第十九話 教会騎士とナックラヴィー
海上の戦いはその場にいる全員にとって(おそらくナックラヴィーたちにとってすら)予想外に激しいものとなった。
陸に一人を残した四人の騎士は、そこまでナックラヴィーの数は多くないと考えていた。
だがワカメの燃える臭いに激怒した化け馬は次から次へと渦の中から躍り出てくる。
ナックラヴィーの方でも、夜中に突然スメルハラスメントを仕掛けてきた人間たちが、手練れだとは考えもしなかったろう。
四人の騎士は先端が二股の刃になっている杖を手にしていた。その杖は内部に同じ長さの細い剣が内蔵されていて、戦闘が始まると同時に彼らは剣を振り伸ばした。
三叉の槍と化したそれを振るい、躍りかかるナックラヴィーを次々と突き殺す。
杖にも刃にも、金色で細かく紋様が刻まれていた。振るうと共に発光し、化け馬に突き刺さると同時に魔法の爆裂を起こす。
騎士の鎧はやはり金色の紋様が光り輝いていた。それは魔術を施した紋様であり、鎧を着た者の力と速さを高めるものだ。騎士たちは四艘の舟を足場に宙へ跳び、他の舟に移ってはまた別の舟へ跳ぶ。
縦横無尽に跳び回る騎士は三人。
残る一人は両手の指を組み合わせ、何かブツブツと祈り続けている。
祈る騎士はやはり金の光を纏っていて、同じ光が四艘の舟を包んでいる。
それは障壁の魔法だった。魔の侵入を阻む光だ。舟を長方形の箱のように包み、ナックラヴィーが下から突進し舟をひっくり返すのを防いでいるのだ。光はまた、月のない夜に明かりの役目も果たしていた。
強い風の中、異形の馬と人間離れした騎士のおぞましい戦いは続いた。
ジョンたちは必死に舟を操った。渦から離れないように。かつ渦に呑まれないように。恐怖に泣き出しうずくまった仲間が、騎士に叱責されている声もジョンには聞こえた。
漁師たちには無限に続くかと思われた闘争の時間だった。
だが、一匹だけ海面からのぞいたナックラヴィーの頭(人間のような頭の方だ)を隊長が突き刺し爆散させたあと、襲撃はぱったりとやんだ。
ナックラヴィーたちは死滅したのだ。金色の光に照らされた辺りの海面には、化け馬の肉塊が浮き沈みしているのみだった。
騎士たちは息も切らせていなかった。隊長はジョンに、舟を浜に戻せと命じた。
教会騎士たちは陸に戻ると、村長の家に戻り食事を要求した。
ジョンは事の顛末を伝えるべく同道していたのだが、騎士たちがご馳走を要求するんだろうとばかり思っていた。
だが騎士たちは、パンをひと切れ、薄い味のスープを小さな椀に一杯所望すると言っただけだった。
それはそれとして村長は苦い顔をしていた。
村長宅において食事を摂る騎士たちの鎧は、ナックラヴィーの返り血まみれ。
しかも五人が五人ともギラついた目で黙々と食べている。戦いは終わったはずなのに殺伐とした雰囲気だった。
隊長は質素な食事を終えると村長にこう言った。
脅威は去った。
件の白い巨石だが、邪悪な精霊信仰のシンボルと考えるべきである。
おそらく精霊の邪悪なマナがナックラヴィーという水妖を呼び寄せ、《モータシーン》によって魚が減ったか、あるいは単純に恐れて寄り付かなくなったのだろうと。
村長は、巨石の件はどうなりますかと尋ねた。
––––引き上げのためによその港から大型船を呼ぶ必要があるだろうな。あるいは、クレーンを造るか……。
攻城兵器の応用で発明された、重い荷物の吊り下げができる機械のことだ。
それを知らない村長とジョンは、クレーンとは何だろうと思いはしたが、聞かなかったし、隊長も言わなかった。
––––崖に造る必要があるな。石はおそらく渦の底。渦に近い岸はあそこしかない。
隊長にそう言われた時、ジョンは不思議に思った。
隊長はジョンを見ながら喋っているのだ。
ちょうど食卓に、治療術士が入ってきた。
––––ジョンさん、行きましょう。
––––どこへ?
––––ナックラヴィーとの戦いであなたの体と魂についた呪いを清めるのです。あなたの他に戦いに参加してくれた船頭はもう小屋に集まってますよ。
ジョンは椅子から立ち上がった。
が、ふと、食卓についている騎士を見る。
––––この人たちは? 呪いで汚れてるんじゃないのか?
隊長が答えた。
––––気にするな。水浴びにはまだ早い。もう少し汚れるからな。
騎士たちも立ち上がった。ジョンと治療術士と共に村長宅を出たが、彼らはジョンに井戸の場所を尋ねると、そちらへ向かっていった。鎧の血を落とすのだと。
ジョンは治療術士と、今は使われていない空き家へ行った。
そこには術士が言ったとおりすでに三人の船頭が待っていた。ジョンは彼らと共に空き家の床に、術士を囲んで座る。
術士は何やらの聖文を読み上げながら、ジョンたち一人一人の額に指で水をつけていく。聖水だそうな。
さほど長い時間はかからなかった。
術士は終了を告げ、漁師たちに家へ帰るよう言った。
仲間は空き家を出て行く。ジョンもそれに続こうとしたが……。
––––ジョンさん。お待ちなさい。あなたにはまだもう一つ、清めが残っています。
他の人はいいのかと尋ねると、術士はあなたにだけ恐ろしい魔が取り憑いているという。
ジョンは心当たりがまったくなかった。
術士は言った。
––––あの洞窟の魔人です。
––––何の話かわからないね。
すぐさま応えて空き家を出ようとした。
が、術士が回り込んできて押しとどめた。
––––隠しても無駄です。いるのでしょう? あそこに、魔人が。
––––はは。どいてくれ。
––––お聞きなさい。その狼足の魔人はあなたをたぶらかしているのです。そうやって取り入って、村の者を皆殺しにしようと……。
ジョンは術士の胸ぐらを掴み、壁に乱暴に押し付けた。
––––何でそんなこと知ってる。
––––やはりそうなのですね? あなたはインフェルノの魔人と会って……。
––––答えろ。
––––いいですか、ジョンさん。その者は魔人なのです。あなたにも、この村にも災厄をもたらします。魔に魅入られたあなたをこれから清め……。
ジョンと術士はしばし揉み合った。空き家から出ようとするジョンを術士が引き止めようとするのだ。
––––ジョンさん! 騎士団が洞窟へ向かっています! あの方々は洞窟の魔人を討ち取るでしょう、そうなればあなたもきっと正気に戻れ……。
ジョンは術士の腹をブン殴って、空き家を飛び出した。
雨が降り始めていた。




