第十話 白い巨石
ジョンは捜索組の村人たちを集めて、白い石を探せと伝えた。
それこそが、この村を泥沼から引き揚げる命綱だと。
どうしてそんなことがわかるのかと村人たちが問うと、海の神がそうせよと俺に囁きかけるのだとジョンは答えた。
ジョンたちは捜索の範囲を広げてみた。
しかし見つからない。
ジョンは、どこまでの範囲を探せばいいのか、きりがないことに気づきはじめた。
ジョンの村は山に囲まれている。村の中にも、他の地域につながる道にも、白い巨石はない。見たことがない。であれば、白い石の扉とやらは、この広大な山のどこかにあるということになるが……。
ジョンたちは日暮れが近づいたので、再び集合した。村へ戻り、その山を眺める。
水平線に沈んでいく夕日に照らされ、山はあまりに美しく暮れていく。今日に限ってジョンたちは、その山を忌々しく睨んだ。
夜が来て、ジョンは金盞花の洞窟を訪ねた。
金盞花はいつもの場所に座っていた。
白い巨石の話をすると、彼女は驚いたようだった。巨石についての知識はなかったらしい。
––––なあ金盞花。考えたくないことなんだけど……もしも、その白い石の扉が、この村の周りになかったとしたら……。俺たちはどこまでそれを探しに行けばいいんだろう?
やるとしたら、それは途方もなく長い旅になるだろう。村を線で離れるごとに、捜索する面は増大していくことになるのだ。
金盞花は首を横に振った。
––––白い石……マナの繋ぎ目は必ずこの洞窟の近くよ。それは間違いないの。
––––どうしてそれがわかる?
金盞花は、自分が座っている地面を手のひらで撫でた。
ジョンの問いに対する答えはない。
––––あの覚え書きを持ってくるべきだったわ。
かわりなのか、そう呟いた。
––––覚え書き?
––––命のマナについて調べたことを書き留めていたの。調査していたことを知られて捕まったあと、私の自室に戻る間もなく追放されたから、置いて来てしまったわ。
––––じゃあそれを取りに行こう。俺が行ってくる。
金盞花は吹き出した。
––––危険よ。それに遠いわ。行って帰ってくるより、この村の周りの木を全部切り倒す方が早いかもね。
それに、と金盞花は続ける。
––––たぶんもう、見つけられて焼かれてると思う。
こうなる前に妹に譲ろうと思っていたのだけど。寂しげにそう付け加えた。
ジョンは金盞花の妹とはどんな子なのだろうと考えた。いずれにせよ白い石の扉はそう遠くない場所にあることはわかった。
––––ジョン。この村に長老はいないの? 村の、地域の伝承とか、歴史に詳しい人。ひょっとしたら、何かヒントになることを知っているかもしれないわ。
翌日、ジョンは村の長老の家を訪ねた。
長老の長い髪と長い髭は白く、喋り方もかなりもごもごしていたが、ジョンに語った。
この地に村人が住み着いたのは、長老の両親がまだ若い頃のことだったそうだ。
長老の両親と仲間たちは今よりももっと南から、この地へ入植してきた。
以前この地には別の人々が住んでいたそうな。
長老はまだ生まれていなかったのでよくは知らないが、その人々はみな一様に、黒い髪と金色の瞳をしていたらしい。
そのあと長老の話は入植した二人の男女が狂おしい恋に落ちそして生まれたのが儂じゃと脱線するのだが、ジョンは辛抱強く聞き続けた。求めるものが網にかかるのを待つことにかけては専門だ。
やがて、長老の話は、ある日岬に雷が落ちたという話につながった。
岬は大渦の対面にある崖の、海へ向かう先端(先日ジョンがケイシーを見つけた時に立っていた岬だ)。
そこは今よりももっと海にせり出していたそうだ。
長老が両親から聞いたところによるとだ。黄金の瞳の者たちは、時々その岬に少数で行って何か踊りを踊ったり、歌ったり、とにかく何かしていたそうな。
それは入植者の知らない、まったく別の風習のようだった。
––––恐るべきことじゃ。
長老は白い髭を扱きつつ呟いた。
ジョンは、何が、と尋ねた。長老は続けた。
金の瞳の者たちは、邪神を祀っていたのだと。
ある時村に訪れた、リケウィフ教会の伝道師がそれを見抜いた。
そして金の瞳の者たちが岬に集まっていた時ついに神の裁きがくだり、落雷によって岬の祭壇は滅んだのだ。
落雷の威力はもの凄まじく、岬を崩落させ、金の瞳の者たちはみな、祭壇ごと海に沈んでしまったという。
––––祭壇は、大きな白い石でできておったそうじゃ。
そのあと長老の話はそののち入植した二人の男女が狂おしい恋に落ちそして生まれたのが儂じゃと続くのだが、ジョンは最後まで聞かず礼を言って外へ出た。
ジョンは腕組みして村を歩いた。
自分の村にそんな縁起があったとは知らなかった。
そのまま岬まで歩いた。
ジョンは岬に着くと、崖ギリギリにしゃがみ込み、ふちを矯めつ眇めつ調べてみた。崖を覗き込み岩肌も見てみる。その下にも目をやる。崖は、まったくの崖だった。
それが落雷によるものなのかはジョンにはわからなかった。
何らかが起こりごっそりと削れたようにも見えるし、初めからこの形だったようにも思える。
長老が生まれる前のことだと言うから、それはもうずいぶん昔のことであるはずだ。落雷の痕跡を見つけようと思うことが間違いだろうとジョンは思った。
しゃがんだまま視線を上げる。ジョンの眼前はただの空間で、その先はもう海だ。沖の、小舟の群れが目に入った。
ジョンはしばし、そこに陸地があるということを頭の中で想像してみた。
今ジョンが立っている場所と同じような草むらが続き、同じように白い花が風に揺れていて、そこに金色の瞳、ジョンはそんな人を見たことがなかったので金盞花と同じ色の瞳をした人々を思い浮かべ、その人々が楽しそうに踊る、その向こうに大きな白い石の……。
そこまで考えてやめた。
その肝心の白い巨石とやらの想像がつかなかったがためだ。
長老の記憶が正確ならば、その石はこの下の海底にあることになる。ジョンは岬の下へ行くべく踵を返した。
岬の下の岩場へ着くと、ジョンは辺りを見回した。
そう言えばケイシーは、あの後どこへ行ったのだろう? ジョンは、まだこの地に残ると言っていたケイシーと、どう連絡を取ればいいか考えていなかったことを思い出した。
ふと、ジョンは視界に入った岩の一つが気になった。
ゴツゴツした岩の中に、小ぶりな、やたらと丸っこい岩がある。
波に削られたとて中々ああはいくまい、いや、子供の頃に作って遊んだ、泥をこねたボールでさえ、もう少し角や平面があったはずだ。
ジョンがそう思いつつ、その奇怪な丸岩を注視していると、その岩が回転しはじめた。
ゆっくりと、左回りにだ。
そして、どうやら今まで向こう側にあったらしい、アザラシの顔が見えてきた。
岩にアザラシの顔がついている。それがジョンの方まで向いたあと、今度はアザラシ岩は長く伸びはじめた。
そのまま普通のアザラシの形になると、アザラシはうつ伏せに寝そべったまま口を大きく開いた。
––––ハイ、ジョン。何か手伝えることは?
アザラシの口の中の、金髪美女がそう言った。
ケイシーはどうやら岩に擬態していたらしい。ジョンは苦笑すると、彼女のもとへ歩み寄る。
––––頼みたいことがある。例の石の話だ。
ジョンはケイシーに、長老から聞いた話を伝えた。
その話でいけば、巨石は今ジョンとケイシーがいる辺りの、海中に沈んでいると考えていい。ジョンはケイシーに、潜って探してみてくれないかと頼んだ。
––––海、か……。見つかったとして、それをどうするの?
––––わからない。引き揚げなきゃならないかもな。
––––それで上手くいけばいいけど……。
ケイシーは浮かない顔をした。ジョンがどうしたのかと尋ねると、
––––ううん、何でもない。とりあえず行ってくるよ。
そう言って波打ち際へ這っていくと、アザラシの頭を被ろうとした。
––––そう言えばケイシー。
––––なに?
振り向いたケイシーに、
––––礼になにが欲しいか、もう決めたか?
ジョンが尋ねた。
ケイシーはしばらく、あっちを見たりこっちを見たり、目を伏せたり、忙しなく視線を動かしていた。しかし何か意を決したように顔を上げ、ジョンに言った。
––––あ、あたいさっ! あ、あの! ……あの、首飾り……が欲しい、んだ……。
話し始めこそ勢いがあったが、徐々に声は小さくなっていく。
––––だっ……だめ、かな……?
ケイシーは頬を紅潮させ、ジョンを上目遣いに、覗き込むように見ながら言った。
少し、震えているようだった。
ジョンは少し目を丸くして、その様子に見入った。
––––そんなものでいいのか?
ジョンはケイシーに命を救われている。それだけではなく北の村での漁を助けてもらい、この村での不漁の解決のヒントをくれ、今また白い巨石を探しに潜ってくれると言うのだ。
ここまでしてくれる礼の品が、そこいらで拾った貝殻のあり合わせで、本当にかまわないのだろうか。ジョンはそう思ったのだ。
––––あ、あの、や、やっぱりいいよ! ほら、あたいアザラシだし! アザラシに贈り物なんて……。
––––用意するよ。
今度はケイシーが目を丸くした。
––––あんたが潜ってる間、浜に行ってくる。最高のやつを用意するよ。今日出来上がるってわけじゃないが……。
ジョンは笑って言った。
ケイシーは、何か口をパクパクさせて様子がかなりおかしかったが、
––––ぜ、絶対だよっ⁉︎ や、や、約束だからね⁉︎
と言って、アザラシの頭も被らず海へ飛び込んで行った。そのあと海面から顔を出してしばらく咳き込んで、アザラシの頭を被りまた潜って行った。




