7 魔法少女と契約した存在
ビルの別の場所の前に立つ恵子たち。彼女たちの向かう先には・・・・・・
ビルの壁に現れた先が全く見えない入り口に入り込む前に、先頭に居る愛美が振り返る。
「恵子さんたちに一言お詫びをしておかないといけないの。実は私たちを魔法少女にしたアレにあなたたちを連れて来いと命令されていて、私たちは逆らえないのよ」
「気にしなくていいわよ! ここに案内するように言ったのは私たちだし、その変なヤツはこの手でブッ飛ばしてやるわ」
「そうですよ、着ぐるみ姿の私は無敵ですからね!」
「愛美さん、あなたが気に病むことではありませんからどうぞご心配なく」
3人は愛美の心配を他所に至って平常運転であった。恵子の顔は、経験が違うんだよ! と物語るが如くにテカテカに光っている。この女確実に魔法少女を作り出した存在を相手に実力行使に訴えるつもりのようだ。榛名と三咲も丸っきり恵子と同様の表情をしており、実はこの両者も恵子に負けず劣らずの戦闘狂なのではないだろうか?
「そう言ってもらえると少しだけ気が休まります」
とは言うものの真奈美の表情は暗いままだ。助けてもらった恩を裏切るような行動を仕出かしてしまった心苦しさを感じているのだろう。なにもそれは彼女だけではなく、同行している魔法少女たちに共通している苦々しい思いでもあった。
「そんな暗い顔をしないでいいからさっさと案内してよ!」
恵子は堪え性がない性格をしている。細かい話をしているくらいなら先に体が動いてしまうタイプであった。それはまさに脳筋の特性でもあると言えよう。考えるよりも行動が先にたってしまうのだ。
「それではこの暗い空間に入ってください」
愛美が一歩その内部に踏み込むと吸い込まれるようにその姿が消えていく。彼女に続いて魔法少女たちは次々にその中へと吸い込まれる。更にそのあとに恵子、榛名、三咲の順で空間に飛び込んでいくのだった。
「ふーん、中はわりと普通なのね」
「恵子ちゃんが言うとおりですよ! まるで普通のビルの内部みたいですね」
「でも魔力の気配が濃厚に伝わってきますね」
魔法少女たちに続いて階段を上る3人は緊張を隠せない彼女たちとは対照的に、ごく普通に会話を交わしている。もしも相手がそれなりに強かったら少しくらいは緊張してやろうかという不遜な態度だ。もっとも大概の魔物や妖魔などは恵子たちにとっては取るに足らない存在であるのも事実であった。
「ここです」
ビルの最上階の一番北側の部屋に案内された恵子たち、彼女たちの目の前には内装などが一切取っ払われたコンクリート剥き出しの室内に、そこだけ不自然に大きな鏡が設置された壁面が存在している。
「なんだか拍子抜けね。杖をついた邪神でも待っているのかと期待したけど、鏡しかないじゃないのよ!」
脳筋は自分で結論を出すのが早い。深く考えずに見たままだけしか捉えようとしないので、いつの間にかトラブルのど真ん中に投げ込まれるという経験が過去にもしばしばあった。だが、そのトラブルを楽しみながら力技で突破するのが恵子の持ち味でもある。それが良いのか悪いのかは神のみぞが知る真理かもしれない。
「もう少し待ってください。この鏡の中にアレが現れます」
愛美が説明する横から榛名が口を出す。
「恵子ちゃんはバカでせっかちだからダメダメですね!」
「なにをー! バカでデブなのはハルハルでしょうが!」
「誰がデブですかぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーー! 表に出てください、きっちりと決着をつけましょう!」
どうやらデブというフレーズは榛名にとって最大の地雷なのかもしれない。いつもの脳内お花畑という性格をかなぐり捨てて恵子に正面から挑んでいる。一応榛名の名誉のために説明すると、彼女は標準よりも太っている訳ではない。本人なりの基準では・・・・・・ 逆に榛名から見ると毎日鍛錬を欠かさなくて体脂肪率が1ケタ台の恵子こそがおかしいのだ。
「2人ともこんな場所でいがみ合わないでください」
「だってハルハルが私を『バカ』って言うから・・・・・・」
「恵子ちゃんが私を『デブ』って言うから・・・・・・」
低学年の小学生レベルのケンカである。三咲が間に入っても2人の不満そうな表情は中々収まらない。
「皆さん、鏡の中から出てきます!」
愛美の緊張した声が響く。さすがに恵子と榛名も一体何が出てくるのかと表情を引き締めている。そしてその鏡に人のような姿が浮かび上がってくる。
「私の結界にようこそ。3人の力を持つ者たちよ、そなたらの訪問を歓迎する」
鏡の中に現れたのは皺深い顔で黒のローブを被ったスターウ○ーズの帝国皇帝のような人物だ。その青白い顔と深い闇を湛える目には長い年月を経た真理に近づく者のような雰囲気を漂わせている。
「無駄話は省いて用件だけを言います。この子達を元に戻しなさい」
「そうですよ! 妖魔と戦って死ぬしかない運命なんて酷過ぎます!」
三咲と榛名がここにやって来た要件を告げると鏡の中の人物はホホホと笑い声を上げる。その笑い声に含まれる印象は、まるで舌をチロチロと出しながら獲物を狙う毒蛇のような嫌悪感を与えずにはいられない。
「そこなる娘たちは私と正当な契約を交わして魔法少女になったに過ぎぬ。どのような運命が待ち受けようともそれを受け入れると誓約も済ませておるぞ」
「そんな命を懸けなければならない契約なんて無効に決まっているじゃないの! 文句があるんだったらこの鏡を叩き壊すよ!」
「私を脅迫する気かね? しかしまあ良いであろう。この娘たちは私の糧として貢献してくれた。契約は無効としよう」
「ちょっと待ちなさいよ! 契約が無効になったら命がなくなるなんて話じゃないでしょうね」
「何も起きはしない。今までどおりに魔法少女として存在するだけ。ただし私に対する義務がなくなる」
「義務って何んのことよ?」
「妖魔を倒して得た魔力と生命力を差し出すこと」
「それじゃあこの子達は必死に妖魔を倒して得た経験値その他を全部奪われていたというの?」
「然り。それが私と結んだ契約の内容。私に対する義務を果たさねばその命を対価に捧げるという約束もしておる」
「その義務がなくなるという訳ね。それじゃあこの子達は強制的に妖魔と戦う必要がなくなるということで間違いないかしら?」
「間違いない。どれ契約を解除した証を見せようか」
一瞬鏡が光るとその閃光は魔法少女たちを照らしていく。そして彼女たちの体に刻まれた契約の紋章を消し去っていく。これで愛美たちは自由を得たと見做せるであろう。紋章が己の体からすっかり消えているのを見て彼女たちは目を丸くしている。
「それじゃあ最後の仕上げといきますか!」
いつの間にか恵子は右手にオリハルコン製の篭手を装着している。異世界の邪神すら倒した篭手をブンブン振り回してその姿は準備運動をしているように映る。
「私がそんな甘い性格だと思っているわけ? この子達の契約が解除されても新しい犠牲者を見つけるだけでしょう! そんなことはさせないわよ!」
「残念だよ。君たちとは対等な約束が出来ると思ったのだが。さて、この鏡が壊れた時に後悔するのは君たちの方だとよくよく考えてくれたまえ」
「そんなの知ったことじゃないわよ! 覚悟しなさい!」
恵子がその拳を鏡に叩き付けると、パリンという音を立ててバラバラに砕け散る。そして鏡の残骸からは一斉に暗闇が放出されて、周囲は漆黒の闇に染まっていくのだった。
次回、鏡の破片から生み出された闇の正体とは・・・・・・ 投稿は明日の予定です。
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