24 冒険者
大変お久しぶりの投稿になる24話です。
「どこかで見た顔だと思ったら、最近うちのクラスにやってきた転校生じゃないのよ! それで、なんで転校生がダンジョンに姿を現すのかしら?」
「そんなデカい声を出さなくても聞こえているぞ。確か、桑原恵子だったな。話は変わるが、最近と言われても、俺はもう1月半も今のクラスに在籍しているんだが……」
「そうだったけ? なんだか最近見掛けるようになった顔なんだけど…… タレちゃん! この転校生って、そんな前からいたの?」
恵子は、人の顔を中々覚えない。しかも、教室にいる際は寝ている時間が大半を占めているので、巧が転校してきてからかなりの時間が経過しているという事実に全く気が付かないままであった。そんな恵子の態度に、巧は苦笑いを返すことしかできない。脳筋には言葉での反論は無意味であると、この期間で巧もそれなりに悟っていた。
「恵子ちゃん! まさか真剣にお話ししていませんよね。転校して来て早々に『勉学優秀でスポーツ万能の男子』ということで、私たちのクラスだけではなくて、学年中の話題を総ざらいした剣 巧君ですよ」
「そんな話題の存在自体、全然知らなかったわ! それよりも、なんでその巧が、こんな場所にいるのかしら?」
巧の苦笑いは、相変わらず継続の真っ最中だ。彼自身、校内でかなり噂になっているという自覚を持っていた。相当に科学文明が発展した銀河の中心部にある星系からやってきた身としては、地球科学のレベルで語られる学問の内容など問題外であるし、銀河の冒険者を生業としている以上、運動機能はあらゆる方法で生物としての極限まで向上させているのだった。
「偶然だが、壁に穴が開いているのを発見した」
「こんな誰も近寄ろうとはしない廃ビルの、それも目立たない場所にある階段をわざわざ地下まで降りてくる偶然なんて、私からすると到底信じられないわね!」
恵子は、常に追試を受けている身ではあるが、生来持ち得ている勘だけは異常に鋭い。定期テストで獲得するわずかばかりの点数も、全て選択問題で勘が的中した場合に限定されているのだった。そしてその勘は、巧の言動が信用ならないと告げている。
「ちょっとした肝試しだな。そろそろ涼を求めたい気分になった」
「なんだ、肝試しだったんだ。それなら仕方がないわね」
「「「「「「「簡単に信用してる!」」」」」」
殴られた影響から意識を回復したばかりの美晴を含めた全員の声が、恵子に対する総突込みで見事なユニゾンを奏でた。恵子は勘こそ鋭いものの、思慮が浅かった。実に残念だ! ハシゴを外されたこの場の全員が、そのように恵子を評するに違いない
さらに一同を代表して三咲が言葉を続ける。
「恵子ちゃん、疑うんだったら、最後まできちんと疑ってもらえませんか!」
「えっ! だって肝試しなら、あり得るんじゃないかなって……」
「全国の詐欺師の皆さん! ここに絶好のカモがいますよぉぉ! しかも実家は、相当な広さがあるお屋敷です!」
三咲は、額に手を当てて天を仰ぐ。元来、何事にも感情的にならない冷静なメイドのはずが、恵子の浅慮のおかげでここまで追い込まれているのだった。
「エバンスよ、我は寄生先を間違えたような心地であるぞ」
「魔王様の仰せの通りでございます。先々が不安になりまする」
「ちょっと! たった今『寄生』って聞こえたんだけど!」
クルトワとエバンスが声を潜めていたにも拘らず、その会話は一言も漏らさずに恵子の耳に届いていた。鋭いのは勘だけではないのだ。獲物の足音を見逃さない聴覚も、恵子の場合はレベルに合わせて強化されている。
せっかく発見した安住できそうな宿主から、突き刺すような視線を向けられた魔王主従は、真っ青な表情でガクブルしている。つい今しがた、美晴が意識を手放すほどに殴られたばかりというだけではなくて、恵子の機嫌に障ると家を追い出されかねない。強がりを口にしたものの、一旦快適な生活にありつくと、もう段ボールハウスは御免という心境であった。
「恵子! その他のメンバーも、しばらく下がっていてもらいたい! この場は私が預かる」
このままでは魔王主従の血の雨が降りそうであった気配を察して、美香がようやく収拾を買って出る。さもないと、1ミリも話が前に進まないのだ。その表情には、当然の如く巧に向けてある種の疑いを抱いた視線が込められている。
「こうして面と向かって話をするのは、初めてだと思う。改めて自己紹介すると、私は、武藤美香」
「剣巧だ」
巧はその職業柄、極端に他者との交流を控えていた。その結果、こうして美香と正面切って話をするのは初めてという状況を迎えている。互いに初対面同然のままで、両者は不必要な言葉を語らないままに心の内を探ろうとする。美香と巧の間には、目には見えない火花が激しく飛び散る様相をあたかも幻視できるかのような、刹那の沈黙が流れる。
「わかった、肝試しという主張を認めよう」
「そうか」
「ほら! 美香だって、信用しているじゃないのよ!」
二人のやり取りを聞いている恵子の空気を読まない発言が、狭いダンジョンの通路を震わせる。まるで鬼の首を取ったかのようなドヤ顔をしているが、それは長くは続かなかった。榛名が恵子の暴走を止める役目を買って、そっと彼女の背後に忍び寄る。その意図を敏感に察した三咲は、注意を逸らそうとして榛名にウインクをしてから、恵子に向かって口を開く。
「恵子ちゃん、ここはもっと空気を読んで、お口にチャックをしてください!」
「タレちゃん! 一体何の文句があるのよ! 美香だって、肝試しだって認めたでしょう!」
「いいから空気を読んでください! さもないと、力ずくで黙らせます!」
「そうはいかないんだから! タレちゃんが一歩でも動いたら、逃げ出す用意はできているわ!」
三咲は、恵子に強めの視線を送りながらも、その場からは一歩も動こうとはしない。
その代わりに、怪しげな着ぐるみ姿の榛名が、恵子の背後に移動を完了する。三咲に視線で合図を送ると、両手を回して恵子の体を拘束する。
「グプッ!」
正面の三咲に気を取られて、背後の警戒をついつい疎かにしていた恵子は、あっさりとその拘束に捕まって、左手で胴体を抱え込まれた上に、右手で顔面を塞がれてしまった。攻撃力が1千万を超えている恵子を以ってしても、榛名の着ぐるみの恐ろしい馬力には抗えない。大仏のようにデンと鎮座している着ぐるみから逃れようと手足をバタつかせるも、それは只々虚しい努力に終わった。
この様子を見て、これ以上恵子に邪魔だてされないと判断した美香は、振り返って巧に向き直る。美香に真っ向から見つめられた巧は、恵子と怪しい着ぐるみ姿の榛名に若干の興味をそそられた表情のまま、彼女の口から繰り出されるであろう追及の言葉を待つ。
「ようやく邪魔がなくなった。さて、単刀直入に聞きたい。剣巧、あなたはダンジョンの存在を知っていると見做してよいのか?」
「興味深いフレーズが聞けたな。桑原も口にしていだが、ここがダンジョンだというのか? ゲームの世界では定番だが」
「否定してもムダ。あなたは、先ほどのゴブリン相手の戦闘で、丸っきり緊張も恐怖も感じないままに、曲がり角の向こう側から私たちを観察していた。初めてダンジョンに降り立った人間には、そのような態度を取るのは不可能!」
「俺を真近で観察していたかのような発言だな。なぜ、そんな断定が可能なのか、俺に根拠を示してもらえないか」
自信ありげに自らをダンジョンを知っている認定する美香に対して、巧はある種の警戒感を抱き始めている。これまでは、同じクラスにあって顔だけは知っている生徒という認識でいたのだが、美香の言動からはどうにもそれ以上何らかの事情が隠されている気がしてならないのだ。これほどの警戒感を抱くのは、巧が地球にやってきてから初の出来事かもしれない。
「根拠を求めるか…… やむを得ないから、ある程度秘密を明かすしかないようだ。根拠は、私が周囲を魔力で監視していた点にある。範囲内の対象に関しては、動きや息遣いまで、その気になればサーチ可能だ」
「これはまた驚いたな。ちょっと失礼する」
巧は、先ほどゴブリンの能力を解析した装置を取り出すと、レンズ状になっている箇所を美香に向ける。僅かな時間で、装置は美香の解析値を弾き出す。
「失礼した。信用しないわけではないが、念のために能力データを取らせてもらった。特に魔力に関しては、バグではないかと疑いたくなる数値だな」
「その機械で、私の能力を解析したのか?」
「その通りだ。本人に断りもなく解析するのはマナー違反だが、今回だけは許してもらいたい。魔力を持っていると発言する人間の99パーセントは、詐欺師かその予備軍だからな」
「それで、私の質問に対する回答は?」
「肯定する。俺は、現役の冒険者だ。当然、このようなダンジョンも何度も経験している。それから、どこの組織に所属しているかは、現段階では聞かないでもらいたい」
「やはりそうだったか。仮に私たちが協力を求めたら、応じる可能性はあるか?」
「俺は冒険者だから、何らかの利益があるのなら、誰かと一緒に行動する場合もあり得る」
「利益となるかどうかは、断定できない。これから私たちが明かす事情に、あなたが利益を感じるのだったら、どうか協力してもらいたい」
「なぜ、俺に協力を求めるんだ?」
「相手は、強大だと思われる。攻略するためには、仲間が多いほうがいい」
「なるほど、強大な相手か…… その事情とやらと、後ろに控えている連中の能力を基準にして協力するかを判断する。まずは、その事情を教えてくれ」
「いいだろう。しばらく耳を傾けてもらいたい」
こうして美香の口から、地球に迫る異世界からの侵攻の事実が、巧に向けて語られていくのであった。
この続きは、なるべく早い時期に投稿いたします。長い目で見ていただいて、投稿があったらラッキー! 程度の期待値でお待ちいただけたら幸いです。




