3 戦場の主役
第3話をお届けします。謎の結界に踏み込む恵子たち、彼女たちの歩む先には・・・・・・
一歩結界の内部に入ると、そこはセピア色のモノトーンの世界。鮮やかな色に溢れた外界とは全く別の陽炎のような街が駅の周辺の500メートル四方に渡って再現されている。色を失なったこの世界はある種の幻想的な雰囲気と同時に禍々しい気配を醸し出していた。そして無色の世界にあって今この場に立っている3人のみが元の世界と同様の色を保っているのだ。
「どうにも陰気な場所ね。もっとパーッと明るくならないかしら」
「恵子ちゃん、得体の知れない結界に自分から飛び込んでおいて、それはワガママというものですよ。でもここは結界というよりも、空間を反転させて作られた亜空間と説明するのが適切かもしれませんね」
「タレちゃん、何でそんなことがわかるんですか?」
「榛名ちゃん、それはメイドの勘ですよ」
「そうなんですか! タレちゃんは物知りですね」
「ハルハルはそれで簡単に納得するのかい! そもそもメイドの勘って何なのよ!」
「まあまあ恵子ちゃん、そんなに熱くならずに。おやおや、あちらで恵子ちゃんのお望みどおりに盛大な火柱が上がっていますよ」
恵子としてはなんだか岬に上手くはぐらかされた気分だが、実際に10階建てのビルを楽に上回る火柱が上がっている光景を見て即座にその方向に進む決断を下す。何故ならその方が面白そうだから。それにしても色がないこの世界にあって、吹き上がる火柱だけは赤々と燃え上がっているのはどのような理由なのだろうか?
「火の方向に行くからね! 何が起こるかわからないから2人は私の後ろを注意して進んでよ!」
「はいはい」
「火を見るとなんだかワクワクしてきますね!」
冷静な岬とお気楽な榛名を引き連れて、恵子は急ぎ足で火柱が上がった場所に向かう。そして大きなビルの陰からそっとその先の様子を覗くと・・・・・・
「愛美さん、大丈夫ですか!」
「エミ、何とか無事よ。それにしてもたった一発の魔法で戦況が一気に覆るなんて、この妖魔は昨日の相手よりもさらに強力よ。みんな覚悟して掛かってね!」
「ダメだよ、愛美さん! もう前衛は立っているだけで精一杯だ。これ以上戦う余力が残っていない」
妖魔と対峙していた魔法少女たち5人は指揮を執る愛美と弓が武器のエミの2人は後方に居て比較的ダメージは軽かった。だがその前方に布陣して戦っていた前衛3人は剣や槍を支えにして辛うじて立っているだけの、甚大なダメージを負っているのが明らかだった。
そこに妖魔が操る使い魔たちが迫ってくる。それは2,3体の動物を組み合わせた奇妙な姿だったり、無機物を組み合わせて人型にしたようなゴーレムのようだったりと形が様々ではあるが、魔法少女たちに襲い掛かろうという悪意だけは明白だった。
「エミ、あいつらを近づけないで! 魔力が続く限り弓を撃ち続けて!」
「はい、愛美さん!」
エミの弓と愛美の魔法銃から放たれる魔弾が僅かに使い魔の前進を食い止めるが、その夥しい数を前にして全てを退けるのは誰の目にも不可能と映っている。
「ダメです! これ以上持ち堪えられません!」
「どうやら私たちもこれまでみたいね。みんな、覚悟を決める時が来たわ!」
最早これ以上戦線を維持出来なくなって使い魔たちに蹂躙されるくらいならばと、5人の魔法少女は最後の覚悟を決める。
「麻美、今からあなたの所に行くからね」
愛美の口からはつい昨日自らの命と引き換えに仲間を救った可愛い妹のような存在だった少女の名が呟かれた。そして自らの魔力を暴走させようとして、精神を集中しようとしたその時・・・・・・
「命を捨てるのはまだ早いよ! ここはこの恵子様に任せなさい!」
愛美の肩をポンと叩く存在があった。驚いて振り返るとそこには自信タップリの笑顔を見せている恵子が立っている。
「あなたは恵子さん! 何でこんな危険な場に居るのよ! 早く逃げなさい!」
「ほう、誰かと思ったら同じクラスの愛美だったのか。あんまりしゃべったことなかったけど、私に内緒でこんな楽しいことをしていたのね。まあいいからそこで見ていなさい。それじゃあ久しぶりに始めるかな。バトルスーツ展開!」
”ガシン、ガシン、ガシン”
金属音を響かせる音とともに恵子の体は黄金に光る鎧に全身が包まれる。その姿はまるで黄金聖闘士のようだ。光り輝く鎧に身を包んだ恵子は愛美が止める声を置き去りにして使い魔の群れにダッシュしていく。いや、それは単に『ダッシュ』などという生易しいレベルではない。まるで加速装置を搭載しているが如くの人の目には認識出来ない速度であった。
「いやー、久しぶりにこの装備を身に着けたから気分爽快よね。さて、派手に暴れてやろうかな」
風を切り裂きながら突進する恵子は、異世界での想い出に酔いしれるが如き気分で軽口を叩いている。そしてそのままの勢いで使い魔の群れに突っ込んでいった。
魔法少女たちを苦しめたのは妖魔の強さもさることながら、千にも2千にも及ぶ引き連れている使い魔の数がその最大の要因だった。戦いは数なのだよと使い魔を前面に押し出して攻勢を仕掛けてくる妖魔に対して、魔法少女たちは防戦に追われて次々に命を落として現世に別れを告げて逝ってしまう逃れようのない運命に甘んじていた。
だがたった今この戦場の主役に躍り出た恵子は違う。彼女が進む先では次々に使い魔たちが上空に吹き飛ばされて、背後に悠然と控えている妖魔本体に向けて一筋の道を作り上げていった。それはさながら海が割れて道を創り出すモーゼの奇跡のような、魔法少女たちにとっては目を見張るような信じ難き光景であった。
「戦いの基本は敵の頭を潰すこと! 邪神さえも敵わなかった私の拳を食らってみやがれーー!」
恵子はその勢いのままに1つ目の巨人のような妖魔にその拳を突き刺そうとする。対する妖魔も手にする剣を振り下ろすが、直線的に動いていた恵子が急に左に舵を切って回避すると、虚しく空を切るばかりで地面に突き刺さるのであった。
「まずは一発食らってみろーー!」
その直後に巨人の膝付近に恵子の拳がぶつかる。そのたったの一撃で妖魔の体から恵子の背丈よりも大きな右足が千切れて血飛沫の尾を引いてはるか彼方に飛び去っていく。
「グオオオオーーー」
一瞬何が起きたのかわからなかった妖魔は空間を震わす叫び声を上げながら横倒しに倒れていく。圧倒的な恵子の攻撃力に最早なす術はない。あとは遣られるのを待つだけだ。これが異世界で神すらその手に掛けた恵子の力であった。
「はい、これで終わり!」
心臓付近にもう一撃入れると妖魔は絶命してまるで煙のように消え去っていく。そして親玉を倒した恵子は素早く反転すると、まだ残っている使い魔たちの掃討に移っていくのだった。
だが何しろ使い魔の数があまりにも多い。しかも操っていた妖魔が居なくなって、統制が取れなくなってそれぞれがバラバラに動き始める。大多数は恵子を最大の脅威と見定めて彼女に向かってくるが、その一部はダメージで動けない魔法少女たちに向かって動き出している。
「不味い! ここからだと距離があり過ぎる!」
調子に乗って妖魔を倒してまではいいが、使い魔の討伐に手間取っている間に魔法少女たちに危機が迫っているのは恵子の失点だった。何分久しぶりの獲物に出会えた嬉しさについ冷静な判断を欠いてしまったとも言える。5人には100を超える使い魔たちがその手を伸ばして這い寄ってくる。
「バトルスーツ展開!」
その時、魔法少女たちの背後で声が上がった。彼女たちがその方向を思わず振り返ると、メイド服に身を包んで右手には刃渡り2メートルを超える大剣を持った三咲が立っているのだった。
次回、恵子に続いて三咲が大暴れ! 投稿は明日の予定です、どうぞお楽しみに!
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