もしも沖に異変を見つければ、こうやって音を出して村中に知らせる仕組みだ。
ジョンのいる櫓から家の屋根が見える。
一人二人は、家の外に出てきた。下の者が、
––––おーい、誰だ⁉︎ 何があった⁉︎
––––俺だ、ジョンだ! 逃げろ!
––––津波か⁉︎ いや見えるわけない!
––––化け物だ! デカいミミズが攻めてきたんだ!
家から出てきた数人が顔を見合わせた。ジョンが寝ぼけていると思ったのだ。
だがすぐに、ワームが吠えたので、その者たちは浜辺の方をびっくりしたように振り返る。
––––みんなを起こして村を出ろ! 山に逃げろッ!
ジョンは叫んだあと、また鍋を打つ。
そうしながら浜辺に目をやった。
巨大なワームはもう村まで来つつあった。時折火球が飛んで金盞花の姿も闇に浮かび上がっていた。
再び極光が現れ揺らいだ。火球は足止めの牽制だった。赤光へと変じた波がワームへ襲いかかり……、
––––ああ、だめだ……ッ!
まただった。ジョンの目にも、ワームが地へ潜ったのが見えた。
赤光も消滅し、闇と雨で金盞花の姿も見えなくなった。
櫓が揺れた。
地震––––ジョンがそう思った時だった。
突然ワームが村の中に飛び出してきた。
村の、ど真ん中だ。地を突き破り現れたのだ。村にワームの体から漂う甘い匂いが漂い始める。
ジョンの鳴らした鍋の鐘に気づいた村人たちが家の外へ出てきたが、ワームに気づいて悲鳴をあげる。悲鳴は村のそこかしこから聞こえてきた。
村の真ん中にそそり立ち、気味悪く発光する巨大な怪虫。
ジョンは櫓からそれを遠目に見ていたが、ワームの周囲が揺らいでいるように見えることに気づいた。
ところどころ点滅する体。その光で、煙のような何かが見えるのだ。
村人たちの中には、呆気に取られてワームを見上げ、立ちすくむ者もあった。
その中の一人が突然、がッと血を吐いて倒れた。
さらにもう一人倒れた。
ワームを中心に、近い者から倒れていく。
浜の方から火球が飛んできた。
察知されワームには避けられたが、放った方の金盞花は家の屋根を跳びながら、ジョンのいる櫓まで接近。
––––ジョン! 早く逃げなさい!
––––金盞花、みんなが……!
ワームの発光に照らされた、倒れ伏した村人。
ワームを遠巻きにしていた者たちの中にすら、倒れる者が現れ始めていた。
––––《モータシーン》だわ!
––––何だって⁉︎ あれは馬が死ぬ奴だろ⁉︎ 何で人間が……、
––––知らないわよそんなこと私に言われたって! とにかく逃げてったら!
––––わ、わかった、父さんと母さんを連れに行く! 金盞花、気をつけ……、
櫓を降りようと梯子に足をかけた瞬間、ジョンは喉に込み上げるものがあって……吐いた。
ジョンの足からは力が失せていた。指先も震えていた。何とか梯子を掴もうとしたが……落ちた。
––––ジョンッ!
金盞花はすぐさま走り、ジョンが地面に激突する前に抱きとめた。
––––ジョン、しっかり……!
ジョンは白目を剥き始めていた。出血していた。口や鼻からだけでなく、目からも、耳からも。
––––どうして……⁉︎ どうしてナックラヴィー以外が《モータシーン》を……⁉︎ あれはナックラヴィー固有の、『生得魔技』のはず……⁉︎
金盞花の呟きはジョンの耳にも聴こえていた。
だがその時のジョンは、言葉の意味もわからず、意味を問いただすこともできなかった。
失われかけていた。
意識も、命も。
金盞花はジョンの顔を見て泣きそうな顔をした。
ジョンの頬を撫で……そして彼女は唇を引きむすんだ。
ジョンを櫓の柱にもたれさせると、険しい表情でもって、両手の親指と小指をそれぞれ擦り合わせる。
六頭の狼の口から柔らかい光が漏れ始めた。
光はジョンを包み込む。
ジョンは痙攣すら発していたが、光に包まれると震えは止まり、顔も安らかなものとなる。
治癒の魔法だった。
ジョンは一度咳き込むと、目の焦点が戻ったか金盞花を見た。
––––よかった。
そう言った彼女の顔は、どことなく悲しげだった。
––––金盞花……。
––––聞いて。村全体に治癒魔法をかけるわ。その上であの虫をやっつける。あなたはできるだけ村の人を逃して。
有無を言わせない声だった。
ジョンが立ち上がると同時に、金盞花は地を蹴って、家屋の屋根に跳び上がった。
両手の指を擦り合わせる金盞花。狼の口からは光がほとばしり、周囲へ染み渡る。
今や村全体が、淡い光のドームに包まれていた。
倒れていた村人の幾人かも、ゆっくりとだが、驚いたように起き上がる。
屋根の上でワームと対峙した金盞花。
その口から、誰にも聞かれぬ独り言が漏れた。
––––持つかしら。私の魔力…………。




