第十五話 羽衣
治療術士の従者の一人が村を発ってから数日の間、ジョンは海辺や川辺を走り回ってケイシーを探した。
従者が教会騎士団なるものを呼びにいったからだ。
術士が話したところによると、教会騎士団とは王家や貴族ではなく神に忠誠を誓った、リケウィフ教会に属する騎士団なのだという。
教会騎士は並の騎士よりもさらに厳しい研鑽を積み、各種の魔法を習得し、鋼のごとき精神力を備えた、選りすぐりの騎士。リケウィフに刃向かう魔を滅殺するための専門の者たちだそうな。
彼らは基本的には、インフェルノの魔人に対応するのが仕事だ。だがもう一つの任務がある。
国の各地にまだ根強くはびこる、「精霊信仰」を断つ。
そういう任務だそうだ。
ジョンは今、村の東を流れる川の、岸辺を走っていた。
水面だけでなく、草むらや、木の陰なども注視する。
ふと、林の中に茶色い丸岩が転がっているのにジョンは気づいた。
近寄って指でつついてみると、やはり柔らかい毛皮。
––––ケイシー。
ジョンが呼ばわると、丸岩はのそのそと、アザラシの姿となる。そしてうつ伏せのまま口の中からケイシーが顔を出した。表情は暗い。
––––よかった、ここにいたんだな。探してたんだ。もう北へ帰ったのかと思ってたけど……いや、帰ってた方がよかったのかな。
––––……そうだよね。あたいがいると邪魔だもんね。
ケイシーは再びアザラシの口の中に隠れようとした。ジョンはその顎を手で押さえ、
––––なあ聞いてくれ。こないだは本当に悪かった。俺どうかしてたんだ。本当に、すまないと思ってる。許してくれ。
ケイシーは斜め下に視線を向けて地面を眺め、何も言わない。
––––大変なことになったんだよ。村に教会騎士団とかいう人たちがくることになったんだ。
ケイシーが視線を上げた。
––––あの殺し屋が?
教会騎士団がやってくることになった経緯をジョンが話すのを、ケイシーは青ざめた顔で聞いていた。
––––俺にはよくわからないけど、あの人たちやたら妖精のこと目の敵にしてた。あんたは妖精だったよな? それに……。
––––金盞花さん? 魔人だもんね。
ジョンは押し黙った。
上目遣いのケイシーの目が、ジト目だったからだ。
––––なあケイシー。北へ帰った方がいい。今に騎士団がきたら……。
––––……ふんだ。教会騎士団? あんな奴らあたい怖くない。
––––その人たちのこと知ってるのか?
––––妖精が殺られたって噂聞いたことあるよ。ふん。でも人間なんかがあたいに何もできるもんか。海の仲間に襲われた子がいたけど、水に飛び込んだら追っかけてこなかったって。騎士団なんてカッコつけたって息が続かないような奴らさ。
そっぽを向いて話すケイシーは機嫌が悪そうだった。ジョンはその不機嫌さが、騎士団に向けられたものではないのだろうと何となく察していた。
––––なあ、その……ここはマズイよ。騎士団が泳げないってのはわかった。水に隠れればいいやって思ってるんだろ? でも海にはナックラヴィーがいるかも知れない。
––––でも奴らは真水には入られないよ。ここは川だもん。
––––けどもしも姿を見られたら? 村にきた治療術士は妖精をやたら嫌ってた。教会の敵だって。あんたが川にいることを知ったらいつまで君を追い続けるか……,
––––やっぱりあたいが邪魔なんだ。
––––そうじゃないったら! ケイシーが心配なんだ!
ケイシーはジョンを振り返った。
––––俺にはよくわからないが、騎士団はあんたにとって危険な奴らなんだろ? 鉢合わせして欲しくないんだ。
––––……金盞花さんも同じだよ。あの人はどうするのさ。
––––騎士団が帰るまでは洞窟に引っ込んでてもらう。
––––もし見つかったら?
––––大丈夫さ。
––––大丈夫じゃなかったら?
––––俺が彼女を守る。
ケイシーはしばらくの間、ジョンの顔をじっと見ていた。
ジョンは答えを待った。
––––ねえ。あの首飾りは……?
ジョンは、いい貝殻を集めきったが、ここのところ忙しく作る暇がなかったと言った。だが、
––––できあがって、村の問題が片付いたら、北の村へ届けにいくよ。必ずだ。なに、騎士団がそんなにすごい人たちなら、ナックラヴィーとかいう化け物なんてすぐにいなくなるさ。そしたら必ず……。
ケイシーが寝転んだまま、跪いたジョンの顔をぼんやりと見上げていた。
ジョンはその表情がどんな感情を表しているのか掴めなかった。
ケイシーは言った。
––––………………でもジョン……石は……?
––––何とかするさ。これ以上あんたに迷惑はかけられない。約束するよ。必ずいく。
ジョンの瞳を見つめたままケイシーは黙っていた。
ジョンはその顔を、どこかで見たことがあると思った。
大物がかかったと思って網を引き揚げたら、誰かが捨てた網の塊が入ってるだけだったのを知った、仲間の表情だった。
−–−–わかった。
ケイシーはそうは言いつつ、また丸岩のような形態になり、
––––じゃあこないだの、人間の服をちょうだい。お土産にする。
ジョンは了承すると、すぐに村へ取って返した。
林に戻ってもやはり丸岩はそこにあり、ケイシーは服を受け取るとそれをアザラシの毛皮の中にねじ込んで、のそのそと川の中に入っていく。
––––これでお別れだね。
––––そんなことないさ。北でまた会おう。それでさ、全部終わったら、この村に住まないか……。
言い終わる前にケイシーは川に消えた。
ジョンが家に帰ると、行ったり来たり忙しい子だと言われた。
家の中で網を編んでいる父が、おそらく騎士様は明日には着くだろうと術士様が話していたとジョンに伝えた。
それから、ジョンは村の家々を回った。
根回しのためだった。
金盞花が暮らす洞窟のことを、けして騎士団や術士に漏らさないで欲しいということを伝えるためだ。
ジョンは気にかかっていた。
教会騎士団の任務に、「精霊信仰を断つ」というものがあることを。
あらかた回ってから村長の家へいくと、術士が村長と食事を摂っていた。術士はこれから村を回って病気の者を治しにいきますと言って席を立つ。ジョンは愛想笑いをして、術士と従者が部屋を出ていくのを見送る。
それから村長と話した。
長老から聞いた、かつて岬で白い石と共に邪神を祀っていたという金の瞳の人々について。
ジョンは直感的に、それがいわゆる精霊信仰とやらではないかと村長に話した。
––––ジョンよ。明日には騎士様が着くだろう。もしその白い石とやらが不漁の原因であれば、教会の方々が何とかしてくださるだろう。
教会騎士団は各地の教会を巡回したりもするが、術士が言ったことによると、ジョンの村へくる前に立ち寄った所に常駐している騎士がいたので、お出まし願うとのこと。
ジョンは、どこか釈然としない気持ちを持ちながらも、くれぐれも洞窟のことは内密にと村長へ伝えた。
村人は、洞窟の奥に住まう金盞花を、「洞窟の神」というアバウトなものとしか認識していない。
問題なのは、その洞窟の神は、リケウィフではない。
術士と騎士団は気に食わないだろう。
村長はジョンへ言った。
––––もちろん。それはそれ。これはこれ。食べさせてくれるなら何でも神様さ。
ジョンは浜辺へ出て、水平線に沈む夕日を眺めた。
何か落ち着かなかった。
白い石。
金盞花はそれが、命のマナとやらの巡りに重要な意味を持つと言う。
金の瞳の者たちは、その石を祀っていた。
教会はその手の行為はお嫌い。金瞳の先住者たちはリケウィフの怒りに触れて滅んだと聞いた。
村長は、白い巨石が不漁の元凶だと漠然と捉えているようだった。
ジョンは。
ジョンは石が何かわからなかった。
石があるために不漁なのか。石が元の場所から動いてしまったから不漁なのか。
ジョンは首を振って歩き出した。崖の洞窟へ。
そんなことは金盞花に尋ねればわかる話だった。金盞花自身もあまりはっきりとはわかっていない様子ではあったが、金盞花とリケウィフのフォロワーとのどちらを信じるかと問われれば、ジョンは金盞花と即答する。
たったそれだけのことなのに、自分にはあの人がいるのに、どうしてこんなに心が重いのだろうとジョンは考えた。
ジョンにはわかっていた。
村を去る時の、ケイシーの悲しげな顔が頭から離れなかったがためだ。




