6 魔法少女たちの事情
料理研究会に現れた魔法少女たちは・・・・・・
「皆さんどうぞ中にお入りください。空いている場所に掛けてくださいね」
料理研究会の部屋を訪ねてきた魔法少女5人を岬が部屋に招き入れると、彼女たちは素直にその誘いに従って恵子と榛名が座っている反対側の椅子に腰を降ろした。岬は新たにやって来た5人のために紅茶を準備して冷蔵庫からババロアを取り出す。その姿を目撃した榛名の目がまるで獲物を狙うかのように光っているのは言うまでもない。
「昨日は危ない所を皆さんに助けてもらってありがとうございました」
魔法少女たちは5人揃って頭を下げている。恵子たちの救援がなかったらあの謎の亜空間で命を落としていたのは間違いなかった。だが彼女たちはお礼を言いに来ただけではないようだ。
「気にしなくていいわ。あの程度の軽い運動だからいつでも大歓迎よ」
「そうですよ! 適当に体を動かすと晩御飯が美味しく食べられますからね」
魔法少女たちが命懸けで戦う妖魔と夥しい数の使い魔を相手にして、涼しい顔で『軽い運動』と言い放つ恵子と榛名に魔法少女たちの口からは小さな溜息が漏れている。彼女たちから見れば昨夜の戦いは間近に死を垣間見る、まさに命を差し出す寸前の戦闘であった。
「ところで皆さんは何故あんな所で戦っていたのですか?」
「それは私たち魔法少女の宿命だからです」
「魔法少女の宿命? 皆さんはやはり魔法少女だったんですね」
魔法少女たちから見ると相当に非常識な回答を寄越した恵子と榛名に代わって、三咲が極めて常識的な問いを彼女たちに質す。異世界に召喚された常識外れの経験をした3人はともかくとして、一般的な人間の感覚では亜空間で妖魔と戦うなどといったことは日常から掛け離れた在り得ない光景と受け取るのが当然だ。それに対して愛美は『宿命』というフレーズで回答している。
「私たち魔法少女は妖魔を倒すことで生きていく糧、わかり易く言うとエネルギーのような物を受け取ります。そのエネルギーが切れたら、そこで私たちの命が終わってしまうのです。戦って命を落とすか、戦わずに自ら死を選ぶかという2つの選択肢しか私たちにはないんです」
「ずいぶん過酷な運命に身を投じたんですね」
岬は同情ににも似た眼差しを彼女たちに向けている。己が生き残るためには命を懸けて戦いに身を投じなければならないのだ。それも強いられた戦いを宿命付けられているなると尚更悲壮感が漂ってくる。
「私も戦わないと退屈で死んじゃうわね」
「恵子ちゃんは元々の性格がバカで凶暴ですからしょうがないですね」
「ハルハル、表に出て勝負をしてもいいのよ」
「ふふふ、良い覚悟です。どうやら恵子ちゃんは私の着ぐるみの前に平伏したいんですね」
「2人とも話を混ぜ返さないでください。今は愛美さんたちの大事なお話を聞いている最中ですから」
「「はーい、すいませんでした」」
生真面目な性格の三咲に怒られて恵子と榛名がシュンとした姿に変わっている。あの馬鹿げた攻撃力を見せ付けられているだけに、目の前のメイドには逆らってはならないという生物的な本能が働いたのだろうか? いや、恵子はともかく榛名はおやつがもらえなくなるというもっと単純な理由であろう。
「何故そんな過酷な運命に皆さんは身を投じたのですか?」
「騙されたというのが正確かもしれないですね。私たちに巧妙に近づいて魔法少女として契約を結ばせた存在が居るんです。そのせいで多くの仲間が命を落としました」
愛美は一昨日の戦いで倒れていった多くの魔法少女たち、その中でも妹のような存在だった麻美の姿を思い浮かべている。彼女の中ではその記憶が生々しくてまだ消化出来ていなかった。死んでいった仲間たちへの追憶と同時に、もし恵子たちの存在をあと1日早く知っていたら、彼女たちはむざむざと死んでいく必要はなかったのではないかという遣る瀬無い思いが去来する。今更悔やんでも覆る筈がないと知りながらも、その思いは繰り返し何度も頭に浮かぶのであった。
「それじゃあその騙した存在をブチのめせばいいいんじゃないの?」
「恵子ちゃん、そこはもっと穏やかに『撲殺する』と言いましょうよ」
「榛名ちゃん、全然穏やかではないですからね。それから2人とももうちょっとだけお口にチャックしてください。ああ、一応付け加えておくと、この人たちを騙した者を抹殺するのは決定事項ですから」
「「結局殺すのかい!!」」
恵子と榛名のツッコミが見事なハーモニーを奏でている。おっとりとした外見からはわからないが、どうやら三咲も異世界で相当な大暴れを遣らかしていたのだろう。恵子のように見境なく暴力に訴えようとはしないが、人の命を弄ぶ者に対しては容赦しない方針のようだ。
「3人が本当に強いのはよくわかっているつもりだけど、あれは人の力で敵う存在ではないのよ。私たちの目から見ればそれはもう神にも等しい存在なのだから」
「なんだ、神だろうが魔王だろうがこの恵子様に任せておけばキッチリと片付けるわよ。安心して任せなさいって!」
「ふふふ、ついに神殺しの着ぐるみの姿をこの世界でもお見せする時がやって来ましたね。私の最終奥義がこの街に光を齎しますよ!」
愛美の警告を含んだ話にも恵子と榛名は全く動じていない。むしろ相手が『神に等しいもの』と聞いて、その瞳の中の炎がいやが上にも燃え上がっている。更に三咲も抹殺宣言をしているので、もうこの2人を止める者はこの世界には誰も居ない。
「ひとまずはどういう事情が絡んでいるのかその存在とやらにオ・ハ・ナ・シを聞いてみましょう。それからどうするかを判断しても遅くはないでしょうから」
意味ありげにオハナシを強調する三咲の態度には愛美に対して『そいつが居る所に連れて行け!』という無言の圧力が込められていた。メイド服に包まれた優しげな表情なのにその目だけは全く笑っていない様子に愛美は息を呑んでいる。ヘビに睨まれたカエルの気持ちがよくわかるのではないだろうか。
「さあ、話はまとまったから行きましょうか」
「我が着ぐるみよ! 今こそ解き放たれて真の力を発揮する時に至り! 長きに渡り己を封じていた戒めを自らの手で打ち破るのだ!」
「ハルハル、今思いついた厨2っぽいセリフを口にしているだけでしょう! 良いから早く出発の支度をしなさいよ!」
短気な恵子が強引に話をまとめにかかり、厨2モード全開の榛名が乗っかっている。何がどうまとまったのかもわからないうちに、恵子の勢いに押されて帰り支度を整えて部屋に居る全員が外に出ていくのだった。
そのまま校門を出て合計8人が駅に向かう道を歩いている。彼女たちが行き着いた先は昨日戦いがあった例の廃ビルだった。
「このビルの最上階にアレが居ます」
「なんだか自作自演的なムードがプンプン漂ってくるわね」
「我が着ぐるみが真の力を発揮するには相応しき場なり!」
「ハルハルはまだやっていたの? 只でさえバカなんだから、その上厨2病まで発症したらもう手の施しようはないわよ!」
「恵子ちゃん、私よりもバカなくせに人をバカ呼ばわりしないでください!」
恵子は確かに勉強は苦手だがけっしてバカではない。むしろ人並み外れて勘が鋭いといえる。妖魔と戦った同じ場所に彼女たちを魔法少女に変えた存在が居るというのは、恵子にとっては胡散臭さを禁じえないことであった。その逆に榛名は何も考えていなくて雰囲気重視でそれらしい単語を並べただけだ。どちらがバカかという論争はこの場ではあまりに不毛だと悟った恵子にスルーされている。
昨日は鍵が壊れたドアから内部に入り込んだが、今日は其処とは別の場所から中に入るようで、愛美は反対側の隣の建物との狭い隙間に恵子たちを案内する。そして何もないヒビ割れたコンクリートの壁に手を当てて魔力を送り込むと、其処にはどう見ても別の空間への入り口が出来上がっていた。人が通る高さの長方形で一歩先すら何も見えない真っ暗な空間が口を空けているかのようだ。
「ここから中に入っていくのね」
「そのとおりよ」
こうして愛美を先頭にして謎の空間に入り込んでいく一行だった。
次回、少女たちを魔法少女に変えた存在との対面、其処にはどんな波乱が・・・・・・
投稿は水曜日を予定しています。
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